第2話 海水浴場

 真夏の海水浴場での出来事。

 悪魔のFさんは、人間の世界に現れるときは海の怪物の姿を取る。

 その日は鮫の姿で現れていた。

 海の中で自由に泳ぐのが好きなFさんは、人間に呼ばれない日でも、こっそりと海中散歩をするのが日課だった。

 そんなFさんが、ある日人間の写真に写ってしまった。

 ダイバーが魚群を撮ろうとして、水中でも使えるデジタルカメラで、偶然Fさんを 撮影してしまったのだ。普段はもちろん写真になど写ることは無いのだが、その日は油断してしまっていた。

 しかし、そこは鮫の姿のFさん。

 ちょっと見ただけでは、写っているのが悪魔だとは気づくまい、とそうタカを括っていた。

 だというのに、人間達は写真を見て震え上がった。


「お寺に持っていこう」などと騒ぎ、喚き散らしている。


 そんな大げさな。

 Fさんは姿を消して、横から写真を見てみた。

 ギョッとした。

 灰暗い海の奥深くに、鮫の姿をした自分が写っている。

 その自分の尾に、透き通った海草が絡みついている。


 ――海草ではない!


 自分の尾に、細く青白い手が幾重にも、わらわらと絡みついている!

 まるで自分を、深い海底に誘っているかのようだとFさんは思った。

 その手が何なのか。

 Fさん自身もさっぱり分からないし、憶えもなかった。

 ただ、その海水浴場の近くではかつて船舶の衝突事故が起こり、大勢の犠牲者が出たことを、人間達は思い出していた。

 人間達は結局、近所の寺に写真とフィルムを納め、焼いて供養してもらった。

Fさんもこっそり着いていったらしいが、なぜあの手が自分の尾に絡みついていたのか、理由を聞くことはできなかった。

 住職が写真を見て、「この鮫は何だ……?」と首をかしげていたのが印象的だったという。

 Fさんはそれ以来、その海水浴場には行っていない。


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