第6話 色っぽ過ぎる介抱

美瑠

 ああもう……完全に出遅れた! さっさと巻き返すよっ!


「咲人君、お口が汚れてるよ……」


 これはやっぱり耳元で言うべきセリフだよね? 口の周りに食べ物がついてるって、恥ずかしいことだもん。人には聞かれたくないもんね。あたしってデキる子よね。ちゃんと咲人君のプライドに気を遣った注意ができるってすごいかも……。


 な、なんて自画自賛してる場合じゃなかったっ……!! のんびりしてたらまたお姉ちゃんの魔の手が咲人君に伸びてしまう……! 素早く顔を近づけて、


「咲人君、ピザでベタベタになった手を洗いに行こっか? それから、お手洗いは大丈夫?」


 自分で言うのもなんだけど、優しさに溢れた口調であたしは囁く。よかった……すぐに、うんうんって勢いよくうなずいてくれたね。


 お姉ちゃんをダイニングに残して、あたしと咲人君でパウダールームにやってきた。ここには女物の化粧品や香水がいっぱい!


「あっ……! どうしたの咲人君!?」


 一瞬立ちくらみのようにフラフラしてから、すぐに立ち直ってくれた。よかったぁ……。あんまり女子慣れしてなさそうな咲人君は『ザ・女の子の香り』に満たされまくったこの場所に眩暈めまいを起こしちゃったのかな?


「大丈夫!? 人工呼吸しよっか?」


 刺激しないよう、静かに言う。咲人君は『だ、だ、大丈夫だからっ!!』って慌ててるよ。やばっ、人工呼吸は大げさだったかな……。


「んっ? お手洗い? ああ、こっちだよ、ここの扉の先。……あたしの肩につかまって? 一人で立ち上がると危ないよ……」


 あたしにできる目いっぱいの母性を詰め込んで勝負をかける。お姉ちゃんとは違う路線で攻めようかとも思ったけど、やっぱり弱ってる咲人君にはこれだよ。トイレのドアを開けて、一緒に中に入っちゃった。


「いーっぱい甘えていいからね……。おしっこ、一人でできるかなぁ?」


 し、しまったあ……! 今のはやりすぎ……。咲人君の顔がゆでだこみたいになってるぅ~!


 さすがに、やんわりとトイレの外に追いやられてしまったよ……。そりゃそうだよね。

あっ、もう終わったんだ、咲人君。なになに、今なんて言ったの?


「『うれしかった』? ホントに!? あたしのヘンな気の使い方でも?」


 あたしの質問に答えるように咲人君が手をつないでくれたよ。嬉しい……。


「ねえ、ちょっと散歩でも行こっか?」


 胸の中が温かくて嬉しい気持ちになる。自然に咲人君を誘ったよ。


 手をつないで外に出る。


「空気、新鮮だね。もう息苦しさは消えた?」


 咲人君は隣でにこっと微笑んでくれる。幸せ……。ずっとこの時間が続けばいいのに……。


「美瑠~! 何をしてるの? まだお昼ご飯の途中でしょ!?」


 お姉ちゃん……!


「逃げよう、咲人君」


 どうして逃げ回らないといけないのか分からないけど、気づいたら彼の手を引いて走ってたよ。


「はあはあ……。ごめんね、あたし……咲人君ともっと一緒に――」


「待ちなさい~、美瑠!」


 家の敷地を飛び出して街に出た。よし、あの大きな木の裏に隠れよう……。


「あのね……えっとねっ……、はあはあ……んっ……! さっ……咲人く……、はあんっ」


 息が切れて、声が出せない……。


「えっ、どうしたの、咲人君? 顔、真っ赤だよ? なんで目をそらすの? どうして前かがみなの? お腹でも痛いの?」


 あたしの質問攻めから逃げるように、咲人君はお腹の下あたりを手で隠しながら、あたしから離れようとする。


 はっ!……お姉ちゃん、もう来ちゃったよ。速攻で見つかっちゃった……。


「……さ、咲人君……。はあはあ……、勝手に外に出ちゃ、はあっ……ダメっ……。どうしてそんなこと……するのっ?」


 お姉ちゃん? 耳元で話してるけど、あたしにも聞こえてきてるよ? そしてどれだけ色っぽい喋り方してるのっ……? 咲人君……鼻血出してない?


 ま、負けてられない……!! 咲人君の右耳にくっついて……。


「ごほごほ……、お姉ちゃんなんて気にすることないよ……。ううんっ……、逃げないで、こっちを……はあっ、はあんっ……見て? あたしの方がずーっと咲人君のこと、大好き、だから……!」


 まだ息が切れちゃって、上手く話せないよ。でも言いたいことは言えた……!


「咲人君……! はあはあっ……! み、美瑠に……はああんっ……無理やり引っ張ってこられたんでしょ? ごめんね……ごめんねっ。美瑠よりも私の方が君を心から愛してる……! 地球上の誰よりずっと……!」


 ガクッ……!


「「咲人君!?」」


 あたしたちの話を聞いている最中、痙攣みたいに体を動かしていた咲人君が地面に倒れ込んでしまった……!


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