第116話 挨拶・3 秘蔵の刀


 刀で攻めてきたのだ。

 ならば、こちらも刀で返そう。


「ホルニコヴァさん。あなたは今回、私の所蔵の物を見に来たと、マサヒデの手紙にありましたが」


「お許し願えれば」


「お父上の腕は見せて頂いた。では、あなたの腕・・・いや、目を見たい。

 試すような真似をして申し訳ないが、まず3本。いかがでしょう。

 しかと当てる事が出来ましたら、私の品、いくらでもお見せしましょう」


「は。1本見せて頂けるだけで幸いでございます。

 3本も見せて頂けるとは・・・ありがとうございます」


「では、少しお待ち頂けますか」


 カゲミツはさらりと襖を開けて、部屋を出た。

 廊下を歩きながら、


(あの娘の目は一級と見た。何を出そうが、全部当てるに決まってる)


 さらり。襖を開け、部屋に入る。


(なら、思い切り驚かしてやろうじゃねえか! くくく・・・)


 カゲミツは3本の刀を取った。


(くくく! こいつらを見たら驚くぜ! 驚き過ぎて気ぃ失っちまうかもなあ!)


 心の中で笑いながら、真面目な顔で部屋に戻る。


「さて・・・まずはこちらから。私の愛刀です」


 ラディはカゲミツの手にある3本を見て、一目で分かった。

 どれもただの名刀ではない。

 おそらく、魔剣に近い作。


 カゲミツがラディに1本渡す。

 ラディはうやうやしく受け取り、抜かずにじっと見ている。

 マサヒデの刀を鑑定した時のような、緊張した空気が部屋を包む。


 これは名刀だ。

 しかし、ただの名刀ではない。何らかの力が宿っているはずだ。

 『魔剣』の称号がないだけで、それに近い逸品か。

 もしくは、魔剣以上・・・この剣だけの特別な称号がある逸品。

 抜かなくても、空気で分かる。これは尋常の作ではない。


 ラディの様子を見て、カゲミツの目も鋭く光る。


(やはりこの娘、ただの鍛冶屋の娘じゃねえ。一級の目を持ってやがる)


 しばらくして、ラディがすっと刀を抜いた瞬間。


「う!」


 小指ほどの長さを抜いた所で、ラディの動きが止まる。


「あ! すごい! キラキラしてます!」


「本当! これが名刀っていう刀なんですね!」


 クレールとマツも声を上げる。


「ホルニコヴァさん。いかがでしょう」


「こ、これは、これは・・・まさか・・・」


「ふふふ・・・さすがです。分かりますか」


 厚く、いかにも丈夫な刃。

 窓からさす光を、燦然と照り返すこの刃。

 ほんの小指ほどの長さを抜いただけで、光に目が眩みそうな感じがする。


 まさかこれは・・・


「ず、随分と・・・反りが深く・・・」


「ふふふ」


「に・・・日輪剣・・・三大胆・・・」


 前に立つ敵を、その輝きだけで全て打ち倒すと言われた名刀!

 その名刀は、持ち主の呼び掛けに応え、どこからでも飛んでくるという!

 その輝く光を浴びたものは、鋼の鎧であろうと! 龍の鱗であろうと!

 この深い反りで、円を描くように切り裂ける! まるで紙を裂くように・・・


 魔剣を超えると言われ、その輝きから『日輪剣』の称号を持つ剣!

 それが日輪剣! 三大胆!


「し、しかし、いや、しかし、三大胆は、もっと長く・・・」


「いやあ、私には長すぎましてねえ。寸を詰めました」


「は!? 寸を、寸を・・・詰めた!?」


「はい」


 ガタガタとラディの身体が震えだす。

 これほどの名刀の寸を詰めるとは!?

 ラディの目が回りだし、額から汗がだらだらと流れ落ちる。


「どうされました? やけに汗が」


「は! え、ええ・・・いや、何でも・・・

 これほどの作を目にすることが出来た、という幸せに・・・失礼致しました」


 懐紙を出して、額の汗を拭うラディ。

 その様子をにやにやと眺めるカゲミツ。


(くははは! やっぱビビりやがったぜ! どおーだ!)


「いやあ、さすがの目だ。ほんの2、3寸ほど抜いただけで、分かりますとは」


「は・・・お褒めにあずかり・・・」


「さ、では2本目。ま、これはすぐ分かりますか」


 渡された刀を、またうやうやしく受け取る。

 額の汗を拭い、目を閉じて、深呼吸。

 よし。まだ大丈夫。

 目眩は収まった。大丈夫だ。


「・・・」


 また小指ほどの長さを抜いた所で、ラディの動きが止まる。


「うっ!」


「わあ・・・黒いですね・・・」


「ほんとに・・・吸い込まれそう」


 クレールとマツも、その黒さに驚いて声を上げる。


 黒い。

 漆黒の刃。

 これは一目で分かる!


「これは!? いや、しかし、しかし! この作は失われたはず!?」


「いや、さすがだ。もう分かってしまったようですな。

 海の底に沈んでいたそうで、偶然見つかりましてね。運良く私の元に」


「・・・パイル=オンダ作の・・・魔神剣・・・!」


「お見事です」


 現代の技術では生成不能の、不明の金属で作られた作!

 どんなに固いものを斬っても欠けない!

 鬼が100人がかりで曲げようとしても曲がらない!

 真横からハンマーで弾かれようとも折れない!

 斬れないものは空を飛ぶ物だけと言われた剣!


 しかし、ただ頑丈なだけではない!

 その特異な金属の性質からか、一切の汚れがつかず、いくらでも斬れる!

 また、この剣は投げると持ち手の手に戻ると伝えられている!

 さらに、天にかざせば雷も呼び寄せる!


 これを持つ者は、神にも悪魔にもなれるという逸品!

 魔剣以上の剣! 『魔神の剣』と呼ばれる怖ろしい剣!

 パイル=オンダ作の魔神剣!


「いやあ、実はこちらを愛刀として帯びたかったのです。しかし長過ぎまして。

 寸を詰めたかったんですが・・・さすがに硬すぎまして・・・

 何せ、叩いても叩いても傷ひとつ、つきませんので」


「こ、これも、寸を・・・詰めようと・・・?」


「ええ。ですがどうしようもありませんので。このままにしてあります」


「そ、そうですか・・・それは、それは、仕方ありませんよね・・・」


「ええ。お父上にお頼みしたら、詰めてもらえますかな?」


 ば! とラディが顔を上げる。

 

「本当に寸を詰めるなど!?」


「ははは! 冗談ですよ。だって傷ひとつつかないんですから」


「・・・」


 また、ラディがだらだらと汗を流している。

 上気したせいか、眼鏡が曇っている。


「ははは」


(ぷぷぷ! やっぱビビってやがるぜ! こりゃあ次で落ちるな!)


「さて。では最後。こちらを」


 受け取ろうとしたラディの手はがたがたと震え、取り落としそうになる。

 

「おっと、大丈夫ですか? 随分と顔色が」


(わははは! 驚け驚け!)


 カゲミツの心の中では、笑い声が響いている。


「は、はい。いや、あまりの凄さに・・・」


 持った手が、やけに軽い・・・

 竹光? いや、まさか竹光はあるまい。

 この作は一体?


「?」


 す、と抜いた瞬間。

 また小指ほどの長さを抜いただけで、ラディの手が止まる。

 これは・・・手に温かみを感じる?


 それにこの色・・・赤い! 刃が赤い!

 は! として、刀を持った手を地に向けると、色が白く変わる!


「わあ! すごい! 色が変わりましたよ! 綺麗です!」


「ほんとに! これは驚きました。綺麗です」


 何も知らないマツとクレールが声を上げる。


「あ・・・ああ! これは・・・これは・・・この熱は!」


「やはり、あなたは一級の目をお持ちのようだ」


「オ・・・オトサメ作の・・・真・・・月斗魔神・・・」


 ラディの身体中から汗が吹き出る。

 顔からも首からも手からも、汗が吹き出ているのが、カゲミツにも見えている。


「お見事」


 時は戦乱。平和を願って槌を振るった刀匠、オトサメという男がいた。

 初期こそ平和を願って打っていたその刀匠だが、次第に力を求めるようになる。

 オトサメはついに店を閉め、力を求めて旅出ってしまった。

 そして、オトサメは魔の国に到着する。


 オトサメは魔力異常の地で、槌を振るった!

 一振り打つたびに気が狂い、それでも狂気をまといながら打ち続けた!

 彼は何本かの作を残したが、その中でも「真」の称号を冠するのがこの一本!

 狂気に取り憑かれ、命を削りながら、魔力異常の地で打った、最後の一振り!

 異常の地で打たれたこの刃の色は、三色に変わる!


 空を薙げば赤! 羽のように軽くなり、全てを破壊する波動を飛ばす!

 地を走れば白! 岩をも穿ち、その振りの速さは分身のように軌跡を残す!

 水を斬れば黄! 一振りで水ごと全てを吹き飛ばし、海をも斬ることが出来る!

 扱うには剣聖3人の力が必要とされるという!


 だがこの作は、その斬れ味だけでなく、怖ろしい力を持つ!

 内に秘めたその熱は、持ち主に無限の力を与え、鬼も、いや龍をも滅ぼす!


 魔剣を超える名刀!

 『真』の称号を冠した、刀剣界でも傑作中の傑作、最高の作と言われる一振り!

 それがこの作! 真・月斗魔神!


「あ・・・ああ・・・」


 ラディは目を回し、ついに横に倒れてしまった。


「おや、大丈夫ですか?」


(落ちやがった! ざまー見やがれ! わはははは!)


「あっ! ラディさん!?」


「大丈夫ですか!?」


 皆がラディに駆け寄るのを、無表情に見つめるカゲミツ。

 だが、心中では高笑いを上げていた。


「手が・・・」


「手がどうしたんですか!? 切ってしまったんですか!?」


「赤い・・・手が・・・ああっ・・・」


「どうされました? お怪我でも?」


 マツとクレールが慌てて手を見ているが、何もないようだ。

 治癒魔術をかけているが・・・


「アキ。すまねえけど、こちらの客人に布団を用意してやってくれるか。

 怪我はないみたいだが、ちと気分が優れねえようだ」


「は、はい!」


 アキが慌てて走って行く。


「いや、お二方ともご心配なく。ホルニコヴァさんは一級品の目を持った方。

 これは喜びのあまり・・・と言った所でしょう。

 まさか、気を失うほどに喜んで頂けるとは」


(ふふふ・・・マサヒデめ。今度は一本もらったぜ)


 今回は勝ちだな!

 カゲミツは心の中で高笑いを上げた。

 次は嫁2人を驚かせてやるか・・・

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