第3話 秋


 携帯はバイブレーションで激しく揺れアラームが爆音で鳴る。


詩 「ん~~…朝…?」


 詩はベッドの上で横りなりながらアラーム音を消そうと手を動かすが携帯が中々、見つからず爆音で次第に目が覚める。詩はベッドから起き上がると周りを見渡し、寝ていた時に頭の上に置いていた携帯を触りようやくアラームの音を消す。


詩 「会社行く支度しなきゃ…」


 詩はベッドから起き上がり床に足をつけ歩き洗面台に向い顔を洗う。洗い終えると顔をタオルで拭き再び足を動かし、テーブルの前に座るとリモコンのボタンを押し画面にニュースが映され耳で聞き流しながら化粧道具を取り出す。


 「台風10号が発生し日本列島に接近している模様です―――」


 詩は耳に聞こえたニュースが気になり化粧をしていた手が止まり画面に映し出されている台風の位置を確認する。


詩 (まだ台風あの位置か…。電車にはまだまだ影響なさそうだな)


 現在の台風の位置と予想到達日付を確認し安堵をすると手を再度動かし薄化粧と髪のセットを済ませ立ち上がる。詩は歩きクローゼットの前に辿り着くと取っ手を引き衣類を取り出し慣れた手付きでスーツに着替える。


詩 (今日は軽い朝ごはんを食べるぐらいの時間はまだあるな)


 スーツに着替え終えると詩はキッチンへ向かい冷蔵庫を開け食パンを取り出しポップアップトースターの中に入れレバーを下げる。


詩 「―――くしゅっ!寒いぃ~…暖かいコーヒーも淹れよ…」


 本格的に秋入りした朝は肌寒く詩はくしゃみをすると身体を震わせ、カップにインスタントコーヒーの粉末を入れお湯を沸かし待機をする。トースターがチンッ!と音が鳴ると食パンが焼き上がり皿の上に乗せ、マーガリンを塗る。塗り終えると丁度お湯が沸きあがりカップに淹れ、テーブルの上に運ぶ。詩はテレビを見ながら焼きあがったパンを口の中へ運びモグモグと食べる。


詩 「今日の最高と最低気温、どっちも低いなぁ。厚着のコート着ていこう」


 テレビを見ながら食事を続けていると時刻が迫っている事に気付き、空になった食器を台所に運ぶ。洗っている暇もなくなりそのまま、急いで厚着のコートを着用し玄関へと向かう。はき慣れたヒールの靴を履くと玄関のドアを開け寒さに身を震わせると鍵を閉める。


 ヒールの靴でコツコツと音を鳴らしながら詩は道を歩く。朝の満員電車で体力を消耗しながらも改札口から出ると人が多く行き交う中、詩は周辺を見渡し目には木が映り葉は黄色に染まりちらほらと僅かだが枯れ葉が地面に落ちはじめていた。


詩 (もう枯れ葉が落ちている…秋って感じ。地元の桜道の木は…)


 詩はふと目に映った木の風景に季節感を感じながらも再び足を動かし会社へと向かう。


 「おはよう」

 「おはようさん」

 「おはよー!」


詩 「おはようございますー!」


 いつもの作り笑顔で詩は上司や先輩に挨拶をし出勤をする。自分のデスクに座るとパソコンの電源を入れ身体に自然と身に付いた毎度お馴染みのルーティンのように作業の準備に取り掛かる。


 全員が揃い朝礼を済ませ着席すると、詩は上司から依頼されていた資料をキーボードーやマウスの音をカタカタ、カチッ!と音を鳴らし作成をする。ようやく、出来上がると心の中では舞い上がり早々と上司の元へ駆け寄り提出をする。朝から声のトーンが低く、あからさまに不機嫌な顔を見せる上司だが詩はそんな事も知らず作り上げた資料を見た途端に怒りのスイッチがONになる。


 「この資料間違えている!今年の新人でも、もう入社してから半年が経っているんだ。おい!新人教育の高橋たかはし!」


詩 「す、すみません!!」


 詩の教育をしている高橋は呼ばれるとデスクから立ち上がりカンカンに怒っている主任の元へ急ぎ足で歩く。


 「お前の指導はどうなっている!私に提出する前にこの資料を確認したのか!?」


 「主任、申し訳ありませんでした!私の確認不足です!」


 詩が上司から直接、依頼された仕事を新人教育係といえど高橋は把握してる訳も無く理不尽に怒られながらも謝罪する。


 「ああ!作り直しだ!自席に戻れ!」


詩 「はい…」


  「はい」


 この日は上司が不機嫌なせいかまだ新人の詩は慣れていない業務に対しきつく怒鳴られる。新人教育の高橋も良いとばっちりを受け、思わず舌打ちをする。入社してから初めて怒鳴られた詩は肩を落としながらも2人は再び席につく。


 「あのさ~詩さん、この資料の数字も間違えているし、タイピングミスなのか文章もおかしい。ミスが初歩的過ぎるから自分でもちゃんと確認してから私に見せて」


詩 「はい…すみませんでした…」


 高橋は理不尽に怒られ主任の影響を受けたのか同様に不機嫌となり表情は強張り、声が低くなりながら詩に指摘する。いつも明るく、後ろ向きな言葉を口に出さない高橋だが、初めて不機嫌な表情を見た詩はこの場に自分を助けてくれる人はおらず、孤立した気分となり精神的にダメージを受ける。その日は仕事に力など入るはずも無く、午前まで騒がしく音を鳴らしていたキーボードやマウスは指摘後、音が鳴る事が少なくなり定時を迎える。


 「お疲れさまでした~」

 「お先に失礼します」

 「お疲れ」


詩 「お疲れ様でした」


 資料の提出納期までは日付があり仕事に力が入らない詩は退勤をする。電車に乗ると既に暗くなり小さな窓からはビル、看板、幾つもの街灯がライトアップし夜になっても明かりが途絶える事のない風景を見つめ続ける。


詩 (仕事…続けられるかな…)


 心の中で思わず弱音を吐き、家の近くにある駅へと到着すると重い足を動かしヒールの音をコツコツとゆっくり鳴らす。肌寒い中、自宅へと歩き朝に見かけた木を見つめるが暗いせいか葉の色は分からず葉がヒラヒラと1枚、2枚と落ちる。


詩 (地元の皆はどうしてるかな。大地とは…)


 詩はスマホをタップし大地から届いたメッセージを見る。


―――【メッセージ内容】


大地 「最近、仕事で日程が合わないのか喧嘩してばかりだよな。少しお互いの距離を置こう」


詩 「別れるって事?」


大地 「その方が、お互いに良いと思う」


―――――――――――


 詩はメッセージの内容を見た途端、仕事の辛さも思い出し自然に涙が零れる。泣いていても行き交う人は詩の事を知らぬ顔で通り過ぎていく。初めて生きる事の辛さを経験した秋の出来事だった。

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