第105話 カオル対シズク 決着後・1


 戸を開けると、マツと執事が駆け寄ってきた。


「マサヒデ様!」


「大丈夫。二人共、無事です。怪我も治りました」


「ああ!」


 マツは腰が抜けたように、かくんと膝を着いた。

 執事も、ほう、と息をつく。

 

「気を失ってしまったので、治療室で寝かせてもらっています。

 明日には戻るでしょう」

 

「良かった。ああ、良かった・・・」


 両手で顔を包んだマツの手から、涙がこぼれ落ちる。

 

「さあ」


 マツの手を取り、部屋に戻る。

 

 

----------



 マツは横座りに座り、片手で床を付き、泣きぬれている。

 クレールはマツにくっついて座り、肩を抱いている。

 マサヒデは2人の正面に座り、腕を組んで2人を見ている。


「・・・」


 無言で執事が入って来て、静かに湯呑を置いた。

 少しして、執事が横に座り、自分の湯呑をそっと口にした。

 ぽつん、と呟くように、マサヒデに話し掛ける。

 

「いかがでしたか」


「見事でした」


「そうでしたか・・・」


 執事がクレールに目を向ける。


「お嬢様が、変わったように見えます」


「変わりました。強くなった」


「・・・」


「覚悟が出来た。武人の妻になった」


「マサヒデ様。私、勘違いをしておりました」


「勘違い?」


「此度は、真剣勝負をお見せすることにより、お嬢様が旅へのお誘いをお断りしやすくと・・・そのようなお計らいをしてくれたのだと、勝手に思い込んでおりました」

 

「・・・」


「違ったのですね」


「はい」


「お嬢様は、マサヒデ様の・・・いや、武人の妻となる覚悟が、まだ出来ていなかったのですね」


「はい」


「お嬢様に、覚悟が出来たように見えます」


「はい。強くなりました。今まで通り、優しいまま・・・強くなりました」


 執事がマサヒデの方を向き、頭を下げた。


「ありがとうございました」



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 翌朝。

 冒険者ギルド、治療室。


「はっ!」


 カオルが目を覚まし、がばっと起き上がる。

 カーテンで囲まれたベッド。

 医薬品の匂い。

 

 ここは治療室だ。

 

「・・・」


 足を見る。腕を見る。

 怪我は治っている。

 痛みはない。

 

「おはようさん」


 ばっ! と振り向く。

 カーテンの向こう・・・

 

「ねぼすけ。それでもメイドか」


 シズクの声。

 

「私は、負けたのか・・・」


「そこ。テーブルの上」


 紙が置いてある。

 開いた結び文。シズクが開けたのだろう。

 手に取ってみると、

 

 『此度は相打ち。お二方、お見事』

 

 マサヒデの字。


「・・・相打ち・・・」


「へへへ」


 カオルは、とさ、とベッドに倒れ込んだ。


「相打ち・・・相打ち、でしたか・・・」


「あの火は、効いたよ。あんた、大笑いしてたな」


「・・・」


「怖かったよ」


「柔が極まった時、これで勝てると思いました。

 そうしたら、手首だけで私を持ち上げて・・・」


「あんたが軽すぎるのさ」


「・・・シズクさんが立ち上がった時、絵物語の悪鬼のように見えました。

 火を背負った、悪鬼羅刹・・・」

 

「ふふふ。そりゃあ、鬼だからな」


「歩いてきたシズクさんを見て、死ぬ、と思いました」


「私もね。火、吸い込んじゃってさ。息、出来なくてさ。

 あれ、外したら終わりだったよ」


「最後、あなたの顔、突こうとして、首、掴まれましたね」


「ああ。でも、よく見えてなかったんだ。ちょっとズレてたら、私が死んでた」


「・・・」


「・・・いい・・・いい勝負だったよな?」


「・・・良い勝負だったと、思います」


 しばしの沈黙。

 天井を見つめる2人。


 カオルは上体を起き上がらせ、水差しを取った。

 コップに水を注ぐ。


「なあ、ところでさ・・・大事なことなんだけど・・・」


「なんでしょう」


「相打ちだったら、どっちがパーティーに入るのかな」


「・・・」


 コップから水が溢れる。

 そうだ。

 時間内に決着が着かなかったら、クビだった。

 私達は、気を失って決着が着いていない。

 つまり・・・

 手が震える。


「あんたの方が先に気ぃ失ったんだから、私だよね」


「・・・」


「ふふふ」


「あ、あの・・・」


「どうした。あんた雑用だよ。ふふふ」


「じ、じ、時間内に決着が着かなかったら、二人共、クビと・・・」


「ああ、そういやそんなこ・・・

 ・・・あ、あ、相打ち!? 決着が着いてないってこと!?

 ちょっと! 明るいよ!? もう朝!?」


「・・・朝です・・・」


「マジかよ!」


 からから。


「失礼します」


 マサヒデ!

 これは、解雇通告・・・


「2人は?」


「ああ、もう目が覚めたようですよ。喋ってました」


「そうですか」


 カオルの身が震えだした。

 かしゃん! カオルの手から、コップが落ち、ガラスと水が飛び散る。


「あ」


「何か割れましたね?」


「・・・どうしよう・・・どうしよう・・・」


 ぶつぶつと、シズクが呟く。

 もう、救世主様との旅は出来ない!

 雑用として着いていくことも出来ない!


 すたすたとマサヒデと医者が近付いてくる。

 しゃー。カーテンが開かれる。


「あっ!? どうなされました!?」


 床に割れたコップ。

 真っ青な顔で、目を見開いて震えるカオル。

 頭を抱え、小さな声で、ぶつぶつと何か呟いているシズク。

 2人とも、尋常ではない。

 

 医者がカオルに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!? 横になって! さあ!」


 マサヒデもシズクに駆け寄る。

 

「シズクさん!? どうしたんですか!?」


「ああ・・・救世主様・・・」


「横になって下さい! シズクさん!」



----------



「うう・・・ご主人様・・・申し訳ありません・・・」


「マサちゃん・・・救世主様・・・」


 2人は赤子のように丸まり、強く目を瞑って、震えながら涙を流している。


「一体、どうしたんでしょう・・・」


「分かりません。二人共、何か、強い精神的ショックを受けてしまったようです」


「昨晩の試合のせいでしょうか・・・かなりぎりぎりの試合でしたから・・・」


「どうでしょうか・・・何とも・・・」


 マサヒデと医者は腕を組み、震える2人を見ている。

 うーん、と医者がうなる。

 

「とにかく、少し落ち着くまで待ちましょう。とても話せる状態ではありません」


「分かりました」


 すー、と静かにカーテンを閉め、医者とマサヒデはそっと離れた。

 2人は静かに話す。

 

「とにかく、落ち着くまで待つしかありませんね。

 まず、お話が出来る状態になりませんと、何があったのか・・・

 ただ、ここまで酷い状態ですと・・・

 何かあったらいけませんので、治癒師をつけておきます」


「すみません。マツさんと、もう1人、治癒師を連れてきます。

 すぐ呼んできますので、少しお願い出来ますか」


「助かります」


「では」


 マサヒデはマツとラディを呼びに、静かに部屋を出た。

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