第10話 ポケバイ

「松田さんからデートのお誘い?」

 電話を切った颯空に望が聞いた。二人はいつものように颯空のマンションでくつろいでいた。

「違うの。またバイクに乗ってほしいって」

 駿からの無理強いを断ることができず、颯空は気分が落ち込んでいた。

「また乗れって、峠でおしまいじゃなかったの?」

「うん、私もそう思ってた。今度はサーキットだって」

「レースに出るってこと?」

「レースとは言ってなかった。ただ、サーキットを走って撮影するだけだって」

 みんなで協力して峠の撮影を終えたばかりなのに、今度はサーキットで走れとはどういうことなのか。颯空が大人たちに振り回されていると感じた望は心配になった。

「断ったら?」望が言った。

「これでおしまいにする。結果がどうであっても。興味がないことをいつまでも続けるのは意味がないから」

「走るの?」

「うん、そうしないといつまでたっても終わらないから」

「そう、颯空ちゃんがそう言うのなら応援する。やめるって思ったらそれも指示する」

 望が窓の外を眺めた。昨日の雨が空気中の埃を拭い去り、遠くまで眩しくきれいな青空が見えた。

「どこのサーキットなの?」望が聞いた。

「更別だって」

「あぁ、更別のサーキットね。ここから車で一時間くらいだから行ってみる?」

「行くって、今から?」

「今日はもう遅いから、明日行ってみようよ。見学というか、走るなら現地で雰囲気つかんでおくのがいいよ。それにレストランや遊ぶところもあるから」

「行ったことあるの?」サーキットの内部にやたら詳しい望に不思議そうな表情で颯空が聞いた。

「うん、何度か遊びに行ったことはあるの。サーキットを走ったことはないけどね」

 サーキット走行の日程は来週の休日だ。そこは、どんなところなのか? 望が言うように雰囲気だけでも事前につかんでおけば気分的に楽になるかもしれない。まったく気が進まない話だが、望が一緒なら遊びのつもりで行けばいいだろうと颯空は思った。

「望ちゃんが一緒ならいいよ。行ってみよっか」

 休みが一緒のときは、二人は颯空のマンションで過ごすことが多くなっていた。望のボロ軽自動車でドライブや買い物に出かけ、予定がないときは朝から晩まで部屋に籠り時間を共にした。恋人というより親友。傍にいないと寂しくなる。時間が来れば帰ってしまう望に、颯空は一緒に住みたいと告白したことがあったが、望はそれを受け入れなかった。ずっと友人でいたいと言う望の考えを尊重し、颯空は愛しいと思う気持ちを封印していた。

「じゃ、明日の十時に迎えに来るね」

「うん、お弁当作っておくから」

「オッケー。さてと、もう七時ね。遅くなっちゃった。明日もあるから、今日はこれでおうちに帰りまーす」

 望はいつも七時前には颯空の部屋を出ていた。長居して颯空に迷惑をかけてしまうことのないように配慮していた。マンションの来客用駐車場に向かい、停めてあった自分の車に乗りこんだ。気温が低くなってきたせいか、ヒュルヒュルと非力な音を出しながら、セルは三度目のアタックでエンジンを始動させた。虫の息のようなアイドリングがしばらく続き、水温の上昇に合わせてエンジンの回転数が落ち着いてきた。

「オンボロ。フフッ。でも、これがいいんだ。やっぱキャブ車だよねー」

 ギアを一速に入れ、ボロ軽自動車は望の自宅へ向けて走り始めた。マフラーからモクモクと煙を吹きながら、夜の帯色に溶け込むように消えて行った。

 

「ここがそうみたい、だね」

 翌日、スマホのナビにまかせて、二人は十勝サーキットにやってきた。平日なので客は少ないだろうと思っていたが、駐車場は八割くらいが車で埋まっていた。

「なにがあるのかな?」

 颯空は、入場料を払う前にインフォメーションで場内の施設を確認した。

「子供向けのアトラクションがいろいろあるのよ。おしゃれっぽいレストランもあるから飽きないと思う」

「うん。ひと回りしたらランチにしましょ」

 颯空は、望と自分のチケットを買いゲートをくぐった。すると待ち構えていたようにサーキットのスタッフが声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。場内は広いので、電動カートで移動するといですよ」

 スタッフがそう言って案内した先に、ゴルフ場にあるような屋根のついた四人乗りのカートが十台ほど置いてあった。

「場内を一周できるカートの専用コースがあるので、そこを走ってください。所々に駐車スペースがありますから、立ち寄りたい場所があればそこを利用してください」

「料金は?」

 望がスタッフに尋ねた。

「無料です。何周してもOKです」

「そうなんだぁ。颯空ちゃん、せっかくだから乗っていこうよ」

「うん、そうしよう。望ちゃん、運転してね」

「オッケー!」

 二人はスタッフが用意したカートに乗り込んだ。サーキットを囲むように作られたコースは地形に合わせてアップダウンがあり、交差点、疑似踏切や森林コースが作られ、カートを運転しているだけも楽しくなるように設計されていた。サーキットのレイアウトは、本格的にレースを行うグランプリコースと、素人が体験的に走るジュニアコースがあった。駐車場に多くの車があったが、今日はレースをしていない。場内は風の音が聞こえるほど静かだ。カートは三十分ほどで場内を一周した。出口まであと少しのところにジュニアコースがあり、近づくにつれ歓声が聞こえてきた。

「人が集まってるみたい」

 望がハンドルを握ったまま、首を伸ばしてコースの中を見ると大勢の人が集まっていた。

「なにしてるのかな?」

 颯空も座ったまま背伸びしてみた。

「行ってみる?」

「うん」

 カートを専用駐車場に停めて歓声のする方へ歩いていくと、サーキットをたくさんの自転車が走っているのが見えた。

「自転車レースだね。でも、あれってママチャリ?」

「そうみたい。ママチャリでレースしてる」

 二階建てのコントロールタワーの窓に横断幕がかけてあり、そこには「地域交流ママチャリレース」と書いてあった。主催者は、柴咲重工だ。

「柴咲重工って、松田さんの会社だね」

「みたいだね」

 ママチャリレースは、家族や友人で作った四人のチームで参加する。改造していない一台のママチャリを交代で乗り、一時間の総走行距離で順位が決まる。必死に走る人、ゆっくり走る人、走り方はそれぞれだ。どこのチームも笑顔が絶えず、子供たちのはしゃぐ声が場内に響き渡っていた。

「子供がいるけど、今日は学校休みだっけ?」

「たしか、これって近隣の学校も一緒になって参加してたはずよ」

「望ちゃん、詳しいね。なんか、いいな。家族みんなで楽しそう」

 颯空が羨ましそうにつぶやくと、望がコースの反対側を指さした。

「ねぇ、颯空ちゃん、あれ見て!」

 颯空はそう言われて望が指さす先を見ると、隣の小さいコースに、数台のポケバイが走っているのが見えた。

「ねぇ、あそこでポケバイ乗ってるよ」

「みたいね。行ってみよう」

 普段、そこは本格的な四輪カートの専用コースになっているが、レースがない日はポケバイのコーナーに変更される。レースは行わず、決められたコースを自分のペースで三周する。スタッフが常時監視しており、子供でも安心して楽しめるので人気がある。


「十人くらいいるね」

 颯空が指を差しながら人数を数える。

「けっこう速い人もいるよ」

「このポケバイ、なんだか音が静か」

「消音機つけているのよ。 スピードはあまり出ないかも」

「そうなんだ。 望ちゃん、なんかやたらと詳しいね」

「乗ってみる?」

「乗るの? いいけど、私、速いよ」

 颯空は子供ころからポケバイに慣れ親しんできたので、今でも十分乗りこなせる自信はあった。

「クラッチついてないから、簡単に乗れるでしょ?」

 望がポケバイを見ながら聞いた。

「そうね。子供も乗っているから簡単なはずよ」

 ポケバイは大人でも乗れるように、フロントフォークとリアサスペンションが延長され、オフロードバイクに似た造りになっていた。両膝を左右に出す必要はなく、スクーターに乗るような楽な姿勢でライディングが可能だ。

「望ちゃん、乗ったことあるの?」

「原チャリなら乗ったことある。それと同じでしょ。勝負する?」

「勝負って、そんなに自信あるの?」

「自信? ないよー。フフッ。そうだ、ランチ賭けよっか」

「いいけど、私が勝っちゃうよ」

「御飯がかかってるから、負けませんよー」

 負けるはずがない思っている颯空は、なにをご馳走してもらおうかと、頭の中でメニューブックをパラパラとめくった。

「お乗りになりますか?」

 受付の前でごちゃごちゃ言い合っている二人に、スタッフが声をかけてきた。

「はい、ランチ賭けて勝負しまーす!」

「望ちゃん、余計なこと言わないでよ。恥ずかしいでしょ」

 ありがちな二人の会話を聞いて、スタッフの目尻が下がった。

「乗ったことはありますか?」

「はい!」

 二人同時に返事をする。

「望ちゃんは原チャリでしょ」

「あはは、わかりました。お二人、仲がいいですね。それではルールをご説明しますね」

 乗ったことはあると言っているが無茶をすれば怪我につながる。ポケバイは、スピードが出ないようにデチューンされているが、万全を期してスタッフは二人に十分な説明を行った。

「コースを三周できるんですね」

「はい、三周目に入ったらフラッグで合図を出します。そのあとはマーシャルの指示に従ってピットインしてください」

「はーい」

 望のテンションの軽い返事に、スタッフはちょっぴり不安になった。

「一周目は慣らしで二周目からアタックよ」

 望はレースをするつもりで颯空を煽った。

「望ちゃん、スピード出すと危ないからね。スタッフさんが言ってたでしょ」

「わかってるぅ」空返事の望。

 スタッフが用意したポケバイにまたがり、二人は徐行しながらコースに出た。他にも数台が走っていたはずだが、三周を終えて全員がピットアウトしていた。コースには颯空と望しか残っていない。ポケバイはクラッチがなく、左右のレバーは両方ともブレーキだ。構造はスクーターと同じだった。アクセルを捻ると、エンジンの回転数がゆるゆると上昇した。ポケバイは高回転にならないようにパワーを抑えてあった。ストレートの最高速は三十キロくらいだが、それでもコース幅が狭いので体感は速度以上だ。

「颯空ちゃん、慣れた?」

 一周目を走り終えて、後ろを走る望が声をかけてきた。

「うん、大丈夫」

「じゃぁ、本気モード、いっちゃうよ」

「はっ? 本気モード?」

 短いストレートを抜けて、第一コーナーで望は颯空の前に出た。

「えっ? 抜かれた? なんか速いんだけど。ちょっと、なんで? 同じバイクなのに」

 颯空はアクセルを全開にしてみたが、望に追いつけない。二人の距離はどんどん開く。小さいコーナーの連続でスピードが出せず、最高速の三十キロが出せない。

「なんでよ。ぜんぜん追いつけない」

 距離は更に開いた。三周目を終えて颯空がピットに戻ると、余裕のどや顔で望が手を振って待っていた。

「ねぇ、ちょっと。もう一回いい?」

 負けるはずがないと思っていた颯空は、今度は本気で走ってやると勝負を挑んだ。

「いいけど、ランチは颯空ちゃんのおごりで決まりよ!」

「うん、わかってる。とにかくもう一回」

「はーい」

 もう一度走ってみたいと二人がスタッフにお願いした。スタッフは笑顔を見せながらどうぞと快諾してくれた。他に走っている人もいないので、飽きるまで乗っていてよいことになった。

「じゃぁ、行くわよぉ!」

 スタートラインに二台が平行して並び、スタッフに合図を出してもらった。

「今度は油断しないから」

「えっ? さっきは油断してたの?」

「なんかムカつく」

 そのとき、スタッフの腕が振られた。第一コーナーまでの直線は互角に進んだが、コーナーの途中でイン側にいた望が前に出た。次々と迫るコーナーをクリアするごとに差は開き、三周目を走り終えたときには、半周ほどの大差が開いていた。

「どうして・・・」

 唖然とする颯空。どや顔の望。

「望ちゃん、なんでそんなに速いの?」

「うーん、なんでだろ。原チャリいっぱい乗ってたからかなぁ」

「それだけで速くなっちゃうの?」

「うん、そうみたぁい。ねぇ、ランチ何にしよっかぁ」

 望はご機嫌だ。

「あの、お疲れさまでした。もしよろしければ、少しお話を伺わせていただいてもよろしいですか?」

 ポケバイを降りたところで、スタートの合図をしてくれたスタッフが声をかけてきた。

「はい、いいですけど、どんなことでしょうか?」

 望が返事をしながら半キャップのヘルメットを脱いだ。

「ありがとうございます。すぐそこにカフェがあるので、そちらでいかがですか? 飲み物お出ししますので」

 颯空もヘルメットを脱ぎ、望と一緒にカフェへ案内された。

「はじめまして。 わたくし、柴咲重工の堀田ほったと申します」

 カフェの奥にあるVIPルームに案内され、席につくと堀田が名刺を差し出してきた。

「堀田さんですね。初めまして。畔木颯空です」

「私は、浅黄望です。ポケバイ、とても楽しかったです」

渡された名刺には、堀田瑛美ほったえみと書かれていた。肩書は、柴咲レーシングチーム総監督とある。

「なにをお飲みになりますか?」 

 渡されたメニューから、颯空はミルクティーを選んだ。

「私、スペシャルパフェがいい」

「望ちゃん、飲み物にしなさいよ」

「いえ、いいですよ。パフェですね。私もオーダーしちゃいます」

「えっ! じゃぁ私も!」

 颯空もミルクティーをやめてパフェにすると、三人は顔を見合わせて笑った。

「呼び止めてしまってすみません。この後のご予定は?」

「うん、ランチ食べに行きます。彼女のおごりなの」

「ははっ、そうでしたね。勝った方がおごってもらう約束をされていましたね」

 颯空は、やや怪訝そうな顔をしたが、それよりも望のあの速さは一体なんなのかと理解できずにやや悶々としていた。

「ところで、お二人はオートバイには乗っているのですか?」

「はい、私は乗っています」

 颯空が素直に答える。

「浅黄さんは?」

「うーん、原チャリならいっぱい乗ってた」

「あはっ、そうなんですね。実は、さっき二回目に走ったとき、タイムを計ったんです。そうしたら二人ともコースレコードだったんですよ」

「コースレコード?」

 颯空と望は不思議そうに顔を見合わせた。

「あの、コースレコードってなんですか?」

 颯空が質問したとき、パフェがテーブルに運ばれてきた。高さ三十センチはある特大のパフェに三人は興奮した。

「すごーい。こんなの初めて!」と、颯空が言い。

「食べきれるかなぁ」と、望が重ねてきた。

「うわっ、こんなに凄いとは思わなかった」と、サーキットで勤務している堀田もパフェを見るのは初めてだった。

 それぞれが感想を言い合い、型が崩れないうちにとスプーンを突き刺して次々に口へパフェを運んだ。

「それで、レコードってなんですか?」

 口をモグモグしながら望が聞いた。

「あっ、ごめんなさい。食べるのに夢中になっちゃった。お二人の三周目のタイムが、このコースの最速を記録したんです。畔木さんのタイムで既にコースレコードだったのですが、浅黄さんはそれを更に上回ったので驚いていたんです。時々、ポケバイを出して来場者に乗っていただくのですが、あのタイムはうちのプロチームでも出せません。もしかして、プロなのではないかと思って、お声掛けをしたんです」

 堀田の話にあっけにとられた二人は、パフェを食べる手を止めた。

「あの、ごめんなさい。先にパフェ食べちゃいましょうか」

 堀田がそういうと、三人は残りのパフェを頬張った。帯広で採れる新鮮なフルーツに夕張メロンを合わせ、富良野の牛乳で作ったアイスクリームをふんだんに使ったパフェは、価格が三千円するにもかかわらず来場者に好評だ。

「このパフェ、ネットで見たことある。ここのカフェだったのね」

「望ちゃん、知ってたの?」

「うん、ここのカフェってことは知らなかったけど、パフェは有名よ」

「そうなんだ」

 颯空は、パフェのことについては知らなかったが、とにかく美味しいということだけはわかった。

「みなさん完食したようなので、温かい飲み物用意しますね」

「ロイヤルミルクティーお願いしまーす」

「はい、承知しました」

 飲み物が届く間、堀田は二人についてなるべく多くの情報を聞き出そうとした。

「畔木さん、オートバイは何に乗っているのですか?」

「はい、RVF750です」

「えっ! あれってかなりレアなモデルですよね。私、写真でしか見たことがないです」

「同じバイクが走っているのを見たことはないので、台数は少ないでしょうね」

「浅黄さんは?」

「わたし? 原チャリはよく乗ってた。時々無茶してジャンプしちゃったりしてた」

「ジャンプ?」

「うん、オフロードとか走ってて、コースから飛び出しちゃったりしてたの」

 原チャリでオフロードは走らないでしょ。と、颯空はツッコミたかったが、話の腰を折るので受け流した。

「ホントに原チャリだけですか?」

「うーん、正直に言うと、免許はあるの。けど、今は乗ってないでーす」

「今はということは、以前は乗っていたということですね」

「うん、そういうことねー」

 望が二輪免許を持っていたことを颯空は知らなかった。昔、バイクに乗っていたことも。

「今は、なにかお仕事はされているのですか?」

「うん、二人ともカフェで働いているの。私が調理師見習で颯空ちゃんがサービス係」

「どちらのカフェで?」

「茅森牧場の中にあるホテルよ。なんか最近どんどん大きくなっちゃって、お客さんがいっぱい来て大変なの」

 堀田は、茅森牧場の名はどこかで聞いたことがあったが、はっきりとは思い出せなかった。

「そうなんですね。あの、では本題に入りますが、オートバイのレースに興味はありませんか? あるようでしたら、うちのチームで走ってみませんか?」

 単刀直入にきた。堀田の目は真剣だ。まるで松田が目の前にいるようで、二人は少し動揺した。

「レース、ですか。ぜんぜん興味ないですが」颯空が、ペーパーで口元を拭きながら答えた。

「そんなことないでしょ。だって」

「望ちゃん、変なこと言わないで。興味なんかないんだから」

 余計なことを言いそうになったので、颯空は慌てて望の口を塞いだ。

「あらら、喧嘩なさらないでくださいね。すみません、お時間取らせてしまって。もし、よろしければ連絡先を教えていただけませんか? メールかラインがいいんですが」

 どうしようかと、二人は目を合わせた。

「あの、これってスカウトですか?」

「そう思っていただいて構いません。レースに出たければ応援します。それと、これをきっかけに二輪業界の活性化にお力添えいただければと思っています」

「活性化、ですか」

 同じ会社の人であっても、松田とは言うことが違う。それに強引さが感じられない。颯空は、活性化と言っている堀田の話を少しだけ聞いてみたくなった。

「活性化ってどうするの?」

 望も興味深そうだ。

「はい、今、社内で二輪における女性の販路を広げるための取り組みをしています。そのために様々な方の協力が必要なんです。最近ではユーチューブなどを使って宣伝活動を行っています。また、各地でイベントを開催して、女性ライダーを増やしていこうという計画なんです」

「その計画に参加するってこと?」

「はい、一緒にやりませんか? レースに出るかどうかは別として考えてください」

「面白そう。颯空ちゃん、一緒にやってみようよ」

 望はやる気満々だ。颯空も、初対面の人が言うことではあるが悪い気はしなかった。

「わかりました。とりあえずラインは交換OKです。いろいろと教えてください。その中で何かできればご協力します」

「ありがとう! 私もお二人のこと、もっと知りたいので仲良くしてくださいね!」

 話はここで終わった。三人はそれぞれの連絡先を教え合ってカフェを後にした。サーキットには入場したのは昼前だったが、あっという間に時刻は午後四時を過ぎ、辺りは薄暗くなりかけていた。

「車かなにかで来られたのですか?」

「うん、私のボロ車で来たの」

「そうでしたか。駐車場までお見送りさせてください」

 三人はカートに乗って駐車場へ戻った。来たときは満車に近い状態だったが、今は数台しか残っていない。望の車は、駐車場の端で主人が帰るのを大人しく待っていた。

「これは・・・」

 堀田が珍しそうに望の車を覗き込んだ。

「SS20っていうの。超ポンコツ」

「あの、これって、もしかして2サイクルエンジンですか?」

「うん、そうなの。煙モクモク出ちゃうけど、キビキビ走るから楽しいんだ」

「ですよね。これも写真でしか見たことないです。凄いですね。維持するのが大変そう」

「そうでもないよ。ノーマルだし、錆に気を付けていれば大丈夫なの」

 四十年も前の車両だが、整備が行き届いていているのか、塗装に艶があり錆のないきれいなボディーだ。

「エンジン、見てもいいですか?」

「どうぞ」

 望は、ドライブシートの下にあるレバーを引き、後ろのフードを開いた。

「あの、エンジンはリアにエンジン積んでいるんですか!」

「リアエンジン、リアドライブね」

「凄い。軽自動車の規格じゃないですね」

「ボロだけど、中身はスーパーカーなの。ジウジアーロのデザインなんだ。フフッ」

 初めて見る昭和時代の逸品に堀田は興味津々になった。

「エンジン始動はチョークですか?」

「うん、かけてみる?」

 堀田の目の色が変わった。既にボロ軽自動車の虜になっていた。

「そこの、ハンドルの左下にあるレバーを引っ張って。それがチョーク」

 運転席に乗りこんだ堀田は、今では珍しい六連メーターに感動した。

「すごい。スポーツカーのインパネみたい。エンジンかけてみていいですか?」

「どうぞ。一発でかかるかなぁ」

 堀田は、キーを捻った。機嫌がいいのか、エンジンはセル一発でかかった。パタパタと独特の排気音が室内に響いた。

「すごい。2サイクエンジンって、こんな音なんですね。まるでレーシングカーみたい」

「運転していいよ」

 望がやさしく声をかける。

「いいんですか。じゃぁ、駐車場の中だけで運転させてください」

「マニュアルだけど、大丈夫?」

「はい、私、ハチロクに乗っているので」

「そうなんだ。じゃぁ平気ね。行ってらっしゃーい」

 堀田は、チョークを戻してからギアをゆっくり一速に入れ、慎重にクラッチを繋げてSS20を発進させた。今の車にはない、やや甲高い排気音は、軽自動車といえどもアドレナリンが噴出しそうになった。

「ありがとうございます。感動しちゃった」

 駐車場を一周して戻って来た堀田は、興奮した様子で車から降りた。

「今日は、お会いできて嬉しかったです。また来てくださいね。あとで、ラインもさせていただきます」

「こちらこそありがとうございました。パフェ、ごちそうさまでした」

 颯空と望は、堀田に礼を言い、再会を約束してサーキットを後にした。


「なんか、楽しかったね」

「うん、面白かったぁ」

「あのさ、ところで望ちゃん」

「ん? なぁに?」

「あの、ポケバイの走りはどういうことなの?」

「それねー。じゃぁ、ランチ食べそこなっちゃったから晩御飯食べながらお話ししよっかぁ。颯空ちゃんのおごりでね」

 テールランプをぼんやりと灯らせたSS20は、二人を乗せて暗い国道を帯広に向けて走って行った。


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