第11話 柴咲カラー

 ナイトテーブルのデジタル時計は午前六時を表示していた。駿は、隣で眠っている舞を起こさないようにベッドを出てシャワールームに向かった。いつもはお湯を浴びるだけだが、今朝はソープを使って全身をくまなく洗い流した。今日は颯空のテスト走行の日だ。身を清めるつもりで体を清潔にした。

「おはよう」

 バスローブを羽織り、ベッドに戻ると舞が目を覚ましていた。

「早いじゃない。出かけるの?」舞は、横になったまま駿を見ている。

「あぁ、十勝サーキットに行ってくる」

「十勝サーキット? たしか、柴咲重工が運営しているところよね」

「そうらしいな。俺は詳しいことは知らない」

「何しに行くの?」

「言わなかったっけ? 今日は颯空ちゃんがサーキットを走るんだ」

「そうなんだ。私もシャワー浴びてくる」

 下着もつけずに全裸で寝ていた舞は浴室に向かった。

「何時に出るの?」

「八時かな。十時には向こうに着いていたいから」

 舞は、駿と同じバスローブを身に着け、部屋に常備してあるドリップパックの珈琲を二杯用意した。最近の物は質が良く、味、香りともに上等だ。

「なにか食べる?」

「いや、途中のコンビニで済ませるよ」

 ルームサービスはあるが、呼べば舞と駿のことがスタッフに知れ渡ってしまう。うかつに使うわけにはいかない。

「舞、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」

「なんで? なんか冷たい言い方ね」

「そんなことないだろ。もうすぐスタッフが出勤してくる時間だから」

「あら、心配してくれるのね。オバサンはさっさと追い出して、若いピチピチの颯空ちゃんに会いに行きたいんでしょ」

「なんだそれ? 俺は颯空ちゃんを会社に紹介して、プロに育成したいだけだ」

「そうねー。そうやって、どんどん彼女に近づいて、ついでに寝取っちゃうつもりでしょ」

「なにを言っているんだ。そうじゃないだろ」

「あっはー。ムキになった。益々怪しい」

「ムキになんかなってないよ。昨日だってちゃんとエッチしたじゃんか」

「なによそれ。でもさぁ、いつも三回はしてたのに、きのうは一回だけだったじゃない。すぐに寝ちゃったし。私のこと、飽きちゃった?」

 今日の舞はやけに絡む。何かあったのか? その詮索は後回しにして、駿は出かける準備に取り掛かった。バスローブを脱ぎ、クローゼットからアンダーウエアを取り出して、片足を通そうとした。

「おい、なにやってるんだよ」

 駿に抱きついた舞は、背後から腕を胸に絡めてきた。

「舞、服を着させてくれって」

「ダメ、颯空ちゃんのところには行かせない」

「そんなこと言うな。今夜、また会えるでしょ」

「待てない。外で遊べないように、ここで搾り取っちゃうから」

 舞は、腕を胸から下半身に這わせ、イチモツを包むように握った。

「よせって。今はそんな気分じゃないから」

「だったら、その気にさせてあげる」

 右手で陰嚢を下から包み、揉みあげる。左手で亀頭をさすると、駿のそれはすぐに反応し、硬くいきり立ってきた。

「ジュニアは素直なのにねぇ。駿、お仕置きしてあげるから」

 舞は、前にまわり唇を合わせた。そのまま膝をついて脈打つそれにしゃぶりついた。駿は、目をつぶりされるがままだ。舞を無理に振りほどくことは簡単だが、そうしようとは思わなかった。

「舞、時間が・・・」

 容赦ないそれへの攻めに声がかすんだ。強い刺激に陶酔しかかったが、なんとかしてこの場を切り抜けたかった駿は、舞を抱き上げてベッドに運んだ。首筋を吸い、胸を揉みしだいて、乳首を指先で転がした。胸の間から下半身へ唇を這わせ、茂みの中へ舌を入れた。

「うぅん」

 舞は、かすかに吐息が漏れた。駿は、ふっくらとなった襞を下から上へ何度も舐めあげた。唇に絡んだ愛液を吸いながら蕾を舌先でチロチロと左右にさすった。

「あっ、イク」

 舞の下腹部が小刻みに痙攣した。蕾を攻め続けると、何度も昇天した。駿は、はち切れそうに膨張した肉棒を襞に挿入した。

「あぁん」

 十分に潤ったそこは、迎えるようにそれを吸い込んだ。駿は、肉棒を突き刺すように腰を振った。激しい攻めに苦悶の表情をする舞。

「駿、すごい」

 容赦なくずんずんと腰を突き上げる。根元まで食い込んだそれを、さらに奥まで押し込み、子宮の中へ潜り込ませた。

「あっ、だめ」

 舞は、膝を伸ばして体を逃がそうとしたが、駿は力づくで足を抱え込み、がっちり抑え込んだ。

「うぅぅん、もう、できなぁい」

 身動きできないようして、さらに攻め続けた。腰を強く押し付け、子宮の奥をぐりぐりと亀頭でこねまわした。

「はぅん。あん。あぁん」

 猫のような甘い声を出しながら舞は何度も昇りつめた。やがて頭の中が真っ白になり、体から力が抜けていった。

「舞?」

 急に体の力が抜けた舞に耳元で囁いたが、反応はなかった。どうやら気を失っているようだ。駿は、力の抜けた舞の身体を開放して、バスローブを掛けてあげた。

「舞、またね。では、行ってきます」

 駿はベッドから出ると、ツーリングウエアに着替え急いでホテルの部屋を出た。

 

「間に合うかなぁ?」

 颯空は望の運転する車でサーキットへ向かっていた。珍しく渋滞が発生していて思うように進めない。

「すごい渋滞だね。望ちゃん、ちょっと休憩しようよ」

 街道沿いのコンビニに車を乗り入れ、二人は休憩を取った。ホットココアとお菓子を買い、トイレを済ませてから車へ戻った。

「まだ渋滞してるね」

「気長に行きましょ。そのうち着くよ」

 どこまで続いているのか、信号が青になっても車三台分くらいしか前に進まない。ノロノロと走るうちに車のアイドリングが不安定になってきた。

「なんか、アイドリングが変よ」

 颯空は、シートから体に伝わる振動のリズムが不規則になっていることに気づいた。

「うん、大丈夫。いつもこうなの」

 望は、赤信号で停車中にアクセルを少し踏んでエンジン回転数を上げた。しばらくその状態を維持すると、アイドリングが安定するようになった。

「低速でだらだら走り続けたり渋滞が続くと、オイルがね、循環しなくなるの。そういうときは、回転をあげたりしてオイルを送ってあげればいいのね」

「望ちゃん、詳しいね。整備士みたい」

「車やバイクの整備って好きよ。ガレージは持ってないけどね。簡単な整備なら自分でやっちゃう」

 渋滞の原因は大型スーパーの開店セールだった。駐車場に入るための車が、順番待ちで街道にあふれていた。

「やっと渋滞終わったね」

 スーパーの前を通り過ぎたとたん、車の流れがスムーズになった。

「うん、かっ飛ばしていくよー」

 甲高い排気音を響かせてSS20はスピードに乗って街道を疾走した。サーキットに到着したのは十一時三十分。待ち合わせ時刻から大幅な遅刻になっていた。

「颯空ちゃん、先に行ってていいよ。あとから追いかけるから」

「うん、わかった。待ち合わせ、この前のカフェだから」

「はーい」

 颯空は、車から降りて先に場内へ入って行った。三十分も遅刻していたので駿が怒っているのではないかと不安になった。ゲートへ向かうと、見知らぬスタッフが出迎えていた。

「畔木さんですね」

「はい、遅れてすみません」

「お連れの方は?」

「車を置いて、すぐに来ます」

「承知しました。うちの監督が待っているので、そのままカフェへどうぞ。場所はわかりますか?」

「はい、一度来たことがあるので大丈夫です」

 ゲートからカフェまでは五十メートルほどだ。颯空が歩いて行くと、カフェの入口で駿がそわそわした表情で待ち構えていた。

「颯空ちゃん!」

 駿が手を振ってこちらを見ている。

「すみません、遅くなりました。道が渋滞していて・・・」

「あぁ、スーパーの開店セールでしょ。僕も巻き込まれたよ」

 駿はすでにレーシングスーツに着替えていた。やや古びたそのウエアを見て、颯空は遠い記憶が蘇った。

「そのツナギって・・・」

「気づいた? お父さんが着ていたのと同じデザインです。一緒のチームで走っていたからね」

 父が着ていたツナギは会社のどこかに保管してあると聞いていたが、実物をみたことはなかった。レースに出場したときの写真に、ツナギを着た父が写っているのを見ただけだ。全身がチームカラーのオレンジとスカイブルーのラインでデザインされており、SHIBASAKIの黒い文字のロゴが胸に入っている。

「颯空ちゃん、会わせたい人がいるので中に入ろうよ」

 二人がカフェに入ろうとしたとき、中から堀田が出てきた。

「あっ、堀田さん、こんにちは! 先日はありがとうございました」

 颯空は、堀田に向かってぴょこんと頭を下げて挨拶した。

「先日ってどういうこと?」駿は目が点になった。

「あら、颯空ちゃんじゃない。えっ? もしかして、松田さんが言っていた人って、彼女のことなの?」

 女性が来ると聞かされていた堀田は、それが颯空だと知り胸が躍った。

「えっと、その、どういうこと?」

 駿は状況が理解できていない。

「お話は中でしましょ。パフェ、用意しますね」

 困った表情の駿を置き去りにして、堀田は颯空を中へ案内した。

「ありがとうございます。パフェ、超たのしみです」

「堀田さん、畔木さんと知り合いなのか?」

 二人の会話を聞きながら、開いた口が塞がらない駿。

「この前、一緒にパフェを食べたんです。ここのカフェで。それ以来、お友達なんですよ」

 堀田は、颯空との出会いを簡単に説明したが、

「いつ会ったの?」

 駿は、一緒にパフェを食べたという話の意味が理解できなかった。

「なんでパフェ食べたの?」

 そういう駿を置き去りにして堀田が颯空に聞いた。

「そういえば、望ちゃんは来ていないのですか?」

「一緒に来ていますよ。もうすぐ、あっ、ほら、来ました」

「あー、堀田さーん。おひさー」

 望のことも知っているのか。駿は、自分だけが蚊帳の外にいるような孤独を感じた。

「望ちゃん、いらっしゃーい。さぁ、みなさん、カフェに入りましょう」

 三人は、歩きながらバイクのことよりもパフェの話で盛り上がっていた。会話に入れない駿は、トボトボと後をついて行った。

「いただきまーす!」

 テーブルに運ばれてきたパフェは、前回のそれよりもパワーアップしていた。

「なんか、今日のすごいね。フルーツの種類が増えてる。みんな一口サイズにカットしてあるから食べやすそうね」

 望は、パフェのてっぺんに乗ったイチゴを皮切りに、飾られたフルーツを片端から口に放り込んだ。

「松田さん、食べないの?」

 望が顔を覗き込む。

「いや、いただくよ。それにしても、これ、すごいね」

 甘いものは嫌いではないが、高さが三十センチもあるパフェはさすがに食べたことがない。圧倒され、気後れしていた駿は、きれいに盛られたフルーツを落とさないようにスプーンですくった。

「松田さん、ちまちま食べていると溶けちゃうわよ」

 望が煽ってきた。

「う、うん、わかった」

 駿は、今度はアイスクリームの上に盛られた高級フルーツを口に運んだ。三人は一口食べるごとに、甘い、酸味がほどよい、完熟、香りが素敵と食レポをしながらパフェを楽しんでいるが、駿は必死に食べ続けるだけで、味わっている余裕はなかった。

「ごちそうさまでしたぁ」

「超まんぞくぅ」

「ふぅ、お腹いっぱい」

 三人は揃って、きれいに残さず食べ終えたが、駿はまだ格闘している。

「温かい飲み物、用意しますね。紅茶でよかったのよね」

「はい、お願いします」

「松田さんは、どうします? 後にしますか?」

「いや、一緒でいいです。僕も紅茶で」

 堀田がオーダーを入れた。

「何時頃、コースに出れますか?」

 グラスに残っているアイスとハスカップジャムをスプーンですくいながら、駿が確認した。

「はい、二時から三時までコースを貸し切りました」

「貸し切り?」

「はい、そのほうが安全ですから」

「そうだな。ありがとう」

「まだ時間ありますから、まずはウエアに着替えて準備をしましょう」

 堀田が、この後のについての説明を始めようとしたが、

「ごはん、食べる?」

 望がぽつりと言うと、全員が顔を向けた。

「まだ食べるの?」

「だって、デザートは別腹でしょ。食べておかないとバイク乗れないよ」

 たしかにそうだが、三十センチのパフェを食べたばかりだ。

「颯空ちゃん、どうする?」

 堀田が、メニューブックを差し出した。

「そうですね。あの、サンドイッチいただけますか?」颯空が遠慮なく言った。

「いいわよ。用意させる」

「私もいい?」

「はい、望ちゃんの分もね。私も食べようかな。松田さんはどうしますか?」堀田がほとんどしゃべらない駿に話を振った。

 駿のパフェはようやくグラスの底が見えてきたところだ。口の周りについたアイスをナプキンで拭って、自分も食べると答えた。

「颯空ちゃん、ちゃんと食べておかないとバテちゃうよ。それに、オッパイ小さくなっちゃうから」

 そう言いながら、望は隣に座っている颯空の脇から手をつっこみ、胸を上下にさすった。

「ちょっと、何してんのよぉ」

 颯空は怒るわけでもなく、二人でケラケラ笑っている。

「あのぉ、お二人ってどういうご関係?」

 苦笑いしながら堀田が聞いた。

「私と颯空ちゃんですか? お友達ですよ」

「お友達のオッパイ触っちゃっていいの?」

「うん、いいの。私にないオッパイだから」

 その言い方に、堀田は笑いをこらえきれず吹き出した。松田は目をそらしている。

「仲がいいんですね。羨ましいです。私、友達っていないので・・・」

「彼氏は?」

 すかさず望がツッコミを入れる。

「学生時代はいたけど、今はいませんよ」

「そうなんだぁ。松田さんはどう?」

「えっ?」

 本人を前にして答えづらい質問を投げてきた。松田は呆れた顔をしている。

「松田さんですか、素敵だと思いますよ。元レーサーだし、頼りになるって感じです」

 堀田は無難な返事をしておいた。望にしゃべらせておくと何を言い出すかわからないので話題を変えた。

「お食事終わったら、うちのブースでウエアに着替えてください。畔木さん、身長は百七十センチでしたよね?」

「はい、サイズありますか?」

「うん、大丈夫」

 テーブルにサンドイッチが運ばれてきた。十勝牛をたっぷり使ったカツサンドに、たまごサンド、ポテトサラダサンドの三種類だ。どれもボリュームがあり食べ応えがあった。

「すごいボリュームね。じゃぁ、やっつけますか!」

 サンドイッチに三人の手が一斉に伸びた。


「きつくないですか?」

「はい、ピッタリです。これ、素材が柔らかくて動きやすいです」

 ブースの中でツナギに着替えた颯空が、姿見の前で自分の全身をチェックしていた。

「よかった。シューズはどう?」

「はい、これもピッタリですけど、サイズ言ってませんでしたよね」

「うん。松田さんから全部聞きました」

 そういうことか、颯空は納得したが、松田に身長を教えたことはあるが、足のサイズは教えた記憶がない。

「奥様かな」

「ん? なにか?」

「あ、いえ、いいんです」

 ヘルメット、グローブもサイズはピッタリだった。上から下まで柴咲カラーに染まった颯空は、堀田にピットへ案内され、柴咲重工の開発車両、SOPIA250と初対面した。

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