第十二章 ご挨拶

第107話 準備・1


 ぐすぐすと泣くカオルとシズク。

 涙を拭きながら歩く、マツとラディ

 4人を引き連れて、マサヒデはギルドの廊下を歩いていく。

 

 皆が「どうしたんだ?」という顔で足を止めたが、そのままマツの家まで連れて行った。

 

「おや」


 クレールの執事が玄関の前で立っている。

 顔には出さなかったが、目には驚きの色が見える。


「マサヒデ様、おはようございます。

 ・・・皆様、どうなされましたので?」

 

「ああ・・・昨晩の勝負で、二人共、合格ということで。

 そうしたら、皆が嬉しくて泣いてしまって」

 

「それはそれは。嬉し泣きでございましたか。

 マサヒデ様も女泣かせでございますな」

 

「そんな誤解を招くような・・・やめて下さいよ」


「ははは! 誤解ではございますまい。

 マツ様のような奥方を迎えておられるのに、お嬢様まで連れ去ってしまわれて」


「・・・」


「これは冗談が過ぎましたかな。まあ、そんな顔をなさらず。

 本日は、目出度い話をお持ち致しました」

 

「目出度い話ですか?」


「はい。ご挨拶の準備が整いましたので、そのご報告に」


「挨拶・・・挨拶と言いますと、私の実家へ?」


「はい。マツ様の準備が整い次第、いつでもと、お伝えに参りました。」


「そうでしたか。わざわざありがとうございます」


「めでたい話ですので、使いなどではなく、是非とも私が、と願いまして」


「では、せっかく来て頂いたので、茶でも・・・」


 後ろから、すすり泣く声。


「・・・と、言いたい所ですけど、皆、あんな調子ですので・・・」


「お気持ちだけでもありがたく思います。

 では、お邪魔しては申し訳ありませんので、私はこれにて」


「ありがとうございました。マツさんの都合を確認したら、連絡しますね」


「お待ちしております」


 執事は綺麗に頭を下げ、去って行った。


「・・・さあ、皆さん。戻りますよ」



----------



 それからしばらくして、皆も泣き止み、落ち着いてきた。

 カオルもまだすんすん鼻を鳴らしているが、いつものメイド姿になって、湯呑に茶を注いでいる。

 シズクだけは、まだ部屋の隅でおいおい泣いている・・・

 

「マツさん、さっき聞いてたと思いますけど、挨拶の話です」


「えっ」


「あれ、聞いてませんでしたか?

 ははは、マツさんまで感無量でしたか」


「当たり前です。もう嬉しくて・・・」


 また、マツの目に涙が・・・


「まあ、マツさん。涙をおさめて。聞いて下さい。

 実は、めでたい話をクレールさんがお伝えしてくれまして」

 

「めでたい話ですか? どんなでしょう」

 

「マツさんが、ずっと楽しみにしてた話です」


「ずっと楽しみに? うーん・・・」


 顎に指を当て、小首を傾げる。


「なんでしょう・・・」


「ふふふ。クレールさんの準備が整いました」


「準備? クレールさんの? 何の・・・」


 はっ! まさか!


「そうです。私の実家へ」


「・・・マサヒデ様のお父様とお母様に!」


「ま、そういうことです。

 マツさんの都合を聞きましたら、すぐ道場へ早馬を送ろうかと」


「ああ・・・ついに!」


 またマツの目に涙が浮いてくる。

 

「マツさん、もう泣かないで下さい。

 嬉しいのは分かりますけど、ここでひとつ、私の話も聞いて下さい」

 

「はい、はい!」


「では・・・まずラディさん」

 

「え? 私ですか?」


 ラディが「え? 私?」という顔をする。


「先日、ラディさんには、私の刀を鑑定して頂きましたが・・・」


 はっ! とした顔をして、ラディが目を見開く。


「どうです? 父上の収集した逸品」


 ラディの身体が震えだす。


「もちろん、父上が見せても良い、仰ってくれればですけど。

 もし、良いと言ってくれたら、色々見られます。いかがですか。

 すぐ隣村ですから、遠くもありませんし。

 マツさんとクレールさんが一緒なら、追い返されることもないでしょう」


「い、いいい、行きます! 是非とも! 行かせて下さい! お願いします!」


 ば! と手を付くラディ。

 その姿を見て、マサヒデは笑顔で頷く。


「ははは! 見せてくれると良いですね。

 マツさん、構いませんよね?」


「もちろんですとも! まだ、マサヒデ様の刀を見て頂いた時の事、覚えてますよ。

 ふふ、お父様から、お許しが頂けますと良いですね」


「じゃあ、マツさんはいつが都合良いでしょう?」


「その、本日にでも、と言いたい所ですけど、準備も・・・

 では、明日! 明日参ります! 明日の、えっと・・・昼過ぎくらいで!」


 ぱっと輝くマツの顔。

 これにも笑顔で頷く。


「分かりました。その旨、お送りしましょう。

 昼過ぎとなると、うーんと、馬車だと・・・

 馬車だと、出るのは朝早くになりますか」

 

「そのくらいですね」


「さて、シズクさん」


「ひゃい・・・」


「ふふふ。そんなに喜んでもらって嬉しいですけど、そろそろ泣き止んで下さいよ。

 シズクさんもいかがですか?」

 

「ひぇ!?」


 シズクが「ばっ!」と涙と鼻水だらけの顔を上げる。


「私が育った道場。見てみたくありませんか?」


 ぱあ・・・と明るい笑顔になるシズク。


「みひゃいでしゅ!」


「ははは! それは良かった。

 トミヤス道場は、挑戦者大歓迎。

 父上は、強い人と戦うのが、とにかく大好きなんです。

 父上に手合わせを申し込んでみて下さい。断られることはないでしょう。

 剣聖と言われる父の腕、シズクさんに是非見てもらいたい。

 良かったら、道場の門弟に稽古もつけてやって下さい。

 あ、でも、道場を壊さないで頂けるとありがたいですけど」


「ひゃい! ぐしゅ」


「では、次。カオルさん」


「は」


「剣聖と呼ばれる父上ですが、あなたの忍の腕、どこまで通用するか・・・

 試してみたくありませんか?」


「・・・」


 ぶるっ! とカオルの身体が震える・・・


「手合わせをしろ、という訳ではありません。

 マツさん達が挨拶している所に忍び込んでみるとか。

 色々、試してみたいこと、ありませんか」


「・・・」


「もちろん、手合わせしてみたいなら、申し出てみて下さい。

 断られることは、まずありません。

 あ、でもさすがに門弟の前で、姿を晒すのは・・・ですか・・・」


「・・・参ります・・・是非とも・・・!」


 カオルの目が静かに燃える。


「ふふふ。燃えてますね。しかし、さすがに人数が多いので、クレールさんが用意してくれた馬車では無理ですね。借りに行ってきますけど、もしなかったら、歩きの人も出ちゃいますが」


「行く!」「参ります!」「是非とも!」


「その時は、クレールさんが用意してくれた馬車が、何人乗りの物か分かりませんけど・・・余った席があったら、ラディさんを乗せてあげてもらえますか? カオルさんやシズクさんほど、足がありませんし」


「はっ!」


「大丈夫だよ!」


「ありがとうございます」


 マサヒデは皆の顔を見回し、満面の笑みで頷いた。


「よろしい! 皆さん、気合が入りましたね!

 ・・・おっと、カオルさん。

 この事は、ちゃんと監視員さんにも伝えます。今、聞いてるかもしれませんが。

 あなたの腕、父上にどこまで通用するか、是非、見てもらって下さい。

 ふふふ。相手は父上です。さすがに試験には響かないでしょう。

 それどころか、上手く行けば、一気に得点上昇です。

 あ・・・ですけど・・・」


 マサヒデは少し不安になる。

 マツとクレールが挨拶をしている所、床下に忍び込むカオル。

 「そこだあーッ!」と、マツ達の目の前で、いきなり畳に刀を突き立てる父。

 驚いて仰け反るマツとクレール、床下に飛び散るカオルの血・・・


「何か」


「・・・いや・・・万が一にも、殺されないように、十分注意して下さい」


「はっ!」


「では、すぐに早馬を送ります。午後には道場に届くでしょう。

 ラディさん、シズクさんの事は、手紙に書いておきます。

 カオルさんの事は秘密にしておきますね。先に教えたら意味ないですし」


「お心遣い、感謝します!」


「クレールさんには、連れて行く人が増えます、くらいでいいでしょう。

 あ、そうだった・・・レイシクランにも忍の方がいるんでしたね・・・

 うーん・・・まあ、これはクレールさんの判断に任せましょう。

 レイシクランの忍の方々と一緒に、というのも悪くないでしょう。

 他派の技術も見れますしね。

 では皆様。準備にかかりましょう!」

 

「はい!」

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