竜胆

 すっと息を吸って吐く。体内を清浄な空気で満たしてから受話器を手に取った。今日は、敬老の日。

 祖父は、厳しい人だった。その厳しさをいとこや妹は苦手としていたけれど、私は好きだった。私を叱った後に私が泣き止むのを見計らってそっとお饅頭を差し出してくれたり、幼い妹に両親が付きっ切りでぐずる私のそばを離れずにいてくれたり、不器用で誠実な優しさを持つ人だった。

 呼び出しのコールが鳴って、五回目。祖父が電話に出た。

「もしもし」

「もしもしおじいちゃん? 結子です」

「ああ、結子か。どうした」

「今日は敬老の日だから、おじいちゃんの声が聴きたくなって」

 一瞬会話に空白が生まれる。これはなんて返そうか考えあぐねているんだなと分かって微笑みがこぼれる。

「……そうか。元気か」

「うん、元気だよ。今ちょうど夏休みが明けてバタバタしながらも頑張ってるよ。おじいちゃんは?」

「変わらず元気だ」

「そう。それはよかった。……ねえ、今度おじいちゃんの家に行っていい?」

「……ああ、もちろん構わない。来る日付だけ連絡してくれ、駅まで迎えに行く」

「もう大学生だからわざわざ迎えに来なくても大丈夫だよ。……でも、おじいちゃんとたくさんお話ししたいからやっぱり迎えに来てくれる?」

「分かった。元気でな」

「うん、おじいちゃんと会えるの楽しみにしてる」

「そうか、じゃあ」

「じゃあね、おじいちゃん」

 ツーツーと音が鳴って電話を終える。長電話が苦手な祖父だから、いつも電話は短いけれどそこに滲む分かりにくい愛に心がじんわりと温まる。

 今度祖父の家に行ったら白い竜胆を生けよう。清廉で凛とした竜胆はきっと祖父の部屋を優しく彩ってくれるだろう。私がいなくなっても寂しくないように、うんと美しく竜胆を生けようと決意して、私はまた日常に戻っていった。

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