第8話
「こっ、公一っ?!」
思わずあげた俺の悲鳴のような声に公一はやっと夢から覚めたようで。
「……あれっ?あ、純平だぁ……はぁ、良かった……」
一瞬体を離し、俺を見て安心したような声を出すと、再び抱きつく。
「公一……?!」
一方、男はもちろん、女にすら滅多に抱きつかれない俺は、情けないことにそんな公一をどう扱ったらいいかわからず、でくの坊みたいにその場に突っ立っていた。
「怖い夢、見てたんだ」
俺の胸に顔をうずめ、公一は呟く。
「…ほんとに、怖かった。でも、純平の顔見て、純平の心音聞いてたら、落ち着いてきた」
「ばっ、ばかだな、あんなの見るからだろっ」
公一は、俺の心音を聞く。俺は公一の心音を感じる。
何だか妙に、ドギマギしてきて。
(何、やってんだ、俺。男に抱きつかれて緊張してるなんてよ……)
「だって、見たかったんだ。怖いの、知ってたけど。純平だって、見たがってたろ?だから、さ。ま、怖いもの見たさもあったけどね」
「ガキか、お前は」
顔を上げてツンと口をとがらす公一の頭を、強引に胸に押しつけるように抱く。
(なんて顔、しやがんだ、こいつは!こういうの、父性本能っていうのか?)
自分にもわからない衝動的欲求で、公一を優しく抱きしめる。
「ガキだな、お前は」
「純平は、やっぱおれの兄貴だ」
俺の腕の中で公一は小さく笑う。
「兄貴もよく、こうしてくれた。でも、純平の方がガタイいいから安心感あるな」
キュッとまわした腕に力を込める公一の額を軽くこづき
「ばーか」
その腕をそっとほどくと、俺は公一をベッドに寝かせた。
「ほら、もう寝ろ」
そして、自分の寝る布団を敷こうと公一に背を向けたとき、突然シャツの裾がひっぱられた。
「何だよ?」
振り返れば、訴えかけるような瞳で……母親においていかれた幼稚園児のような瞳で公一は俺を見ている。
(おいおい……なんて顔、してんだよ)
こいつが女なら、などと思わず考えてしまうような、今にも消えてしまいそうな儚げな表情で、公一は俺を見上げ、
「どこ、行くんだよ」
実にふてぶてしい、全くその雰囲気に合わぬ口調で、そんな言葉を口にする。
「おれが怖がってんの知ってんのに、何で1人にしようとすんだよっ」
「俺は布団を敷くんだよっ。まったく、こんな時間にどこに行けっていうんだ?いつまでもガキみたいなこと、言ってんじゃ」
「ガキなんだから、しょーがねーだろっ。布団なんか必要ねーよっ。ガキが怖がって寝れなかったら、兄貴は横で一緒に寝てくれんのが、普通じゃねぇのかよ……」
最後には消え入りそうな声で、公一はそう言って横を向く。手にはしっかり、俺のシャツの裾を握ったまま。
「……兄貴は、よく一緒に寝てくれたぞ」
公一の言葉の何かが、俺の背を押した。
「しょーがねぇな」
電気を消して、は公一の横に滑り込む。
「キツイよ」
文句を言いながら、公一は俺の手を探り当て、ぎゅっと握りしめてきた。
「うるせっ。文句言うなっ」
俺もその、男にしては華奢な手を握り返す。
いくらも経たぬうちに、隣からはスースーと規則正しい寝息が聞こえてきて、ひとり落ち着かない俺は、
(何やってんだかなぁ、俺)
言い表すことのできない複雑な感情と、ひとり悪戦苦闘していた。
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