第5話 姉と密着しての掃除は気が気じゃない

麻衣那

 十五分間をきっちりスマホで測り終えて、私は自室からリビングに降りて行った。ドアを開いて、ソファの方に目をやった途端、とんでもない光景が目に入ってきたわ。


「ちょっ……何してるのよ、美瑠!?」


「ああ~お姉ちゃん。今ね、咲人君に頭撫でてもらってたところなんだよ……。いいでしょ?」


 くう~っ! 一体どういうこと? たったの十五分でどうやってそんなに親密に……!?


「わかった! こうなったら私にも考えがあるわ。咲人君におぶってもらって掃除するっ!」


「はあ~っ!? 何いってるのお姉ちゃん?」


「大きな窓の上側だとか、手が届かないの……。お願いできるかな、咲人君……?」


 目いっぱい甘えた声で懸命にアピールっ。


「いいの!? よかったぁ~。うんうん、実はね、上の方にたまってるホコリがずっと気になってたんだあ」


「お姉ちゃん……そんなこと今初めて聞いたんだけど」


 ジト目で見つめる美瑠は無視無視。咲人君の背中にしがみつくの……。


「しっかりした背中……。やっぱり男の子だよ、頼りがいあるね。そうそう、もうちょっと背伸びしてくれるかな?」


 私が耳元でささやく声にくすぐったそうにしてる。必死でつま先立ちをして背丈を稼いでくれてるんだね。


「もうちょっと、もう少しお願いっ……。ああんっ、惜しい。あっ、辛そうな顔をしないで……。咲人君は十分に頑張ってるから、大丈夫だよ」


 細いんだけど、男の子らしく筋肉の筋張すじばった背中に背負われながら、咲人君の頭をなでてあげる。どっちが庇護されているのか分からなくなってくる、不思議な背徳感ね。


「もう一回やってみようか、せーのっ!」


 私はくすぐったがる咲人君の耳に向けて囁くの。


「ちょっとお姉ちゃん、掃除にかこつけて自分の胸を咲人君に押し当てるのはやめてっ! さっきからバレバレなんだからね!」


「そ、そんなことはないわよ……、私は真剣に掃除を……」


「脚立を使えばいいでしょ! そんなことしてたら第一危ないし……」


 美瑠の突っ込みによって咲人君は我に返ってしまったみたい。『やっぱり危ないよ』って私を床に降ろしたじゃないの……。全くもう。もっと彼の肩に、背中にいっぱいしがみつきたかったのにぃ~! もっと色んな事を、イケないこともたくさん囁きたかったのに……。


 結局、あまり掃除をはかどらせることが出来ないまま、お昼になってしまった。ご飯を作るには遅かったし、デリバリーピザを頼んで三人で食べることにしたの。


「四人掛けテーブルなんだよね、これ。どうやっても2人×2人で分かれるよね……。そうだ、お姉ちゃんは一番年上で偉いから、どうぞ上席へ」


「いえいえ、今日の掃除の最大の功労者はやっぱり美瑠よ。脚立を使った方が安全だって教えてくれたじゃない? 現場での最重要監督責任者だわ。だからどうぞ上座へ」


「「む~っ!!」」


 咲人君がすでに下座側の椅子に座ってしまっているから、私と美瑠は彼の隣の席をゲットしようと躍起になっていた。


「仕方ないわね、こうしましょう」


 上座側の椅子を引き寄せ、咲人君を左右から囲むように私と美瑠で座る。


「はい、あーんっ」


 素早くピザを一口大ひとくちだいに切り、咲人君の口元に持っていく私。


「一口では食べられないよね……。いま私が噛み切ってあげるね……。それから口移しで……」


「ストーップ!! なんてことしてるの、お姉ちゃん! 咲人君は子供じゃないんだよ!?」


「知ってるわ……。でも、どうしてかずっと不安そうな表情をしているんだもの……。ねえ、悩み事があったらすぐに言ってね、なんだって、どんなことだっていいから。力になるわ」


 咲人君の耳にかかる髪の毛を優しく整えながら、息を吹きかけるように言ってあげる。言葉だけじゃなくて雰囲気でも癒してあげたいから。


「ぐう~っ! 完全にタイミングを逃しちゃったよ~!」


 悔しそうな美瑠を横目に、私は咲人君との食事を目いっぱい楽しむの。

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