第112話 出発の朝・2
ラディが魔剣を手にした後、しばらくして、がらがらと馬車が到着した。
「失礼致します!」
執事の凛とした声が響く。
彼も、気合が入っているようだ
「はーい」
マツが出て行く。
玄関を開けると、銀色の綺羅びやかなドレスを身にまとったクレールと執事。
「マツ様! おはようございます!」
「クレールさん! おはようございます・・・ああ・・・素敵ですね・・・」
「えへへ」
マサヒデも出てくる。
「おはようございます」
「マサヒデ様! おはようございます! 私・・・どうでしょうか?」
不安気な顔で、ドレスを見るクレール。
朝日を浴びて、ドレスも髪も、輝いている。
「すごく綺麗ですよ。そのドレスも、髪も、輝いています。
きっと、父上と母上も驚きますよ」
「そ、そうですか?」
「そうですよ。クレールさんは、いつも綺麗だけど、今日はさらに綺麗です」
「も、もう。照れちゃいます・・・」
「ふふ、ようございましたな。
お嬢様は昨日連絡を頂いた時から、あれじゃないこれじゃないと大騒ぎで」
「こ、こら! 恥ずかしい事を言わないで!」
「ははは。さて、皆様ご準備は。いつでも出立は出来ますぞ」
マサヒデはちらっと馬車に目を向ける。
よし。普通の馬車だ。
輝いて目が眩みそうな馬車ではない。
「皆さん大丈夫だと思います。土産を持ってきますね」
「お手伝いします」
マサヒデと執事が家に上がる。
「あ・・・クレールさんの・・・レイシクラン家の・・・」
「これはシズク様。ホルニコヴァ様。おはようございます」
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「おお・・・これは・・・」
執事がラディに顔を向けて声を上げる。
「?」
「いや、これは・・・驚きました。お美しい。
『男装の麗人』とは、正にホルニコヴァ様の為にある言葉ですな」
「・・・」
ラディの顔が少し赤くなって、目を逸らす。
「先に出ています」
ラディはすっと立って出て行ってしまった。
残っているシズクは、何か落ち着かない様子だ。
やはり、シズクはクレールがまだ怖いようだ。
「本日は、我らの用意しました馬車にてお送り致します」
「え!? 私も乗れる!? ・・・えと、すごい重いですけど・・・」
「? 人数分は用意してございますよ」
そうだ。シズクはものすごい体重があるのだ。
筋肉と骨の密度が人族と違いすぎるのだ。
「あ・・・そうでした。すいません、失念していました。
シズクさん、種族がら、見た目よりすごく重いんです」
「おや。そうでしたか・・・まあ、大丈夫ではないでしょうか。
金属鎧を着た者が一杯に乗っても平気ですし。丸太も運べますし」
「本当! 私、荷車しか乗ったことがなくて!
馬車って初めて! 嬉しい! やったー!」
「ははは。そこまで喜んで頂けますと、用意したかいがあったというもの。
こちらも嬉しゅうございますな」
「良かったですね」
シズクも訓練着を包んだ風呂敷包みと鉄棒を持って、どすどすと出て行った。
「さて・・・」
ちらりと部屋を見回す執事。
土産物がふたつ、並べて置いてある。
「こちらですな。お運びしましょう。これがマサヒデ様の選んだ物ですね」
執事がホルニ作の刀を手に取る。
「ええ。実はそれ、ラディさんのお父上が打ったものなんですよ」
「ほう」
「見た瞬間、驚きましたよ。もう空気が違いました。
抜かずに名刀って分かりましたよ」
「それほどの・・・ラディ様のお父上は、どこかの寺社や貴族の?」
「それが、どこにも。ただの町の鍛冶屋なんです。これにも驚かされました」
「ほう・・・埋まらせておくには惜しい方ですな」
「あ、そうだ。良い事を思い付きました。ちょっと待って下さい」
マサヒデは懐紙を出して、
『ラディ=ホルニコヴァ様の御父上作。名はまだなし。されど名刀也』
と書いて、蓋の中に入れた。
「これで父上も、ラディさんに所蔵の逸品を見せてくれるはず」
「なるほど。良い案ですな」
「あとこれですね」
袋に入れてある小さな箱。
だが、中は怖ろしい逸品・・・魔剣だ。
「こちらはマツ様がご用意されました物で?」
「はい。ええと・・・」
マサヒデがそっと執事の耳に口を近付ける。
(これ、魔剣なんです)
(まけん? ・・・まさか、魔の剣と書いて、魔剣!?)
(はい。魔剣です。マツさんは気付いていませんけど)
執事が唖然として口を開けている。
「あの、これ、皆さんには、話さないで下さいね。
皆さんが不安になるといけませんから・・・」
「・・・」
「ラディさんも、これを見て、気を失うかと・・・すごい汗をかいていました」
「まさか、そ、そのような品を・・・土産と!?」
「本人が気付いていませんから・・・ただの綺麗なナイフだって思ってるんです」
ごくり、と執事が喉を鳴らす。
「マサヒデ様・・・その・・・馬車で運んで、大丈夫でしょうか・・・」
「・・・多分、大丈夫かと・・・どんな力を持った作かは分かりませんが、今まで、押入れにずっと入ってた物ですから・・・いきなり燃えたりとか、爆発したりとか、そういったような物ではないとは思いますが・・・」
「・・・左様でございますか・・・」
「ただ、念の為にですけど、積荷の方でなくて、持っててもらって・・・
握ってみてはっきり分かりましたけど、何らかの力を秘めているのは、確かです。
大きく揺れると・・・その・・・何かあるかも、ですし・・・」
「・・・はい・・・」
2人はマツの用意した魔剣の箱を見て、しばし沈黙した。
ちりーん、と、朝の涼やかな風に吹かれ、風鈴が鳴る。
「そ、そうだ。あと、お菓子の方は持ってきてもらえましたか?」
「は! はい。こちらも揺れぬように」
「ありがとうございます。あと、マツさんは、母上に香水を贈りたいそうです。こちらは実際に会いませんと、どんな香りが合うか分からないので、後日贈るということで」
「なるほど、香水ですか。女性にはぴったりの贈り物ですな。素晴らしい」
「では、私からは父上に刀。母上に菓子。
マツさんからは、父上にま・・・ナイフ、母上に香水、と。
以上ですね」
「はい。必ずや・・・お届け致します」
胸に魔剣が入った箱を抱きしめて、執事は礼をした。
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「それではマサヒデ様。行って参ります」
「マサヒデ様! 行ってきます!」
と、マツとクレールが先頭の馬車に乗り込み、執事も礼をして乗り込んだ。
「では」
「行ってくるね!」
と、シズクが後ろの馬車の扉を開けると。
「あ」
カオルがいつの間にか馬車の中にいる。
「いつの間に!?」
ラディが驚いている。
皆がここに居たはずなのに、誰にも気付かれずに馬車の中に・・・
「カオル! 朝から見なかったから、あんた、走ってくつもりだと思ってたよ!」
「近くまで行ったら、そうするつもりです」
「へへへ。楽しみだな。あんた、刺し殺されたりするなよ?」
「ふっ・・・シズクさんも、頭を割られませんよう、お気を付け下さいませ」
「ははは! ・・・言うね・・・」
「ふっ・・・」
ラディが二人の様子を見て、不安気に話し掛けてきた。
「・・・マサヒデさん」
「はい」
「私、不安です」
「私もです・・・」
「馬車、壊れたりしないでしょうか」
「これ、用意してくれたものですから・・・止めてもらえますか?」
「私には・・・」
「ですよね」
「はい」
「さ! 乗りなよ!」
シズクがラディに手を伸ばす。
「ラディさん。腹を決めて・・・お願いします」
「はい・・・」
御者がぱしん! と手綱を入れ、馬車が走り出す。
「いってきまーす!」
とクレールが顔を出して手を振る。
「行ってくるねー!」
と、シズクも顔を出して手を振る。
マサヒデも手を上げて、皆を見送った。
今日の道場は楽しくなりそうだな、とマサヒデはにやにやして、家の中に戻った。
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