第34話 マドゥレーヌの秘密
密輸船の手掛かりが掴めないまま、過ぎ行く春を惜しみながら、今回の密輸船出航は、見送るしかないかもしれないと考え落胆していたが、天はミュリエルに味方したらしく、鳥が持ち帰ってきた情報で事態が好転した。
ミュリエルはフィンとモーリスに報告した。「カルヴァン侯が、ブリヨンから高価な絹織物を、ペルティエ領に出荷したようなのです。ペルティエはフランクールの南西部に位置していて、ワインやオリーブ、革製品などの産地ではありますが、小さな港町で、高価な絹織物を、大量に発注するようなお金はないと思います」
「ペルティエ領の領主は誰なんだ?」他国とは言え、主要都市ならば知っているが、ペルティエのように小さな港町までは知らないなと思い、フィンが訊いた。
ミュリエルは難しい顔をした。「——それが、問題なのです。ペルティエ男爵はフェリシアン・オートゥイユ卿」
「マドゥレーヌ嬢もオートゥイユじゃなかったか?」モーリスが訊いた。
「そうです。ペルティエ男爵はマドゥレーヌ嬢の父であるマルセル子爵ギャスパー・オートゥイユ卿の弟です」
「マドゥレーヌ嬢の家が関わっているとしたら、元恋人のアンドレ王子は、多少なりとも被害を受けるかもしれない。協力は得られないかもしれないよ」フィンが言った。
「懸念すべきでしょう。関係を清算しているとはいえ、一時、社交界を賑わせたお2人ですし、皆の記憶に新しいです。アンドレ王子殿下は、東方貿易会社に投資しています、関わっていたのではと疑う人も出てくるでしょう。そうなれば、王室は事件をうやむやにしてしまうかもしれません」
沈んだ表情のミュリエルにフィンもモーリスも励ます言葉が見つからなかった。
モーリスが疑問を口にした。「ところで何でペルティエなんだ?マルセルならフランクール最大の港町だから、密輸船を紛れ込ませるにはうってつけだろうが、ペルティエだと大型船は目立つ」
「確かにそうです。マルセル港やル・サージュ港は、毎日ひっきりなしに船が出入りしているので、そこに紛れて密輸船を出航させるのではないだろうかと見張っていましたが、国境付近の港町は予想外でした。何か理由がありそうです」
「国境付近は密入国者が多いだろう?だから、ザイドリッツでは、国境付近の領主は、密入国を監視しなければならないとする法律があるんだけど、フランクールは?」フィンが訊いた。
ミュリエルが答えた。「フランクールでも同じです。密入国の取り締まりは、法として定められています。なので、国境付近はあり得ないと思っていたのですが、密入国を取り締まる領主を抱き込めれば」
後をモーリスが引き継いだ。「
「監視する者が仲間なのですから、密輸は簡単ですね」
「それで、どこから切り込むつもりなんだ」モーリスが訊いた。
「マルセル子爵ギャスパー・オートゥイユ卿、彼を味方につけられれば、密輸船の実態が見えてくるかもしれません」
「それに、アンドレ王子への嫌疑も晴れるということか、不味い立場に立たされたあいつを、いい気味だと笑ってやりたいが、事件をうやむやにされても困るし、アンドレ王子は気にくわないってだけで、悪人ではないからな、仕方ない助けてやるか」モーリスはミュリエルのためだと割り切って同意した。
「オートゥイユ卿を味方につける方法は、何か案があるのか?」フィンが訊いた。
「マドゥレーヌ嬢を利用できそうなのです。彼女には幼い妹がいるのですが、どうやら妹ではなくて、娘のようなのです」
「アンドレ王子とは最近出会ったんだろう?マドゥレーヌ嬢は他に男がいたってことか?」モーリスは驚いて声を上げた。
「相手の詳細までは分かりませんでしたが、オートゥイユ家に出入りしていた、チューターのようです」
「ということは学者か、芸術家か。アンドレ王子は、とことん騙されたもんだな」フィンはアンドレの鈍さを、少し哀れに思い始めていた。
「最近では、婚姻前に男性と性的関係をもつ女性も増えてきていますが、あくまでも相手は、結婚の約束をした男性です。婚姻関係にない男性との間に、子供を授かったとなれば、マドゥレーヌ嬢の
「初婚の貴族令嬢は純潔であることが求められる。結婚前に医師の診察があるくらいデリケートな問題だ。それに、マドゥレーヌはアンドレ王子とのこともあるから、貰い手は少ないだろう、処女に戻せるとしたら、オートゥイユは喉から手が出るほど欲しいだろうけど——処女に戻せるのか?」フィンが訊いた。
「実践してみたことはありませんが、理論上は可能です」
「ジゼルの体で実験してみるか?」ミュリエルとフィンから訝しげな目を向けられ、モーリスは慌てた。「違うぞ!お前たちが考えているような
そうは言ったが、初夜の興奮をもう一度味わいたいと思う気持ちも、ほんの少しはあったので、モーリスは気まずそうに視線を逸らした。
「理由がなんであれ、ジゼルさんを実験台にする気はありませんよ」純潔を奪う行為が、どうしてこうも男性の心を惹きつけるのか、ミュリエルには理解ができず呆れた。「マルセル領までは、汽車を乗り継いで3日ほどかかりそうなので、テレポートしようと思います」
「テレポート出来るのか?」フィンは驚いて目を剥いた。
「長距離の移動は難しいですが、パトリーからマルセルまでは、直線距離にして約650km、2回に分けて移動すれば辿り着けるでしょう」
「それって俺も一緒に行けるかな?」フィンが訊いた。
「テレポートは別の場所に繋がったゲートを開くだけなので、誰でもくぐれます。ですが、これは私の問題ですし、危険を伴います。1人で行ってこようと思います」
「駄目だよ。絶対1人では行かせない。俺は剣もまともに振れないし、銃の腕も褒められたもんじゃない。それに比べて、魔法が使えるミュリエルはずっと強いんだろうけどさ、俺の武器は、誰にでも好かれるこの性格だから」
「フィンのそれは、ただの八方美人だろう」
「うるさいですよモーリスさん。ねえ、ミュリエル。交渉するなら俺は役に立つと思うよ」
「俺もフィンがついて行くのは賛成だ。お前1人じゃ心配だってのもある。こいつは機転が効くし、貴族らしく抜け目がない。俺を安心させるためだと思って、フィンを連れて行け」
「分かりました。ありがとうございます」
フィンやモーリスが最後まで味方をしてくれるだろうこと、ようやく復讐の機会を得たこと、いろんな思いが込み上げてミュリエルの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
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