第120話 剣聖の力・1


 トミヤス家、客間。

 飲み会はまだ続いている。

 

「なあ、マツさんよ! あんた、すげえ魔術師だって聞いたぞ!」


「いえいえ」


「なんでも、軽く山ひとつ更地に出来るって?」


「まあ、軽くってことはありませんが・・・出来ないことも・・・」


「出来ないこともないってか! すげえ魔術師だ! すげえなあ! わはは!」


「ぃええー! マツさんてそんなことも出来ちゃうんですかぁ!」


 ぐいぐいとワインをあおるカゲミツとクレール。

 ぷはー! と空けた所で、カゲミツの悪い癖が出てきた。

 目がほんの少しだけ据わる。


「なあ、マツさんよ! あんたマサヒデより強いか!」


「さあ、どうでしょう。うふふ。お試しになりますか?」


「おう! やろうぜ!」


 え!? 今、やろうって!?


「え!? お、お父上、冗談ですよ! そんなにお酒も入ってらっしゃるのに!」


「この程度、酔ったうちに入らねえって! さあ! 道場行こうぜ!」


 慌ててアキも立ち上がる。


「あなた! もう・・・おやめ下さい。マツさんに迷惑じゃありませんか」


「・・・迷惑かい?」


 ぎらりと光るカゲミツの目。

 人に怖れられても、怖れるような事は滅多にないマツ。

 そのマツが思わず固まってしまう・・・


「い、いえ・・・」


 急に笑顔に変わり、まるで子供のように上機嫌になるカゲミツ。


「そうか! じゃあ行こうぜ!」


 カゲミツは刀を掴んで、ずかすかと廊下を歩き、がらっと玄関を開けて出て行ってしまった・・・

 マツもクレールも呆然とカゲミツを見送る。

 

「・・・」


「マツさん、夫は少しでも『出来る』方がいると・・・悪い癖で・・・

 本当にごめんなさい」


「あ、あの、どうしましょう?」


「ご迷惑でなければ、付き合ってやってもらえませんか?」


 この返しには、マツもクレールも、天井裏のカオルも驚いた。

 マツは体を反らして驚く。


「ええ!? だって、だって、お父上、い、今、真剣を持ってかれましたよ!?」


「あの程度の酔いでしたら、十分寸止め出来ますし・・・

 まさか、マツさんを斬るような事はしないと思いますので・・・」


「・・・」


「本当に申し訳ありません。お付き合い下さいませんか・・・

 酒が入った所に、機嫌が悪くなると・・・ちょっと・・・」


「・・・わ、分かりました・・・」


(ど、どうしよう!? 本気で行った方が良いんだろうか!?

 手を抜いたら機嫌を損ねてしまうだろうか!?)


 マツの顔にだらだらと汗が流れる。

 クレールの顔も蒼白だ。


「く、クレールさん・・・」


「は、はい・・・」


「あの、一緒に・・・」


「・・・」


「一緒に・・・お願いします・・・」


「・・・はい・・・」


 マツとクレールは、蒼白な顔の執事の横を通り、恐る恐る道場に向かった。

 アキと執事は、人がいなくなった部屋の掃除を始める・・・


(ここだ!)


 カオルの目が光る!



----------



 がらっ!


 カゲミツが道場を開けると、門弟達が転がっていた。

 道場の真ん中で、鬼の娘があぐらをかいて、腕を組んでうんうん言っている。


(ありゃあ・・・たしか、一緒に来た鬼の・・・)


 シズクはシズクで、無礼があってはと本気でやったのだが・・・


(しまったあー! やりすぎたかなあ? どうしよう・・・困った・・・)


「おい! あんた!」


 あっ、とシズクが見ると、そこに礼服を着た男。


「あ! カゲミツ様!」


 驚いて、ば! と頭を下げたが、カゲミツもば! と頭を下げた。


「すまねえ! ウチのだらしねえ門弟共が・・・本当に申し訳ねえ!」


 いきなり謝られてしまった・・・


「ぅえ!? はい! すみませんでした!」


「頭を下げねえでくれ! 本当にすまなかった!」


「は、はい!」


「代わりに俺が相手するから! 許してくれ!」


「は!?」


「頼む! 許してくれ!」


「ええ!? カゲミツ様が!?」


「ダメか!? 頼む! 俺で許してくれねえか!」


「じゃ、じゃあ、許す・・・」


「ありがとうございます!」


(うそー! 剣聖が頭下げて「許してくれ」とか「ありがとうございます」!?)


 シズクの顔から汗が流れ落ちる。


「じゃあ、木刀持ってくるから!」


 カゲミツが、転がった門弟を蹴り飛ばし、転がった木刀を拾う。


「よし! やろう! あんた中々みたいだし、三手でいいか!」


「え? 三手?」


「三手打ち込んでくれ! それまで、俺は打ち込まないから!」


「は・・・はい・・・」


「じゃあ、いつでも来てくれ!」


 カゲミツは正眼で構えている。

 何かずいぶんと酔っているようだが・・・

 なんかよく分からないけど、せっかくだから、よし! やろう!

 そう思って、ぐっ! と稽古用の棒を握り込んで、思い切り突く!


「え!?」


 完全に入ったと思ったが、カゲミツは棒の横にいる・・・

 避けた動きが全く見えなかった!

 全く姿勢が崩れていない!


「すまねえ! あと二手だ!」


 ・・・格が違いすぎる・・・

 マサヒデが10人いても、と言っていた理由を肌で感じ、シズクの背に冷たい汗が流れる。


「い、行きます!」


 ぎりぎり床を壊さない程度に、小さく跳びながら棒を・・・


(あ!)


 いない!?

 目の前にいたのに!?


「ほんとに悪かった! あと一手だ!」


 後ろから声がして、驚いて振り返る。

 全く姿勢が崩れていない、正眼のカゲミツがそこにいる・・・


(嘘だろ・・・)


 上に避けたのか、横に避けたのか、この棒をくぐって後ろに回ったのか・・・

 全く分からない。

 ごくり、とシズクの喉が鳴り、全身から血の気が引く。


 これが剣聖なのか!?

 格が違う、という言葉では表わせない。

 これは、完全に別世界の生物だ!


「う・・・うわああ!」


 怖ろしくなって思い切り棒を振り下ろしたが・・・


「本当にすまなかった!」


 え!? と後ろを振り向くと、カゲミツがやはり正眼のまま立っている。

 ぱん! と音がして、シズクは道場の隅まで吹き飛ばされた。

 どかん! とすごい音がして、シズクはのめって倒れてしまった。


 カゲミツは木刀を収め、吹っ飛んで気を失ってしまったシズクに向かって、


「すみませんでした!」


 と、勢いよく頭を下げた。

 マツとクレールは、呆然とその戦いを入り口で見つめていた。

 ちょい、とクレールがマツの裾を引っ張る。


(お父様は、なんで謝ってるんでしょう・・・)


(さあ・・・さっぱり・・・酔ってるからでしょうか・・・)


(でしょうか・・・なんか、武人の礼とか・・・そういう感じの・・・?)


(どうなんでしょう・・・)


(なんか、あと何手! とか言いながら、ずっと謝ってましたけど・・・)


(もう、何が何だか分からないです)


(私も分からないです)


 ば!

 勢いよくカゲミツが頭を上げ、くるっとこちらを向く。

 すごくにこやかな笑顔だ・・・


「すまねえ、マツさん! 待たせちまったな!」


「は、はい!」


 がらん! と木刀をぶん投げ、床に転がっている三大胆に手を向ける。


「三大胆!」


 しゅ! と三大胆がカゲミツの手に戻る。


「さあ! こっち来てくれ! やろう!」


(クレールさん! どうしましょう! 本気で行った方が良いでしょうか!?)


(ぅええー!? 私に聞かれても!?)


(どうしましょう!?)


(え、えーと、えーと、道場を壊さなければ良いんじゃないでしょうか!?)


(そ、そうですね! 寸止めって言ってましたし!)


(多分それで大丈夫です!)


(多分ですか!?)


(多分です!)


 マツは思い切り深呼吸して・・・


「よ・・・よし! 行きます!」


「頑張って下さい!」


 クレールがぐっと拳を握って、マツに声を掛けてくれた。

 マツが一歩踏み出すと、カゲミツが満面の笑みで、すっと刀を抜く。

 全く動きが分からなかったが、どうしたら良いのだろう・・・

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