第4話
「純平。これは、何だ?」
祖父は静かに尋ねる。
祖父と俺の間のテーブルの上には、一通の合格通知。学部は、文学部。
「何のために文学部など受けたんだ?気まぐれで受けたのか?」
静かだけれども、他者を圧倒するような威厳のある声。
(ここで、負けるわけにはいかない)
「それとも何かの、間違いか?」
腹にぐっと力を込め、祖父を見つめる。
「気まぐれでもないし、間違いでもない。文学部を受けたくて、受験して、合格したんだ」
祖父が微かに顔をしかめる。
「お前がどこを受けようがどこに受かろうが、それはお前の自由だ。医者になるには読解力も必要だから、文学部くらい合格できて当然だろう。だが、肝心な医学部が全く受からない、というのはどういうことだ?お前は決してデキが悪い訳ではない。毎日遊び歩いているようにも見えない。なのに何故どこにも受からないんだ?」
緊張に震える手をぎゅっと握りしめ、
「どこも、受けてないからだよ」
じっと見つめるその先で、祖父の眉がつり上がる。
「何だと?」
「医学部は、どこも受けてない。俺が受けたのは、ここだけだ」
「何の冗談だ、純平」
「冗談なんかじゃない、俺は本気だ。俺は、文学部に行きたいんだ」
驚きのためか怒りのためか、祖父の顔から血の気が失せてゆく。
「お前は一体何を言っているんだ。じゃあ、今まで予備校に通って勉強していたのは、いったい何の為だと」
「ごめん、じいちゃん」
頭を床に着け、俺は祖父の前で土下座した。
「俺、本当は予備校なんか、行ってなかったんだ。ずっと、バイトしてた。家帰ってからやってた勉強も、文学部に進むための勉強だよ。俺、ずっと、文学部に行きたかったんだ」
「……3年も……3年間もお前は私を騙していたのか……」
震える祖父の声。
俺は怖くて、顔を上げることができなかった。
「お前は……お前だけは私の期待に応えてくれると思っていたのに」
「ごめんなさい。でも俺、文学部に行きたいんだ。じいちゃんのこと騙すつもりはなかったけど、でも、しょうがなかった。文学部に進むこと、じいちゃんが許してくれないのはわかってたから。平気で騙してたわけじゃない。ずっと悪いと思ってた。でも、どうしようもなかったんだ。本当に、ごめんなさい」
「やはりお前は、君子の子供だな」
祖父がボソリとつぶやく。
「人の期待を平気で裏切る所など、君子とまるで同じだ」
静かに、祖父が立ち上がる気配がした。
「勝手にしろ。文学部に行きたいのなら行けばいい。ただし、今後私とお前は赤の他人だ。……さっさと出て行け!」
叩きつけるように、ドアが閉まった。
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