第121話 剣聖の力・2


 マツが満面の笑みで刀を抜くカゲミツと向きあっている頃・・・


 す、と音もなく黒い影がトミヤス家の客間に現れた。

 ずっと天井裏に潜んでいたカオルだ。

 

(ふふふ・・・! カゲミツ様! この勝負、もらいました!)


 カオルは魔剣が収められた箱を持ち、天井裏に戻る。

 

(奥方様の土産ですが、こちら頂きます!)


 箱を開け、中身を取り出し、鞘から抜く。

 禍々しくも神々しい魔剣。

 何かが身体を満たす。


(・・・)


 しばしナイフを見つめ、慎重にナイフの刃を柄から取り外す。

 どんな力があるか分からない。

 慎重に、慎重に・・・


(よし!)


 ナイフの身を布でさっと巻いて懐に。

 用意した竹光の刃を柄に入れる。

 

 懐紙を取り出して、

 『魔剣頂戴、一本頂戴 カオル=サダマキ マサヒデ=トミヤス様家臣』

 と書いて、日付を入れ、竹光に巻き、鞘に収める。


(先程のあのご様子。しばらくは触りもしまい。さすがに気付かれないはず)


 部屋に誰か近付かないか確認。執事は立ったまま。気付かれていない。

 すっと部屋に降り、静かに箱を置く。


(やったー!)


 カオルは叫びたい喜びを抑え、音もなく窓を飛び出し、トミヤス家を後にした。



----------



「一手でいいか」


「え?」


 マツが静かにカゲミツに近付いて行くと、カゲミツが声を掛けた。


「一手。最初の一手はマツさんに譲る。さあ! 全力で来てくれ!」


「全力でですか? ・・・うーん・・・」


「どうした?」


「あの、お父上・・・全力でとなると・・・この道場が・・・村が・・・」


「あ、そうか・・・そりゃ、そうだよな・・・困ったな・・・」


「うーん・・・どうしましょう・・・」


 これから勝負をしようというのに、2人は腕を組み、首を傾げて考え込んでしまった。最初の一手を2人で考え込んでいる・・・


(あの2人は・・・一体、何をしてるんだろう・・・)


 クレールは変な顔で、緊張して2人を見つめる。

 変な沈黙が道場を包む・・・

 しばらくして、きりっとした顔で、マツが顔を上げた。


「よ、よし! お父上、手が決まりました!」


「おお、そうか!」


 カゲミツも満面の笑みで喜ぶ。


「では、これを躱したらお父上の勝ちで!

 私、この術を躱されたら、もうお父上には手も足も出ませんから!」


「ほんとか!? 一体どんな術だそりゃ!? これを躱されたらって、そんなにすげえのか!? 村ごと吹き飛んだりしねえよな!? どんなのだ!?」


「吹き飛んだりしません! 大丈夫です!

 あとお父上、魔術師が手を教えたら、勝負にならないではありませんか」


「そうだな! うん、そりゃそうだ! よし来てくれ!」


「はい!」


 父(魔王)以外には、例え竜だろうと何だろうと、この世界の全てに勝てる!

 そう自負しているマツ。

 だが、この剣聖に面と向かって勝てるか? となると別だ。

 先程のシズクとの立ち会いを見て、絶対に勝てないと分かる。

 もうこれしかない。


「では参ります!」


「よし来い!」


 マツの背中から、あの黒いオーラが滲み出し、道場を包む。


(うぇええ・・・やっぱりマツさんて怖い・・・)


 マツの背中を見ながら、クレールが震える。


「・・・マツさん・・・良い気迫だよ・・・」


 にやり、とカゲミツが笑う。

 マツも、にやりと笑う。

 瞬間、ぴーん、と空気が変わる。


「!?」


 カゲミツが一瞬で壁際まで移動した。

 マツにはその動きが全く見えない・・・だが壁!


(よし! 閉じ込めた!)


 さっと空間から出る。


「ふう・・・」


「あ、あ! マツ様! お父様が!? き、消えた!?」


「ああ、クレールさん。大丈夫です。お父上にはちょっ」


 きーん・・・

 高い音が道場に響く。


「と・・・酔い・・・を・・・」


 クレールが、目を見開いてマツの後ろを見ている・・・


(まさか・・・)


 ぷるぷるしながら、ゆっくり後ろを振り返ると、カゲミツがにこやかな顔でこちらへ歩いてくる。

 一体、どうやってあの空間から脱出したのだ!?


「すげえなあ! マツさん、すげえ! あんなの初めてだ!

 でも俺の勝ちでいいよな!?」


「ど、どうやって・・・」


「こうやってだよ、こう」


 目に見えない速度で素振りをするカゲミツ。


「???」


「良く分からねえけど、なんか違う場所? 閉じ込めるんだろ? あの術」


「え? あ、はい、そうです・・・」


「だからよ、ここ! ここをこうしてな!」


 目に見えない速度で振る。


「こうすると出れるんだ! ばっときて、ここでしゅってやって、最後にぐっ!

 で、ばーん、てな、開くわけ。ばーんて音はしないよ? でも戻れるわけよ。

 ここ! ここのしゅっ! から、ぐっ! の時のここの所! ここが大事!」


 また、目に見えない速度で素振りをするカゲミツ。

 これは何を説明しているのか・・・


「す、すみません・・・私、剣には疎くて・・・」


「・・・」


 マツもクレールも、カゲミツが何を言っているのか、さっぱり分からない・・・

 ばっときて、しゅっ?


「あ、そうか・・・うーん、すまん、剣やってねえと分からねえか・・・」


 カゲミツは残念、という顔でぼりぼり頭をかいているが、マサヒデになら分かるのか? マサヒデにも、全く理解出来そうもないが・・・


 だが、確かに今まで一度も破られたことのない、マツの特製の術は、破られた。

 絶対に、たとえ父(魔王)でも、閉じ込めさえすれば破られることはない。

 そう思っていたのに・・・

 マツはがっくりきてしまった。


「参りました・・・この術を破ったのは、お父上が初めてです・・・」


「そ、そうなのか!? 俺が初めてなのか!?」


「はい」


「うわあ、俺が初めてか! やったなあ!」


「お父様・・・たとえ魔王でも、閉じ込めさえすれば、破られることはない、と・・・そのように、自負しておりました・・・私・・・未熟でした・・・」


「うお!? クレールさん、聞いたか!? 魔王様でも破れねえって!

 俺やったよ!? それも俺が初めて! やった! わはははは!」


 笑いながら、また目に見えない速度で素振りを始めるカゲミツ。

 がっくりして、膝をついてしまったマツ。

 その2人を見て、困惑するクレール・・・

 

(ど、どうしましょう・・・これはどうしたら・・・)


 アキに助けを求めよう、と、クレールはそっと道場を後にした。

 わはははは、というカゲミツの笑い声だけが、道場に響き渡る。



----------



 高笑いしながら歩くカゲミツ。

 ぐったりと肩を落としてとぼとぼ歩くマツ。

 マツの肩を抱いて歩くアキ。

 一番後ろを、ちょっと気まずく歩くクレール。


 がらり。


「あははは! やっ・・・」


 カゲミツの声が止まり、動きがぴたりと止まった。


「あなた?」


「・・・下がれ」


 空気がぴんと張り詰める。

 はっ! とマツが顔を上げ、アキを連れて下がる。

 すー、と静かにカゲミツが剣を抜く。

 クレールもアキの背中に背をつけて、周りを見回す。


「誰か入ったな」


 呟くように、マツに伝える。


「頼む」


 そう言って、静かにカゲミツは入っていく。

 音もなく廊下を歩いていくと、執事が立っている。


(しっ)


 とカゲミツが小さく声を出す。

 執事が刀を抜いたカゲミツを見て、は! とした顔をする。

 カゲミツが玄関の方にくい、くい、と首を回す。


「さて・・・ワインの追加でもしますかな・・・」


 と、小さく独り言を出し、執事がゆっくりとカゲミツの横を通り、外に出る。

 誰もいなくなった家の中。

 気配を殺して、カゲミツは廊下を進む。


(客間だな)


 さっきまで人がいた。

 アキも執事もいた。

 忍だ。

 レイシクランは全員出て行った。

 これは別の忍だ・・・

 

 ゆっくりと、客間の前まで来て、ばっ! と跳び込む。


(いない・・・な・・・)


 既に去った後か。

 部屋に何か仕掛けられたか。

 慎重に部屋を調べるが、何もない。

 出ていく前と違うのは、飲み会の片付けがされているだけだ。


 土産物が、部屋の隅に置いてある。

 ここに何か仕掛けられたか、盗まれたか。


 そっと、桐箱を刀の先で開ける。変化なし。

 魔剣の箱の蓋を、同じように刀の先で開ける。何も変化はない。

 魔剣を狙ったかと思ったが、そうではないのか・・・


 刀の先で蓋を静かに閉め、もう一度部屋をゆっくり確認するが、何も仕掛けられた形跡はない。


(・・・)


 慎重に家の中を回ったが、ラディが寝ているだけだ。

 寝ているラディも本人。変装ではない。


 刀を収め、ふう、と息をつく。

 玄関に戻ると、皆がアキを囲んで警戒している。


「大丈夫だ。もう去った後だ。なにか仕掛けられたとか、盗みじゃねえ」


「では、私達の誰かを狙ったんでしょうか」


「どうかな。狙うとしたら、俺かマツさんかクレールさん。

 だが、俺らはまともに狙える相手じゃねえ。それが3人もいるんだ。

 アキは道場に来てたし、執事さんもホルニコヴァさんも無事」


「では、一体・・・」


「分からねえが・・・入られたのは、客間だ」


「なんですと? 私も廊下におりましたが・・・」


「家の中にはいねえが、レイシクランの忍、まだ近くにたくさんいるだろ?

 その目を盗んで入ったってことは、腕利きだ。

 俺達3人がいても、気付かれねえんだ。超一流ってやつだな。

 しかし、誰かを狙ったわけでもねえ。

 魔剣狙いかと思ったが、盗みでもねえ。

 一体、何が目的なのか、皆目検討もつかねえ」


 カゲミツは顎に手を当てて、険しい顔だ。


 だが、マツとクレールは、ぴん、ときた。これはカオルだ。

 カオルが剣聖に挑戦したのだ。

 だが、忍び込んだだけとは思えない。

 一体何をしたのか? 2人は顔を見合わせた。

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