第114話 挨拶・1 嫁達の名乗り
がらがらがら・・・
ついに馬車が道場に到着した。
門の前に、既に門弟らしき人物が立って待っている。
「到着をお伝えして参ります」
「よろしくお願いします」
執事がそーっと魔剣の箱を置き、馬車を出る。
「失礼致します。カゲミツ=トミヤス様のお宅、トミヤス道場でございますか」
「はい!」
「では、カゲミツ様にお伝え願いますか。
カゲミツ様には、既にお聞きかと存じます。
マツ様、クレール様をお連れ致しました」
「はい! 少々お待ち下さい!」
門弟はぱっと駆け出して行った。
「ふむ。元気の良い返事。さすが、天下に名の聞こえたトミヤス道場。
門弟も気合が入っている。素晴らしい・・・」
----------
がらり。
玄関が開く。
「カゲミツ様! 参りました!」
「よし! 俺が出迎える!」
カゲミツはびしっと紋服の襟を正す。
「お前も来い! 鬼を道場に案内! 案内した後は、そのまま稽古に加われ!」
「はい!」
「あなた・・・」
「アキ・・・」
2人は少し見つめ合う。
くるり、とカゲミツは振り向き、玄関を出て行った。
----------
ざ、ざ、と綺麗に敷かれた玉砂利を歩くカゲミツ。
門弟はその後ろ姿を見て、驚いた。
(これほど気合の入ったカゲミツ様は、見たことがない!)
これから来る人物はそれほどの者か・・・
マツ。
クレール。
名前からして女。
馬車こそ質素であったが、並の貴族ではない。
もしかしたら、貴族以上の・・・つまり・・・
ごくり、と門弟の喉が鳴る。
カゲミツが門に着くと、一行は馬車から出て並んで待っていた。
執事が頭を下げている。
「お初にお目にかかります。私がマツでございます」
黒髪の和装の女が、一切隙のない所作で頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私、クレールと申します」
銀色の少女がドレスの裾をちょいと上げ、綺麗に頭を下げる。
「随行の、ラディスラヴァ=ホルニコヴァと申します」
背の大きな男装の女が頭を下げる。
「え、えっと・・・シズクです! よろしくお願いします!」
これまた背の大きな女が頭を下げる。頭には小さな角。
片手にはその背よりもさらに長い鉄の棒。
「皆様、本日はわざわざのご足労、感謝致します。
私がカゲミツ=トミヤスでございます」
カゲミツが綺麗に頭を下げる。
(ございます!?)
門弟は驚いた!
まさかカゲミツ様がここまで!?
やはりこの女達は只者ではない!
遅れて、さっと門弟も頭を下げる。
カゲミツの目がシズクの方を向く。
「うむ・・・あなたがシズク様ですね。
当道場の稽古に、いたくご感心を抱いておられるとか」
「は、はい!」
「では、挨拶もそこそこで申し訳ありませんが、何より稽古へのご参加をと、マサヒデより聞いております。案内させますので、是非そちらへ」
「出来ますか!?」
「もちろんです。見れば分かる。あなたは、並の腕ではありません。
是非、ウチの門弟共を痛めつけてやって下さい。良い勉強になります」
マサヒデは後ろの門弟に振り向き、
「おい! シズク様を道場へお連れしろ!」
「は! どうぞこちらへ!」
「やったあ!」
シズクは門弟に連れられ、道場へ向かった。
(よし。あれは門弟に任せる・・・皆! 頼む!)
カゲミツは心の中で手を合わせる。
さて・・・
確かマツという名だった。
ということは、この黒髪の女が・・・姫。
カゲミツの心臓は破裂しそうだったが、流石の剣聖。一切顔に出ない。
しかし、クレールというこの少女は誰だろう?
身なりからして、並の貴族ではなさそうだが・・・
この髪の色、目の色、肌。形は人族とそっくりだが、おそらく魔族。
ということは、マツの友人か? 祝辞でも持ってきたのだろうか?
この長身の女が、鑑定眼を持った治癒師か。
腰に差した脇差・・・あれは・・・
いや。考えるな。
今はまず、この者達を入れることだ。
「では皆様。ボロ屋で申し訳ありませんが、ご案内致します」
「カゲミツ様自ら、わざわざありがとうございます」
「いえ。当然のことです」
一行がじゃりじゃりと玉砂利の上を歩く。
クレールがちょいとマツの裾を引っ張る。
(マツ様、マツ様!)
(どうされました?)
(お父様、すごくしっかりしてますね! 聞いてた話と違いますよ!)
(うふふ。きっと、マサヒデ様のお嫁さんだから緊張してるんですよ)
(そうでしょうか?)
(そうですとも)
がらり。
玄関を開けると、マサヒデの母、アキが手を付いて待っている。
「では皆様、客間はこちらです」
----------
こぉん! ししおどしの音が響く。
カゲミツが掛け軸の前、主の席に座る。
この席順も困ったものだった。
姫をここに置くべきか、どうするか・・・
正面左にマツ。
正面右にクレール。
マツの左後ろにラディ。
執事は廊下に立っている。
マツが頭を下げた。
「お目通りが叶いまして、光栄でございます。
私めが、此度、マサヒデ様に嫁いで参りました、マツでございます。
トミヤス家に入ること、どうぞお許し下さいませ」
クレールも頭を下げる。
「お目通りが叶いまして、光栄でございます。
同じく嫁いで参りました、私が、クレールでございます」
「ええ!?」
「は!?」
カゲミツとアキが驚いて声を上げる。
2人はまだ、クレールがマサヒデの妻となったことを知らない。
「は! こ、これはお客人の前で失礼を・・・
クレール様・・・でしたか・・・?」
「どうぞ、クレールとお呼び捨て下さい」
「・・・ん、んん! えー、申し訳ありません。
私も年を重ねておりますので。ちと耳が・・・
と、嫁いで・・・?」
「はい。どうか、マサヒデ様の第二夫人として、トミヤス家に入ること、お許し願いますでしょうか」
「・・・」
「・・・」
カゲミツもアキも、開いた口が塞がらない。
第二夫人!?
先日、魔王様の姫を娶ったばかりだと言うのに、新しい妻!?
事情を知っているマツとクレールは、頭を下げたまま、見えないようににやにやしている。
が、そこは剣聖カゲミツ。
すぐに体勢を立て直す。
「・・・ごほん。お二人共、ウチのバカ息子を気に入って下さりまして・・・
私からも、感謝を申し上げます。ありがとうございます。
さ、頭をお上げ下さい」
「はい」
マツとクレールが頭を上げる。
マサヒデめ・・・やりやがる・・・
2人の顔を見て、心の中で「バカ息子があー!!!」と大声で叫ぶカゲミツ。
「改めまして、私がマサヒデの父、カゲミツ=トミヤスです。
お二人共、マサヒデをよろしくお願い致します」
ちら、とアキの方を向くと、まだ驚いた顔で固まっている。
「さあ、アキ。お前も」
「はっ! は・・・アキ=トミヤスでございます。
お二方共、よろしくお願いします・・・」
頭を下げたアキを見て、軽く頷くカゲミツ。
(これはまだ何かあるな・・・)
カゲミツの勘が危険を察知している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます