第111話 出発の朝・1


 明朝。


「おはようございます! ラディスラヴァ=ホルニコヴァです!」


 気合の入った声だ。

 マツとカオルは忙しそうにしているので、マサヒデが出る。

 余程、父上が集めた品を見るのが楽しみなのだろう。

 

「おはようございます・・・?」


 羽織袴で立っているラディ。

 上背があり、背筋も良く、すごく似合っているが・・・

 腰に脇差しを差している。

 

「本日はお誘いありがとうございます!」


 きらりと朝日を浴びて、ラディの眼鏡が光る。


「・・・では、どうぞ・・・」


「失礼致します!」


 す、と入っていくラディ。


「・・・茶を、用意しないと・・・」



----------



 いつもの部屋でラディとシズクが話している。

 

「ラディちゃん! すごいかっこいいじゃないか!」


「ありがとうございます」


「似合ってるよー。いいなあ! 私もそういうの欲しいな!」


「店をお教えしましょう」


「うん! あ、でも払えるかなあ・・・」


 マサヒデが茶を持って部屋に入る。


「ラディさん、どうぞ。マツさんもカオルさんも忙しくて。

 私が淹れたんですけど」


「ありがとうございます」


 す、と頭を下げるラディ。

 羽織袴が似合いすぎている。

 所作も綺麗だ。

 

「今日はローブじゃないんですね」


「はい。カゲミツ様にお目通りが叶うとなれば、礼服でと」


「へえ・・・ラディさん、羽織袴が似合いますね」


「ありがとうございます」


「なぜ着物にしなかったんですか?」


「・・・」


 ラディがすっと庭に目を向ける。

 遠い目だ。


「・・・サイズがなくて・・・」


「あ・・・すいません・・・」


「いえ・・・いつものことですから」


 この話題はいけない。話を変えよう。


「あ、そうだ。昨日はラディさんのお父上に助けてもらいましたよ」


「父が?」


「ええ。恥ずかしい話ですけど、私、両親に土産を用意してなくて・・・

 それで、父上に刀を1本と。

 そうしたら、ラディさんのお父上が譲って下さいまして」


「父がですか?」


「ええ。お父上の作だそうで。すごいですね。

 あれほどの腕を見て育ったのなら、ラディさんが鍛冶に憧れるのも当然ですね」


「父をお褒め下さいまして、ありがとうございます」


「いやあ、見た時、震えましたよ。

 抜かなくても、目の前に名刀があると分かって・・・」


「そうでしたか」


「あれほどの作に名がないと聞いて、また驚きました」


 さらり。

 奥の間が開く音。

 さ、さ、と歩く音がして、マツが出てきた。


「お・・・」


「遅くなりまして。ラディさん。本日は随行をよろしくお願い致します」


 頭を下げたマツが輝いて見える。

 朝日を浴びる黒髪、綺麗な和服。

 完璧だ。


「おはようございます。お邪魔にならなければ良いのですが」


「いえ。私も緊張しておりますから、一緒に来てくれるとありがたく思います」


「ありがとうございます」


「あ、そうだ。ラディさん、ちょっと見てもらいたい物があるんです。

 昨日、マサヒデ様とカオルさんにも見てもらったんですけど」


 まずい。あの魔剣だ。

 ラディが見たら、気を失う。


「マ、マツさん! すごいですね! マツさんにぴったりで!

 服も綺麗ですけど、マツさんの綺麗な顔と髪を引き立てて!

 今日はいつも以上に輝いて見えますよ!」


「あ、あら。そんなにですか?」


「そりゃもう! みんな驚きますよ! ねえシズクさん?」


「うん! きらきらしてて綺麗だよ!

 いいなあー。私もそういうのが似合ったらなあ・・・」


 マツの頬が赤く染まる。

 マサヒデは、ば! とラディに顔を向ける。


「ラディさんも、そう思いますよね!」


「ええ。美しく思います」


「そ、そこまで褒めて頂けますと・・・恥ずかしくなります・・・

 あ、あの、お土産の準備を・・・」


 マツは赤い顔をして、奥の間に引っ込んでいってしまった。


「ふう・・・」


「・・・マサヒデさん。何か」


「い、いえ。何でも」


 ここでラディに魔剣を見せたくなかった、と言ったら、一生恨まれる・・・

 しかし、気絶されたりしても困ってしまう。

 そこに、マツが戻ってきた。


「そうそう! ラディさんも見て下さいませんか!」


 ぎく。

 持ってきてしまったー!

 魔剣なんか見てしまったら、ラディが気絶してしまうかもしれない!


「マサヒデ様とカオルさんにも見てもらったんです。

 ラディさんなら、もっと詳しく分かるかな、と思って」


 すーっ、と、きらびやかな箱をラディの前に差し出すマツ。

 あまりに豪華な箱に驚くラディ。

 なんだ? という顔をするシズク。

 目を逸らせるマサヒデ。


「こちらは・・・」


「ナイフです」


「ナイフ・・・ですか。

 あまり詳しくありませんが、見てみます」


 ラディは、ためらいなく箱を受け取る。


「随分と豪奢な作りですね?」


「ええ。国を出る時に、父が下さいまして。

 お前は魔術が使えるから、土産や贈り物にでも使え、と。

 それで、これはどうかなと思いまして」


「お父様がですか」


 そう言って、箱を開けた瞬間、ラディの動きがぴたりと止まった。


(これは!?)


 つー、と額に汗が垂れる。

 ゆっくり手を伸ばし、指が触れた瞬間、小さな黒い霧が出る。

 何かが身体を走る。


「あ!?」


 ラディが声を上げる。

 目を見開いてマサヒデの方に「ば!」と顔を向ける。

 マサヒデは、顔を逸したま、小さく頷く。


 まさか! これは、魔剣なのか!?

 ただの魔術がかかった品ではなく、魔剣!?

 この町に魔剣があったのか!?


「・・・」


 震える手で、ラディがそっと魔剣を抜く。

 黒い霧が刃から滲み出る。


「なにそれ? なんか煙みたいのが出てるね。面白いじゃん」


「ね、面白いでしょう? 何か魔術のかかった品でしょうね。

 箱も綺麗ですし、マサヒデ様のお父様も、喜んでくれるかなって」


 何も知らないシズクとマツは、のんびり話をしているが・・・

 マサヒデもラディも、今、目の前に魔剣があると知っている。


「はァーッ・・・はァーッ・・・」


 ラディの息が荒くなる。

 

 朝日を浴びて、光り輝くきらびやかな鞘と柄。

 反対に、全く光を反射しない、黒い霧をもやもやと出す刃。

 禍々しい霧を出しているのに、なぜかその刃からは神々しさを感じる。

 

 これが魔剣!

 禍々しくも神々しい刃!

 手から伝わる怖ろしい魔力が身体を走る!

 間違いない! これは魔剣だ!

 

 世界に数本しかないと言われる『魔剣』の称号を持つ剣のうちの1本!

 あまりに怖ろしい力を持つが故に『魔』の『剣』と呼ばれる剣!


 生きて魔剣を見られるとは!

 生きて魔剣をこの手にすることが出来るとは!

 私が今、この手にしているのは魔剣! そう! 魔剣なのだ!


 息が荒い。

 手が震える。

 身体が震える。

 心臓が踊っている。

 額に汗が吹き出ている。

 ごくり、と大きくラディの喉が鳴る。


「ラ、ラディさん? どうかなされました? なにか汗が出てますけど」


「ラディちゃん? どうしたの? なんかすごい奴なの? それ」


 ラディの様子を見て、マツとシズクが声を掛ける。


「はっ! ・・・え、ええ・・・素晴らしい! 素晴らしい逸品かと!

 まさか、生きてこの手に魔け」

 

 ごほん! とマサヒデが咳払いをする。

 マツとシズクの2人は、これが魔剣だと気付いていないのだ。

 

「! い、いえ・・・その、あまりの出来の良さに驚いてしまいまして・・・

 いや、豪奢な作りに負けず劣らず、いや、それ以上に素晴らしい作です」


「良かった! ラディさんのお墨付きなら、安心ですね!」


「・・・カゲミツ様も、必ずお喜びになりましょう・・・必ず・・・」


 ラディは目を閉じ、すーっと息を吸い込んで、目を開けた。

 もう一度、魔剣をじっと見て、名残惜しい! と思いながら、そっと鞘に収めた。


 手を柄から離すと、黒い霧が消える。

 箱に収め、すーと箱をマツに返す。

 懐紙を出して、額に浮いた汗を拭く。

 

「・・・素晴らしい・・・まさに逸品。いや、絶品でした・・・」


「良かった! 私、刀剣類は全然分からないもので。

 ナイフって刀よりすごく小さいから、ちょっと不安だったんです。

 ラディさんがこんなに褒めてくれるなんて、すごく良い物なんですね!」


 マサヒデは顔を逸したまま、呟いた。


「ええ・・・それは、とても良い物ですよ。

 父上も喜びますよ・・・必ず・・・」


 ラディが気絶しなくて良かった、とマサヒデは安堵した。

 マツは良い物で良かった、と喜んでいる。

 ラディは夢見心地で、ナイフを握った手を見つめ、ぐっと拳を握った。


 魔剣を見て、この手に握った事、父に話そう。

 鍛冶屋として、家族が魔剣を手に出来た事を、きっと喜んでくれる。

 嫉妬もするかもしれないけれど・・・それでも、きっと喜んでくれる。

 

 ラディの目に、小さく涙が光った。

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