第3話 光の中へ

 Mさんは、人間を驚かすいたずらが大好きな悪魔だ。獅子のような顔を持つ自分本来の姿を晒し、恐れおののく人間の恐怖の表情を見るのは、格別である。

 驚きのあまり気を失ってしまう者がいれば、そのときはありがたく魂もちょうだい出来る。趣味と実益で、一石二鳥だった。

 その日もMさんは、夜の路地裏に現れた。人間の姿を取って歩いていると、前からスーツ姿の若い男性が一人歩いてくる。

 後ろからは、コンビニ帰りらしい中年の女性が一人。

 いいカモだ。

 まずは前から来る男性を驚かせて、そのまま振り返ってやろうと企んだ。Mさんは低いうなり声をあげ、醜悪で凶々しい顔を思いきりさらけ出してやった。

 男性は、目を見開いて驚愕している。

 その真っ青な顔色といったら、Mさんのこれまでの経験でも見たことがないほど。嬉しくてたまらないMさんだったが、ふと気づいた。

 男性の視線は、自分の顔を向いていない。


「何だあれは」


 男性はつぶやきながら、Mさんの背後を、じっと見つめていた。いや、もっと上を見上げていた。

 Mさんは思わず振り向いた。

 満天の星空。

 夜の海を、横長で円盤上の物体が浮遊している。巨大だ。

 巨大な円盤が、ゆらりゆらりと発光しながら飛んでいる。

 ――こんな悪魔はいない。

 聞いたことも、見たこともない。

 円盤からは地上に向かって垂直に、スポットライトのような光が降りてきていた。その光の中を、Mさんの背後にいたはずの中年女性が、もがきながら浮かんで、吸い込まれていく。

 これを見て男性は呆然としていたのだ。Mさんも、呆然とした。

 ――瞬間、強烈な光がMさんの視界を包んだ。

 そのまま、ふっ、と時間が飛んだ。


 気がついたとき、Mさんは悪魔本来の姿から、なぜか人間に化けたときの姿に戻っていた。いつの間にか路上で気を失って、眠ってしまっていたようだった。何が起きたのだろうか。Mさんと同時に、男性も気がついたようだった。


 ……二人とも、同時に?


 気絶した者同士が、同時に目覚めるものだろうか?


  空はすっかり白んでいる。日付は、翌日の朝になっていた。あの巨大な円盤は、もうどこにも見えない。光の中でもがいていた、中年女性の姿も無い。

 男性はまだ呆然自失で、周囲を伺いながら何も無い青空を見上げてつぶやいた。


「何だったんでしょうかねえ……」


 何だったんでしょうか、とMさんも頷いた。その日はそのまま帰ったが、誰もMさんの話を信じてくれなかった。

 後から知ったことだが、その土地は未確認飛行物体の目撃例が無数にあり、それを見た者は黒服の男に連れ去られるという。

Mさんは自分の所にも黒服の男が現れるのか、今も気になって仕方がない。

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