第119話 挨拶・6 孫がいる


 しばらくして、アキが戻ってきた。

 最初は、泣いたマツとクレールを見て驚いていたが、理由を聞いて落ち着いた。

 執事が声を掛けてくる。


「アキ様。席を外しておられましたので、遅れましたが・・・

 こちら、マサヒデ様より。ホテル『ブリ=サンク』レストランのスイーツです」


「すいーつ・・・甘い物ですか?」


「はい。今朝作られましたものですので、本日中にお召し上がり下さいませ」


「わあ、ありがとうございます。マサヒデも気が利くこと!」


 村から出ることのないアキは知らないが、カゲミツは知っている。

 ブリ=サンクのレストランといえば、国中に知られた有名店だ。

 ただの田舎町のレストランではない。

 嫁に用立ててもらったのか・・・


「マツ様よりのアキ様への贈答品ですが、香水にしたいと。

 こちら、ご本人に会ってみませんと、似合いの香りが選べませんので・・・

 また後日、改めてお送り致します」


「まあ! 香水? わあ・・・香水だなんて・・・そんな贅沢な物・・・

 マツさんが、私を見て、選んでくれるんですね! 嬉しい!」


「喜んで頂けまして、マツ様もお喜びになるでしょう」


「さ、マツさん。いつまでも泣いておらずに。

 私は嬉しいですよ。ありがとうございます」


「はい・・・ぐしゅ」


 マツは涙を拭って顔を上げた。

 ここで、マツから最後の攻撃が始まる。


「あの、お父上、お母上・・・」


「なんでしょう?」


「どうしました?」


「私、お二人に伝えねばならぬことがございます」


「?」


「マサヒデ様も、きっと喜んでくれるって・・・」


「嬉しい話ですか? なんでしょうか。お話し下さい」


 マツはそっと腹の下の方に手を当てる・・・

 まさか!

 カゲミツの目が見開かれる!


「実は、マサヒデ様と私のタマゴが・・・ここに」


 クレールも薄々は気付いていた。

 レストランで、ワインを断ったマツ。

 やっぱり・・・

 嬉しそうに腹に手を当てるマツを見て、思わず嫉妬を感じてしまう。


「タマゴ? ・・・と言いますと・・・タマゴ・・・まさか!?」


「はい」


 カゲミツとアキが、口を開いて顔を見合わせる。

 孫が・・・私達の孫が、今この部屋にいるのだ!


「私、最初は、人族の方がタマゴで産まれないって知らなくて、驚きました。

 でも、お医者様に診てもらいましたら、ちゃんと育ってますって」


「わあ!」


「ま、まじで!? くそ・・・マサヒデの野郎・・・!」


(ふ・・・マサヒデ・・・負けたよ・・・)


 カゲミツは笑顔で、マサヒデに負けを認めた。

 驚いて口調も元に戻ってしまった。


「でも・・・」


 マツの顔が急に暗くなる。

 俯いてしまった。


「・・・」


「どうしました、急に」


「・・・」


 きり! とマツは顔を上げた。

 何かを決意した顔だ。


「お父上。お母上。

 お二方の孫、このタマゴから、いつ割れて産まれるか、分からないのです。

 人族よりも、私は長命・・・私の血が濃ければ・・・100年かかっても・・・

 私のお腹に出来てしまったばかりに・・・」


「・・・」


 喜んで立ち上がりかけたアキが、かくん、と座ってしまった。

 カゲミツは神妙な顔で、目を瞑る。

 だが、カゲミツは薄々気付いていた。

 魔王の一族は、何千年と生きるのだ。

 となると、その子が産まれるのは・・・と。


「・・・アキ。顔を上げろ」


 カゲミツは、ふう、と息を吐き、マツに真剣な目を向けた。


「アキは気付いていなかったみてえだけど・・・

 マツさん。俺は、何となく、気付いてたんだ。

 魔王様の家系は、そりゃあもう長命だ。

 となりゃあ、その腹に出来る子供はいつ? てな」


 マツが真剣な目で、カゲミツの目を見返す。


「となると、自然と、な・・・分かっちまったんだ・・・

 俺が生きてる間に、顔は見られねえんじゃねか・・・てな・・・」


 クレールも、カゲミツの顔を真剣な顔でじっと見ている。

 彼女も長命な種族。子が産まれるまでは、人族より数年長いくらいだ。


 しかし、産まれた後。

 人族から見れば、その子はいつまでも赤子のまま。

 それは、もっと残酷な事かもしれないのだ・・・

 カゲミツもアキも、成長した孫の姿を見ることは出来ないのだ。


「ふふ。でもよ。知ってるぜ。タマゴは見れるんだろ?」


 にや、とカゲミツは笑う。


「はい」


「当然だけど・・・魔王様は、孫の顔、見れるんだろ?」


「はい」


「じゃあ、俺は満足だ! こんなに嬉しいことはねえ!

 マツさん! 今日の土産で、この話が一番嬉しかったぜ! わははは!」

 

「お、お父上!」


「もちろんだけどよ、早く産まれることもあるんだろ?」


「はい! はい・・・!」


 マツは口に手を当てて、泣き出してしまった。


「じゃあ問題ねえ! なあ、アキ!」


「そうですとも! そうですとも・・・!

 マツさん! ありがとうございます!」


 アキがマツに飛びつく。

 クレールもじわじわ涙を流す。

 そのクレールに、カゲミツが声を掛ける。


「クレールさん。あんたもレイシクランってことは、ずいぶんと長生きなはずだ。

 マツさんと同じだろ? タマゴかどうかは知らねえけど。

 でも気にするなよ! 孫が出来たら、絶対教えてくれよ!

 顔が見れなくっても、俺らは大満足よ! わはははは!」

 

「お父様!」


 クレールは仁王立ちで笑うカゲミツの足に飛びついて、わんわん泣き出した。

 廊下で執事がそっと涙を拭う。



----------



「もう1杯くれるか!」


「は」


「あんたも一緒に飲もうぜ! なあ!」


 執事の肩を掴んで揺らしながら、カゲミツはクレールの土産のワインをぐいぐいと飲み干す。

 空になった瓶が、部屋の隅に片付けてある。


「いやあ、めでてえ! めでてえなあ! はははは!」


「はい! めでたいです! 私も早くマサヒデ様の子が欲しいです!

 マツ様だけずるいですよ! 私も欲しいです!」


 クレールもぐいぐい飲む。

 

「わはははは・・・はっ!」


 あっ! とカゲミツがマツに顔を向ける。


「ああ!」

 

 大声を上げて、酔っ払ったカゲミツが頭を抱える。


「マツさん・・・さっきは刀持たせちまって・・・子供が出来たってのに!

 うう、俺はなんてことを!」


「あ、お父上。それは大丈夫です。

 我らのタマゴ、出来たら1日で怖ろしく固くなって、流産とかもないんです。

 動いても平気なんですよ」


 カゲミツがぱっと笑顔を上げる。

 

「そ、そうか! それは良かった! 良かったなあ!」


「良かったです!」


 ぐいぐい飲むカゲミツとクレール。

 にこにこと茶をすするマツとアキ。


「さ、マツさん。マサヒデのお土産、食べましょうか」


「わあ! ブリ=サンクのスイーツ、楽しみ!

 お母上、ここのお菓子、すごく美味しんです!」


「俺は塩辛が食いてえなあ!」


「私は羊が欲しいです!」


「羊はねえなあ! はははは!」


 その盛り上がった部屋の天井裏。

 カオルは静かに気配を消し、ずっと機を伺っている。

 レイシクランの大量の忍の気配が一斉に消えたことで、全ての忍が去ったと思っているようだ。

 今は酒が入っているが、酒程度で、剣聖が隙を見せるものか。


(気配を消せ・・・機を待て・・・隙を見極めるのだ)


 気付かれてはいない。

 慎重に、カオルは機を待つ。

 完全な隙が出来るまで。

 カオルの顔の上を、小さなクモが歩いて行く・・・

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