婚約破棄? 少々お待ちください。せっかくですから世界中に、ライブ配信いたしますので。……って、なぜ配信中に乱入してきた王太子殿下から、求婚されているのでしょうか?

すぎモン/ 詩田門 文

婚約破棄? 少々お待ちください。せっかくですから世界中に、ライブ配信いたしますので。……って、なぜ配信中に乱入してきた王太子殿下から、求婚されているのでしょうか?

「伯爵令嬢ジュリエッタ! 貴様との婚約を破棄する!」




 王侯貴族の令息、令嬢が通う学園。

 その卒業パーティでの出来事でした。


 わたくしの婚約者。

 公爵令息でもあらせられるランティス様が、突然婚約破棄を宣言なさったのです。


 大勢の生徒達が、見ている中で。




 婚約破棄を突き付けられた、わたくしの反応はこうです。




「あ、ちょっと待ってください。……カレラ! カレラ来なさい!」


 わたくしがポンポンと手を叩くと、空中からメイドが降ってきました。


 天井に控えていた、お付きメイドであるカレラです。


 彼女の手には小型魔導カメラが握られ、脇には魔法仕掛けのノート型情報端末が抱えられています。


 さすがカレラ、準備万端。

 察しがいい。


 毎日屋敷のお皿を割るぐらいの駄メイドだけど、わたくしがやっているのお手伝いにかけては超一流なのです。




「お嬢様。いつでもライブ配信いけます」


「即スタートよ! ランティス様は、『貴様との婚約を破棄する!』から、やり直してください」


「へあ? ジュリエッタ、一体何を?」


 ランティス様はキョドっているけど、構ってはいられません。




 わたくしはカレラが構えているカメラに向かい、とびきりの笑顔で話しかけました。




「こんばんは~♪ 平民ども~♪ 貴族令嬢系動画配信者、ジュリー&エリーで~す♪」


 カレラが広げたノート型情報端末から、立体映像が飛び出てきました。


 魔導カメラによって撮影された、パーティ会場の様子。


 映像の真ん中で手を振っている、ドレス姿の女性はわたくし。


 この動画は魔法通信網【ナーロッパネット】を通じて、世界中に配信されているのです。




 立体映像の中で、チャットが勢いよく流れていきます。




『ジュリちゃん、こんばんは~♪』


『貴族令嬢系じゃなくて、アンタ本当に伯爵令嬢だろ定期』


『毎回思うんだけど、「ジュリー&エリー」のエリー部分って誰? コラボ時以外、基本はいつもソロ配信者じゃん』


『アフタヌーンドレス、きゃわわ♪』




 ふむ。

 同接10万人弱。


 事前告知なしの緊急ライブ配信にしては、よく集まっている方でしょう。


 観てくれてありがとう、視聴者のみんな平民ども




 あっ!


 まだ始まったばかりなのに、マッスル★ナイトさんから怒涛の投げ銭スパチャが飛んできました。


 この方は配信者仲間。

 ですが広告収入で何億イェンも稼いでいらっしゃる、雲の上の存在なのです。


 こないだはなぜか、わたくしとコラボしてくださいましたけど。


 あれは素敵な思い出になりました。




「今夜は学園の卒業パーティ会場から、緊急ライブ配信でーす♪ なんとわたくし、婚約破棄されそうなのです!」




『婚約破棄ってマ? 「小説家に俺はなる!」の恋愛小説みたいじゃん』


『当事者なのに、動画のネタにしてて草。配信者のカガミ』


『ジュリちゃんの可愛さが分からないなんて、真性のおバカ。婚約者誰だっけ?』




 あらあら。


 コメントで味方してくれるのは嬉しいけど、相手は公爵令息。


 不敬罪に問われないか、心配です。




「みんなが興味津々な婚約破棄! その実態を、わたくしジュリー&エリーが赤裸々に配信しちゃいます♪ ……それではランティス様、どうぞ!」




 うながすと、一瞬戸惑うランティス様。


 しかしすぐに気を取り直し、わたくしにビシリと指を突き付けてきたのです。




「ジュリエッタ! 貴様との婚約を破棄する!」


 うむ。

 1回目より、さまになっています。


 ランティス様は、配信者に向いているかもしれません。




「そ……そんな! 理由を……理由をお聞かせください! ランティス様!」


 わたくしは悲壮感をたっぷり漂わせながら、婚約破棄の理由を問いかけました。




『いよっ! ジュリちゃん名演技♪』


『絶対そんなにショック受けてないでしょ? コレ』


『どうせ「実家の爵位をかさに、男爵令嬢をイジメてた」とか言い出すんだろ? テンプレじゃんw』




 チャットの内容は、ランティス様からも見えています。


 彼のほおは、ヒクついていました。




「ジュリエッタ! 貴様は実家の爵位を笠に着て、男爵令嬢であるメルツェーデス嬢に悪質な嫌がらせを働いていたな!?」




 チャットで予想されていた通りの展開。

 わたくしは思わず「ブフォ!」と噴き出してしまいそうになりましたが、必死で堪えました。


 伯爵令嬢としても動画配信者としても、それはNGです。




 チャットは『マジでテンプレwww』、『大草原不可避』、『おハーブですわ』、などといったコメントで埋め尽くされていきます。




「嫌がらせなど……全く身に覚えがございません」


「とぼけるな! 彼女を階段から突き落とし、骨折させたくせに! メルツェーデス嬢、こちらへ!」


「ああーん! ランティス様ぁ! あたくし、痛くて怖かったのですわぁ!」




 周囲の人垣が割れ、ゆるふわ銀髪の御令嬢がトテトテと駆け寄ってきました。


 右腕には、包帯。

 無茶苦茶な巻き方です。

 骨折したというよりも、黒い炎の龍とか封印していそう。




 メルツェーデス嬢は骨折しているはずの右腕をランティス様に絡め、その豊満な胸を押し付けました。


 彼女の勝ち誇ったような笑み。

 そしてランティス様が鼻の下を伸ばす様子が、立体映像内でドアップになります。


 素早く正確なズーム調整。

 さすがカレラ。


 屋敷のお掃除をさせればお父様の美術品コレクションまで捨てまくってしまうポンコツメイドですが、カメラマンとしては超一流なのです。




『泥棒猫、キター!』


『何? あの包帯? 黒〇波でも撃つんかwww』


『あの男爵令嬢、絶対偽乳だって。俺は詳しいんだ』




 チャットを無視し、メルツェーデス男爵令嬢は甘ったるい声で続けます。




「そこにいるジュリエッタ様が、アタクシを階段から突き落としたのですわぁ! 何人か、見ていた者もおりますのよぉ!」




 「そうだ!」、「俺も見た!」と主張しながら、何人かの生徒達が歩み出てきます。


 全員、ランティス様の取り巻きです。


 ああ。

 これは本当にマズいですわね。




「ジュリエッタよ、言い逃れはできんぞ。学園の卒業も取り消し。退学扱いになることだろう」




 このままでは、本当にランティス様の言う通りになってしまうでしょう。


 悔しい。


 この場の誰もが、わたくしの潔白を信じてくれない。




「動画配信などといういかがわしいものにうつつを抜かし、貴族令嬢としての可愛らしさを磨かないからそうなるのだ」




 冷たく言い放たれたランティス様の言葉に、わたくしは唇を噛みしめました。


 チャットはランティス様への怒りや、『救済美形はまだか?』などといったコメントで溢れかえっています。


 ありがとう、視聴者のみんな平民ども


 わたしの味方は、あなた達だけ。




 ……あっ。


 マッスル★ナイトさんが、『必ず助けに行くので、待っていてください』とコメントしてくださっている。


 ふふふ。

 婚約破棄され、学園からも追放されたわたくしを慰めてくださるおつもりでしょうか?


 こないだコラボした時の思い出が――キレッキレのたくましい筋肉が脳裏に浮かびます。


 マッスル★ナイトさんは、筋トレ系動画配信者。


 顔はフルフェイスのかぶとで隠し、首から下はブーメランパンツ一丁というセクシーなちで動画に出演するのです。




「……そういうわけでジュリエッタ! 貴様との婚約は破棄だ。メルツェーデス嬢の可愛さに嫉妬し、階段から突き落とすような恐ろしい女、妻になどできようものか! さあ! 警備の騎士達よ! ジュリエッタをこのパーティ会場から摘まみ出せ!」




 ランティス様の命令で、騎士達がわたくしを取り囲んだ時でした。 




「婚約破棄だと? ならば彼女の身は、私が預かろう」




 低く、落ち着いた声が、パーティ会場に響き渡りました。


 あら?

 この声、どこかで聞いたことがあるような……?




 人垣が真っ二つに割れ、背の高い美丈夫が姿を現しました。


 しっとりとした濡れ羽色の長い髪。


 鋭くも宝石のように美しい、ヘーゼルの瞳。


 王国騎士団にも籍を置いていらっしゃる、ディーノ王太子殿下です。


 剣の腕前は、騎士団ナンバーワン。


 一昨年にこの学園を、ぶっちぎりの首席で卒業されたお方。


 周囲の貴族令嬢達から、「きゃあ♪」という歓声が巻き起こりました。


 殿下はいつも寡黙でミステリアスなオーラをまとい、その美しさで国中の女性をとりこにする存在。


 そんな方が、なぜ学園の卒業パーティなどに?




 チャットには『救済美形、キター!』のコメントが、激流となって押し寄せていました。




「ジュリエッタ。私は以前からキミのことを、陰ながら慕っていたのだ」


「ふえっ!?」




 そそそそ……そんな!

 遠くから殿下のご尊顔を拝見したことはあっても、こうして会話するのは初めてのはず。


 好意を向けられる心当たりなど、全くございません。




「ディーノ王太子殿下! ジュリエッタは後輩であるメルツェーデス嬢を階段から突き落とす、極悪非道な女ですよ!」


「極悪非道はお前の方だ、ランティス。証拠もないのに男爵令嬢の言葉をみにし、ジュリエッタ嬢との婚約を破棄。あまつさえ学園から、追い出そうとするなど。ジュリエッタ嬢は、『身に覚えがない』とハッキリ言っているではないか」


「ジュリエッタの言い分を信じるのですか!? ナーロッパネットでの動画配信などという、貴族にあるまじき浅ましいことをしている女ですよ? このあいだも兜で顔を隠した、いかがわしい半裸の筋肉男とコラボを……」


「そのいかがわしい半裸の筋肉男は、私だが?」




 ふあっ!?


 マッスル★ナイトさんの正体が、ディーノ王太子殿下!?


 なんですか、それは!?

 ギャップ萌えしてしまうのですがっ!




 王太子殿下をいかがわしい半裸筋肉男呼ばわりしてしまったことに、ランディス様は青ざめます。


 しかし、すぐ強気に戻ってまくし立てました。




「メルツェーデス嬢をはじめとして、何人もの目撃証言があります! 『メルツェーデス嬢がジュリエッタから突き飛ばされて、階段から転落した』と」


「ほう? 階段から転落とは、このことか?」




 ディーノ殿下は手帳サイズの魔法情報端末を開き、立体映像を投影しました。


 そこには1人で何回も階段から転げ落ちる練習をしている、メルツェーデス男爵令嬢の動画が。


 どうやらSNSで、面白動画として拡散されているようです。


 『大根役者で草』などという主旨のコメントが、たくさん付けられていました。




「私のチャンネル登録者達が、情報提供してくれたのだ。……男爵令嬢の色香に惑わされ、理不尽な婚約破棄を突き付けるなど言語道断。お前達2人には、罰を与える」


 ランティス様とメルツェーデス様が、震え上がります。




「次の動画で私と同じ格好をして、一緒に『騎士団式マッスル★ブートキャンプ』2時間の刑だ」




 ああ。

 2時間は地獄ですね。


 わたくしは前回のコラボでブートキャンプ簡易版を少しだけやったのですが、次の日は筋肉痛で立てなくなりました。


 もちろん恰好はブーメランパンツではなく、学園の体育の授業でも着用するトレーニングウェアです。


 ブーメランパンツ姿を罰だとおっしゃるということは、ディーノ殿下も多少は恥ずかしかったのですね。


 やだ、萌える。




「い……嫌だぁ~! 僕は殿下みたいに鍛えていないから、ブーメランパンツ姿なんて似合わないんだ~!」


「あ……あたくし水着のブラは、着けていいのですよねぇ? それでも偽乳だとバレるから、嫌ぁ~!」




 何やら色々とカミングアウトしながら、ランティス様とメルツェーデス様は騎士達に連行されていきました。




 その様子を見送った後、ディーノ殿下はわたくしの前で片膝を突きました。




「ジュリエッタ。私はマッスル★ナイトとして出会う前から、キミに憧れていたんだ。『想い人を射止めるしゅう大作戦』、『初心者にオススメ、社交ダンスの基礎』、『貴族のおしごと解説』、『アニメーションで分かる楽しい王国史』、どれも素晴らしい動画だった。自らしっかりとその分野について学び、伝えようという創意工夫なくしてはあのようなクオリティにはならない。とても面白かった」


「こ……光栄です」


「王太子としての重責や騎士団の過酷な訓練でくじけそうな時、キミの動画は私を励ましてくれた。楽しそうに配信をするキミの笑顔が、心の支えだった」


「でぃ……ディーノ殿下……」


「今度は私と配信動画だけでなく、人生のコラボをしてくれないか?」




 ディーノ殿下から優しく手を取られ、わたくしはコクコクとうなずくことしかできません。




 その様子もカレラが黙々と撮影を続け、世界中に配信されています。


 お客様を暗殺者と間違えて腹パンKOしてしまうバイオレンスメイドですが、動画撮影にかける根性は超一流なのです。




 わたくしが婚約破棄されてからディーノ殿下にプロポーズされるまでの動画は同時接続数の世界記録を更新し、アーカイブでもとてつもない再生回数を叩き出しました。






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 その後もわたくしと殿下は、数々のコラボ動画を世界中に配信します。


 デートや新婚生活の動画は、『リア充爆発しろ!』というコメントの嵐でした。


 撮影した動画の中には甘々過ぎて、とても配信できないようなものもありました。






 どんな内容だったかは、わたくしと殿下、撮影したカレラだけの秘密です。





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