第四話 泣き別れ、そして再会

朝ごはんを食べ終え俺達はエリカが働いているという水車小屋に向かっていた。


そこでは街を縦断する川の水流を利用して布作りをしているそうだ。


先ほど肉串を買った通りからは徒歩にしてせいぜい五分程度くらいのようである。


水車小屋につくとまず驚いたのが女性ばかりであるということだ。俺自身が場違いなんじゃないかと思うくらいに女性しかいない。いや待て、俺も今は女の子の体なんだから別に恥じるべきことはないのだ。


そしてたまたま目が合った一人の女性が話しかけてくる。大丈夫かな。エリカは重度のコミュ障だけれども。




「エリカじゃん今日は早いね、、、おはよう、、、それで


その子誰?」




「あっ、ライザさんおはようございます。


えっと、あ、、、この子は妹みたいなものというか、、、」




懸念していた事態とは変わってエリカは比較的まともに会話できているようだ。まあ職場の仲間であれば多少は話せるのだろう。少し安心した。


かつて関わった引っ込み思案な近所の女の子とエリカが僅かに重なる。


きっと親心とか庇護欲とかそういった類のものだろう。いつの間にかエリカに対してそういう感情を抱きかけていて不思議だ。


あ、そうだ一応話に上がったから挨拶をしておこう。




「あ、こんにちはエリカさんと同居させて頂いていますエスと言います。


いつも彼女がお世話になっております。」




ハキハキと言い終えて、最後に渾身の笑顔をかましてやる


どうだ。この人当たりの良さ。やり終えた気分で内心どや顔をする。


しかし、エリカに挨拶してきたライザさんとやらは無言で押し黙っていた。




「、、、、、、、、、」




え、なにかヤバい事言ったかな?内心戦々恐々としていると突然ライザさんが高速で抱き着いてきた。




「かわいいいいいいい!!!!


なにこの子。髪の毛サラサラだし、おめめぱっちりで、お人形さんみたい!!!」




「え?」




ライザさんに力いっぱいに抱きしめられてぶんぶんと振り回されてしまう。


エリカはあたふたしているし、いつの間にか水車小屋の女性たち全員集まってきているし、なんだこれ。




「ほんとだ可愛い!!!ほっぺぷにぷにー!」




「まつ毛すごい長い!!ますますお人形だ!」




「エリカってばこんなかわいい子と住んでるなんて隅におけないわね」




「やだ、私の妹にしたいわ。エリカずるい!!!」




変わりばんこに体を弄られてきゃいきゃいと黄色い歓声を浴びる。


ぎゅうぎゅうと苦しいはずなのにどことなく多幸感、、、、あ、、、、昇天しそう。


そんな中、俺が天に召されるのを阻止したのはくしくもエリカの大声だった。




「あ、あの!!!!


エスは私だけのです!!!!」




精一杯張り上げられたであろうその声に職場の仲間たちは驚くがすぐにどっと笑いだす。


なんだか微笑ましいものを見るような目であった。




「エリカがそんな大声出してるの初めて見たよ。


はいこれエスちゃん返すね。ごめんね」




ライザさんに軽々と持ち上げられてひょいとエリカに返却される俺。


エリカは当然のように俺を抱き上げるので俺自身は宙ぶらりんになる。


え、下ろしてよ。




「ごめんね。エリカ。興奮しちゃって。


さあみんなも早く仕事に戻らなきゃだよーー」




ライザさんはこの職場のリーダー的存在なのかみんなを取りまとめてくれているようだ。


水車小屋の女性たちはライザさんの指示で自分のいた場所に戻って黙々と作業を再開していった。


ひとまず嵐は過ぎ去ったようである。


エリカは俺をやっと地面に下ろすと自分の席らしきところに座って仕事を始める。


興味深そうに彼女の仕事を見ていた俺に気づいたのか説明してくれた。




「これは機織り機って言ってね縦糸の間に糸を通して布を織ってるんだよ。」




エリカは目にも止まらぬ速さで機織り機をがっちゃがっちゃと動かす。


機織り機自体は中学校の時分に授業で見せられたものと酷似しているので仕組み自体はきっとシャトルを飛ばす仕組みだろう。飛び杼みたいな?




「おーすごい早いね。シャトル見えないくらい早いや」




「あーそれはね私はシャトル使ってないんだよ」




エリカは俺に見せるためにと少しゆっくりめに機織り機を動かす。よく見てみると糸が勝手に宙に浮いて縦糸の間をぴょんぴょんと飛んでいた。




「っ!?。糸が勝手に飛んでるんだけど!?」




「えへへ、風魔法で糸を飛ばしてるんだよ簡単なんだけどペダルを踏むタイミングが難しいからできるの私だけなんだ。糸だけなのはシャトルがあると重くて作業効率が落ちるからなんだよね。」




「へーまさに職人だね。」




エリカが誇らしげに大きな胸を張る。そして説明は終わったようでさっきまでと同じ高速機織りに戻っていった。。


どうやら最初のは説明モードでまだ本気ではなかったようだ。


先ほどよりもずっとスピードが出ている。掛け違えたりしないのかな?


そういえばいつか見たことがある。最新の自動織機は時速330kmで糸を空気で吹っ飛ばして布を織るらしい。


しかしそれができるのは機械故の正確無比さだからで、人力でそのスピードに対応するのは天性のリズム感どころで済む問題じゃないぞ。エリカってもしかしてやばいのだろうか?




「エスちゃん。エリカは参考にならないから気にしないでね。


エリカは研究所勤めしてたくらいで魔法の天才だからできるんだよあれ。


機織りは本当はアレの十分の一くらいのスピードでやるもんだから。」




「研究所勤め、、、ですか?」




「そうそう。優秀だったらしいんだけど何かあって今はここで働いてるんだって


エリカから聞いてない?」




「聞いてないですね。研究というと具体的にどんなことを?ってか彼女隣にいますけど勝手に彼女のお話してもいいんですか?」




「あーそれは大丈夫。エリカは一度集中モードに入ると話し声なんかに気づいてないから。


まあ研究ってのの内容は知らないけど魔法についてじゃない?やっぱ魔法上手だしねー


ってかエリカの大声とか初めて見たよ。彼女引っ込み思案で何考えてるかわかんないからね。


エスちゃんみたいな家族とは気軽に話せてるの見て安心しちゃったよ。


これからもエリカをよろしくね。」




隣の人がすかさず情報を教えてくれる。


なるほど納得だ。やっぱりエリカはこと魔法などにおいては規格外らしい。おとなしい顔してびっくりだ。


それに研究所勤めだったなんていうらしい。一体過去に何があったのだろうか。




「そういえば、お姉さんは魔法使わないで織るんですね。」




「彼女と同じ風魔法は使えるんだけど私の場合、シャトルや糸だけピンポイントで飛ばすなんて言う精密操作できないからね。手動でやってるよ。あ、そうだ!エスちゃん暇でしょ?だったら適当に水車小屋の方見てきなよ。


面白いもの見れるよ」




「え、ここが水車小屋じゃないんですか?」




「まあそうっちゃそうなんだけど厳密には違うんだよね~


ここは水車の動力使ってないからさ。実際に使ってるのはあっちの紡績機の方。」




「へえ、紡績機があるんですね。見てみたいです。」




「気をつけていってらっしゃい。」




彼女が紡績機があるという本当の水車小屋の方を指さしてくれる。エリカ達の仕事の邪魔をするのも憚られるので俺は紡績機とやらを見物することにした。ってか普通にちょっと気になる。


ガチャリと扉を開けて紡績機のある部屋に行ってみるとそこには圧巻の景色が広がっていた。


水場が近くにあるせいで少し苔っぽいが部屋の大部分を占める紡績機はギラギラと金属質の鈍い輝きを放っていた。轟音を轟かせながら糸が何列にもわたって紡がれているのがわかる。


機械の後ろに回り込んでみると歯車がぐるぐると高速で回っていて見ていて飽きない。当たってしまわないように気を付けながら限りなく近くで見つめてみる。


小さな歯車から大きな歯車までが一切の齟齬なく嚙み合っている様子には感動さえ覚えた。


俺は食い気味になりながらもっと顔を近づけてみる。




「すげえ迫力だな。この紡績機。映像で見るのとは訳が違う。」




その時、キュッというスリップ音と共に天地が逆転する。地面の苔に滑ったのだ。


ほんの数瞬のことであったが俺の中でまるで走馬灯が走るように今日の出来事が思い出されていた。


そして指先に走る鈍痛。転んだ瞬間、歯車の高速回転に指先が巻き込まれたのだった。


ぴちゃっと地面に何かが滴り落ちるような音が響き渡る。


痛い。という感覚信号が脳内で爆弾の様に弾けた。


夢の中だというのにこんなにも痛いものなのか。まるで現実じゃないか。


俺は地面に仰向けに転がりながら恐る恐る痛みを感じた右手の指先を見てみた。


中指の第二関節はある。しかし第一関節より先がなくなっていて断面からどくどくと赤い血が流れていた。


頭がクラっとするが俺はもっと驚愕の現場を見ることになる。


とめどなく流れていた血がなんの前触れもなく止まると、辺りに飛び散った血や肉片が俺の指に吸い込まれるように戻ってきたのだ。あまりの衝撃的現場に声が出せずにいると三秒ほどで俺の中指はもともとの状態に戻っていた。


およそ現実とは思えぬ事態に俺はキャパオーバーだったようでふっと糸が切れるように気絶してしまった。

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