第115話 挨拶・2 ワインと名刀
とりあえず、カゲミツ、アキ、マツ、クレールの名乗りは終わった。
しかし、カゲミツはまだ何かある、と察している。
ここで、鋭敏になったカゲミツの勘が働き出す。
「カゲミツ様。お父上、とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「マツ様のようなお美しい方に父と呼ばれるなど、この私も光栄です。
クレールさんも、どうぞ私めを父と呼んで下さいますか」
「お父上。ありがとうざいます。
どうぞ、私めもマツとお呼び捨て下さい」
「お父様! ありがとうざいます!
私もクレールとお呼び捨て下さいませ!」
「ところで・・・本日は、マツさん、クレールさん、そちらのホルニコヴァさんと・・・先程の、シズクさんと、執事の方で?」
「はい」
カゲミツは察知している。
この部屋を、何者かが見ている。忍か。
クレールが何者かは知らないが、おそらく貴族・・・
この忍はどちらか、または両方の護衛だ。
(ふふん、こっちも驚かされたんだ。少し驚かせてやるか)
「ふむ・・・に、しては・・・」
気配を感じる方に、ちらちらと目を向けて・・・
「・・・随分と客が多くみえますが!」
大声で、カゲミツ以外の全員がびく! と身をすくめる。
にやり、とカゲミツが笑う。
「ふふふ・・・随分とお供が多いようで」
は! と、クレールが慌てて、
「す、すいません! 私の家の者です!
いつも一緒にいるものですから、うっかり・・・
お父様、申し訳ありません・・・」
しゅんとして、下を向くクレール。
「いえいえ・・・身分のある方であれば、普段一緒にいるのも当然ですから・・・
まあ、この通り貧乏道場の平民ですので。
そういう暮らしに気付かなかった私も悪い。お許し下さいますか」
すぅ、と息を吸い込む。
「どうぞ皆様! お気遣いなく!」
しーん・・・
クレールは下を向いたまま、驚いていた。
今まで、レイシクラン家の忍が見つかったことはなかったのに・・・
「・・・すみませんでした・・・」
「いえいえ。お構いなく。皆様にもどうぞおくつろぎ願いたい。
ははは。皆様、なかなかの腕の方のようで」
「・・・はい・・・」
カゲミツは気配が消えていくのを感じ、にやりと笑う。
(くくく。やってやったぜ!)
空気を察した執事が、廊下から声を掛ける。
「カゲミツ様。ささやかながら、我らからの手土産がございます。
どうか、お受け取り願いますか」
「いやそんな・・・わざわざ、用意して下さいましたか。申し訳ありません」
「順を違えて申し訳ありませんが、こちら温度が変わると味が落ちてしまいますもので・・・まず、お嬢様、クレール様より。当家自慢のワインを」
「ワインですか。これはこれは。私、酒には目がありませんので。ありがたく」
(ふん。貴族の奴らは何でもワインだな)
「さ、どうぞ、お味見を」
執事が用意していたワイングラスに、土産のワインを注ぐ。
ふん、と思いながら口に入れる・・・
「ん?」
このワイン、どこかで飲んだことがあるような・・・
安物ではない。そこそこ高いはずだ。
だが、どこかで・・・
「このワインは・・・」
「当レイシクラン家の自慢のワインでございます。
カゲミツ様のお口に合いましたら、我らも光栄でございます」
レイシクラン。
はて? どこかで聞いたような・・・
待て。これは危険だ。何か危険なワインだ・・・
「・・・」
グラスをじっと見つめるカゲミツ。
毒ではない。
だが、何か危険だ。
「お父様、このワイン、うちの葡萄で作ったものなんです!
レイシクラン自慢のものなんです! いかがでしょう!」
「ええ、実に美味しい。素晴らしい香りです」
レイシクラン?
ワイン?
「・・・レイシクランの、ワインですか・・・」
『当家』『うちの葡萄』と言ったか・・・?
レイシクラン。思い出した・・・魔の国でも屈指の大貴族だ。
つー、とカゲミツの頬を汗が落ちていく。
「こちらが、クレールさんの家で作られているワインですか。ううむ・・・ありがたいことに、ウチの道場には貴族の方々にも足を運んで頂いておりますが、これほどの逸品を頂いたことは、ありませんでした」
(あの女たらしのバカ息子が・・・姫の次はレイシクランだと!
魔王の姫だけでは飽き足らず、レイシクランまでたらし込むとはな・・・)
「おや、カゲミツ様。汗が。どうぞこちらを」
執事がハンカチを差し出す。
表情は笑っていないが、目が笑っている。
完全に踊らされている・・・
マサヒデの野郎!
「カゲミツ様。こちら、マサヒデ様よりお預かりして参りました」
「マサヒデが? これは・・・刀、か・・・マサヒデが・・・
客人の前で申し訳ありませんが、ちと見せてもらってもよろしいでしょうか。
私、刀剣には目がないものでして」
「はい。お父上が刀剣にご興味があると、マサヒデ様が町中を走り回ってお探しになっておりました」
「そうでしたか」
さらりと袋を開ける。
桐箱・・・刀だ。
蓋を開けて、手が止まった。
「!」
これは、名刀!?
誰の作だ!?
どこから、どうやって仕入れた!?
立ち姿が違う!
醸し出す空気が違う!
手に取ろうとして気付く。
・・・紙だ。
手に取ってみると、何か書いてある。
『ラディスラヴァ=ホルニコヴァ様の御父上作。名はまだなし。されど名刀也』
マサヒデの字。
名はまだなし。されど名刀・・・
「・・・ホルニコヴァさんと申しましたか」
「は」
「これは、あなたのお父上が?」
「はい」
「抜いてみても?」
「カゲミツ様のものでございます」
「・・・」
桐箱から取り出し、ゆっくりと抜いてみる・・・
「・・・これは・・・」
幅は広め。反りは浅い。切っ先がやや大きめだ。
小垂れごころの、広めの直刃の刃文。
地金が細かく泡立っている。
マサヒデに与えたものと特徴は似ているが、これは格が違いすぎる。
まさに名刀だ・・・
「うーむ・・・」
唸ってしまった。
まさか、このような名刀が、オリネオの町にあったとは。
しかも、打った刀工がいる。そのような話は聞いたことがない。
市井に埋もれていたのか・・・
「ホルニコヴァさん・・・素晴らしい作だ・・・
ううむ、名がないのが信じられない・・・」
「父をお褒め頂き、ありがたく」
「機会があれば、是非あなたのお父上ともお会いしてみたい・・・素晴らしい!」
「お言葉、ありがたく。父も喜ぶかと存じます」
「むう・・・」
一体、いくらしたのか。
嫁の金で買ったのか?
「マツさん。マサヒデは、これをいくらで買ったのかご存知で」
「金貨249枚でございます」
「え!?」
驚いてマツを見る。
「ホルニコヴァ様は、マサヒデ様の旅の友として、金貨249枚で。
ホルニコヴァ様のお父上は、私が打った刀は我が子も同然。ならば同額で、と」
「そうでしたか・・・私が打った刀は我が子も同然、と・・・」
ううむ、と唸って、改めて刀を見る。
とても金貨249枚などで買える物ではない。
100倍でも・・・いや、金を積めば買えるような作ではない・・・
打った刀は我が子も同然。
一流、いや、それ以上の刀工しか、口に出来ない言葉だ。
二流、三流が言っても、ただの恥。
この刀を打った人物は、十二分に口にすることが出来る。
「・・・」
カゲミツはすーっと刀を鞘に収めた。
正に、名無しの名刀。
これはマサヒデに、いや、刀工ホルニに一本取られた。
しかし、このままでは、マサヒデ側にやられてばかりだ。
何とかもう一本取らなければ・・・
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