第106話 カオル対シズク 決着後・2
「マツさん!」
がらっ! と戸を開け、マサヒデが駆け込んできた。
「マツさん!」
「ど、どうなされました!?」
マツが驚いて立ち上がる。
「今すぐギルドの治療室へ! 2人をお願いします!
医者が説明します! 私はラディさんを呼びに!」
「はい!」
昨晩の試合の後遺症? 傷が開いた?
ギルドの治癒師では手に負えないような傷?
マサヒデに続き、マツも駆け出した。
急いで外に出ると、マサヒデが怖ろしい速さで通りを駆けてゆく。
マツはそれを横目に、治療室に駆け込んだ。
がらっ! ぱしーん!
「どうなされました!? お二人に何が!?」
「静かに」
医者は慌てて興奮するマツの肩を押さえ、静かに戸を閉める。
しー、と口に指を当て、そっとマツを椅子に座らせる。
「お二人共、何か強い精神的なショックを受けているようです。
今は、まともな状態ではありません。とても喋れる状態ではない。
外傷はありません」
「怪我ではないのですね」
「はい。ですが、今説明した通り、まともな状態ではない。
今朝、お二人が目を覚ました時は、普通に喋っていました。
それが、急にお話ししたような状態になりました。
喋れる状態ではないので、原因を聞こうにも、聞くことが出来ません。
ここの治癒師がついていますが、マツ様も見ていてもらえますか。
いつ暴れ出したり、自傷行為に走ってもおかしくない。それほどの状態です」
「はい。分かりました」
「マツ様、あなたでしたら、もし彼女達が暴れ出したり、自傷行為に走っても、抑えることは出来ますか」
「出来ます」
「助かります。我らでは、とても彼女達を抑えることが出来ませんので」
「では・・・」
マツはそっと立ち上がり、静かにカーテンを開けた。
丸まって、震えながら涙を流す2人。
枕がぐっしょりと濡れている。
小さな声でぶつぶつと呟いている。
感情の浮き沈みが激しいシズクはともかく、あの冷静なカオルまで・・・
「申し訳ありません・・・申し訳ありません・・・ご主人様・・・」
「マサちゃん・・・救世主様・・・」
2人はぎゅっと目を瞑って、しゃくり上げながら、小さく呟いている・・・
治癒師の方を向き、こくん、と頷くと、治癒師も頷いて、静かに出て行った。
「・・・」
そっと、2人の頭の上に手をかざす。
目を閉じて、静かに集中する。
「・・・」
数分して、深い悲しみと寂寥感が、マツの心に強く入り込む。
2人は、何かを深く悲しんでいる。そして、寂しがっている。
その悲しみと寂しさが、この2人をこれほどに・・・
「・・・」
そっと手を引く。
2人の感情を、直に感じたマツも涙を流す。
からから、と静かに治療室の戸が開く。
マサヒデとラディだ。
懐からハンカチを取り出して、マツは涙を拭いた。
少し医者と話し、2人はこちらに静かに歩いてくる。
すー、と静かにカーテンが開けられた。
「マツさん」
「師匠」
マツは2人の方を振り向き、静かに頷いた。
マサヒデとラディも座る。
マツは2人を見ながら、
「何か・・・2人は何かを、すごく悲しんでいます。
それと、すごく寂しがって・・・寂寥感を感じます」
「・・・」
「それが何かまでは、分かりませんけど・・・」
「・・・」
「カオルさんも、シズクさんも、マサヒデ様を」
「私・・・」
「はい。先程から、『ご主人様』『救世主様』と小さな声で・・・」
「・・・」
マサヒデはそっと立ち上がり、カオルの横に立った。
「ご主人様・・・申し訳ありません・・・申し訳ありません・・・」
静かにしゃがんで、強く握られたカオルの手に、そっと手を乗せる。
「カオルさん」
「・・・申し訳ありません・・・ご主人様・・・」
「私はここにいます」
「・・・申し訳ありません・・・」
「・・・」
マサヒデは、そっとカオルの手を両手で包む。
カオルは、マサヒデに何か謝りたい。そう思っているのか。
「カオルさん」
「うう・・・申し訳ありません・・・」
「・・・」
マサヒデはそっとカオルの手を離し、シズクの方を向く。
ぐっと握られた手。しゃくりあげるシズク。
「ぐす・・・救世主様・・・マサちゃん・・・」
「シズクさん」
同じように、そっと手を乗せる。
「マサちゃん・・・救世主様・・・私も・・・救世主様・・・」
『私も』・・・
はっ! と目を見開く。
そうか。そういうことか。
この2人は、こんな風になるまで、マサヒデと一緒に旅がしたかったのだ・・・
マサヒデはシズクの手を包んだまま、すーっと涙を流した。
下を向き、涙をこらえ、マツに顔を向けた。
「なぜこうなったか、分かりました」
「え!?」
ラディも驚いている。
しー、とマサヒデは口に手を当てる。
「この2人は、ただ勘違いをしているだけです」
「勘違いとは・・・?」
「クビになりたくなかっただけです」
「クビ?」
「勝負が、相打ちで終わったから・・・
私が、決着が着かなかったら、クビにする、と言ったから・・・」
「・・・」
「だから、悲しんで、寂しがっていたんですね・・・」
「マサヒデ様・・・」
「こんなになるまで、私と一緒に旅がしたかったんですね」
「うっ・・・」
ラディが横を向いて、口を抑える。
はらはらと涙が落ちている。
「私は、良い仲間と出会えました」
「はい」
笑顔で返してくれたマツの目にも、涙が溜まっている。
「さあ、2人に起きてもらいましょう。
この2人に、こんな姿は似合いません」
「はい」
マサヒデは起き上がり、ぱん! ぱん! と大きく手を叩いた。
足を開き、手を腰の後ろに回し、腹に力をこめ、大声で叫ぶ。
「カオルさん! シズクさん! 起きなさい!」
驚いて、医者と治癒師が駆け寄ってくる。
ラディが2人を抑え、そっと横に並ばせる。
は! と、カオルとシズクがマサヒデに目を向ける。
2人の目は怯えて、震えている。
マサヒデは2人の目をぐっと見据える。
「カオルさん! シズクさん! 昨晩の勝負! お見事でした!」
2人の身体が震え、シーツを拳で握りしめ、ぷるぷるしている。
「お二方の腕、このマサヒデ、しかと見せて頂きました!」
2人が俯いてしまう。
マサヒデは、すぅーっと思い切り息を吸い込んだ。
「二人共、顔を上げなさい!
相打ちとはいえ、両人の腕、腐らせるのは惜しい!
よって! 今回は、お二人共、合格と致します!」
ば! と2人の顔が上がった。
マサヒデは二人の顔を見て、笑顔で頷いた。
シーツを握る手が震えている。
身体が大きく震えている。
だが、これは喜びの震え。
2人の目から、涙が流れている。
これは、喜びの涙。
「ご・・・ご主人様・・・」
「救世主様・・・」
「立ちなさい! 情けない姿を見せないで下さい! 胸を張って下さい!
あなた達は二人共、このマサヒデ=トミヤスの仲間です!
仲間の情けない姿など! 私は見たくありません!」
カオルがマサヒデに飛びついてきた。
横からシズクも飛びついてきた。
マサヒデも2人の背に手を回す。
「ご主人様! ご主人様! ご主人様ぁー! うわあーん!」
「救世主様! 救世主様ぁー! マサちゃーん! ああー!」
2人が大声を上げて泣き出した。
ぱちぱち、とマツが祝いの拍手を上げ、続いて、ラディ、医者、治癒師も、拍手を上げた。
マツとラディの目からも、涙が流れている。
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