第2話

 夢を見ていた。

 すぐにそれは、夢だと分かった。

 忘れたくたって、忘れられない、苦い記憶。

 まだ小さい姿の俺は、その夢の始まりで、途方に暮れていた。


 学校から帰ると、いつもいるはずの母さんの姿が見えない。


(お買い物、行ったのかな?)


 そう思って遊びにも行かず、1人、家でじっと母の帰りを待った。だが母は帰ってこなかった。


「じいちゃん。母さん、どこ行ったの?」


 勤め先の病院から帰ってきた祖父に、俺はしがみついた。


「ずっといないんだ。帰ってこないんだ、母さん。ねぇ、どこ行ったの?じいちゃん、知ってる?」


 祖父は、疲れた顔でこう言った。


「母さんはもう、ここへは帰ってこない。遠いところへ行ったんだ」

「えっ?!遠い所っ、て……?」

「お前の知らないところだ」

「なんで?なんで僕も連れてってくれないの?」

「お前は、じいちゃんとここで暮らさなきゃならないからだ」


 信じられなかった。全く、信じられなかった。

 物心ついた頃から、いつもずっと一緒にいた母が、自分を置いて行くなんてっ!


 また、1人いなくなった。

 父がいなくなり、弟がいなくなり、そして、母さんまでも。


「純平。明日から塾に行くんだ」

「じゅく?」

「そうだ。しっかり勉強して、いい学校に入って、じいちゃんみたいな医者になるんだぞ。お前は、じいちゃんの跡を継ぐんだからな」


 小学生のうちから、私立の中学に入るために塾に通い、学校でも常にトップクラスでいるために中学でも塾通い。そして、来たる大学受験に備えての予備校通い。

 目指すは祖父の出た医大。

 俺の実力ならラクラク現役合格間違いなし。

 しかし……俺は落ちた。しかも、わざと。

 医学部に進むための勉強は、嫌いではなかったし、そんなに難しくは感じなかった。でも、俺は、俺にはやりたいことがあった。行きたい学部があった。

 文学部。

 小さい頃から、そう、塾通いが始まった頃から、友達と外で遊ぶこともできない俺の唯一の楽しみは読書だった。本の世界に没頭し、その世界に思いを馳せている瞬間こそが、唯一の俺の幸せなひとときだった。中でも特に好きだったのは、シェークスピア。シェークスピアが大好きで、いつの頃からか、俺は文学部に進むことを心に決めていた。が、しかし、そんなことを祖父は許すまい。逆らえば、学費はもちろん、家からも追い出されかねない。母を追い出した時のように。そう、母は、祖父に追い出されたのだ。中学の時、引き出しの奥から偶然見つけた、母の俺への手紙。それには全てが書かれていた。

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