第33話 フィンに打ち明ける
春の初め、野戦病院を閉鎖したミュリエルは、ミュリエル薬店を再開し、日常を取り戻した。
パトリーの入り口を守るゲートハウスを出て、馬車で10分ほど行ったところにある、アンドレが所有する土地の小高い丘の上に、病院を建設することが決まり、王妃からの支援金と、貴族たちからの支援金が集まり——王妃の懐に入りたい貴族たちは、多額の支援金を差し出した——アンドレ主導の元、フランクール国立パナケイア病院建設事業が始まった。
ミュリエルは、病院建設事業の原案をアンドレから受け取った時に、書類の1ページ目を見て唖然とした。
『(仮)フランクール国立ミュリエル病院建設事業案』
自分の名前を付けられそうになって慌てたミュリエルは、病院の名前を癒しの神『パナケイア』にしたいとアンドレに願い出た。
アンドレは渋々だったが、ミュリエルのお願いならばと承諾し、フランクール国立パナケイア病院に決まった。
「病院の修正案?」ミュリエルが読んでいた書類を、フィンが肩越しに覗き込んで言った。
「病院の名前がパナケイアに決まりました」
「『ミュリエル病院』でよかったのに、ミュリエルは仁愛の象徴みたいなものだからね。今じゃあ、海を超えた遠い異国の人たちだって、ミュリエルの名前を知らない人なんていないんじゃないかな」
「病院とは、医学大学に併設された裕福な人しか利用できない大学病院や、軍に所属している兵士しか利用できない兵隊病院のことでした。これは世界初の一般庶民のための病院です。ましてや、国名を冠した病院に、自分の名前がつくなど、恐れ多いことです」
「大きな手柄を立てたんだから、少しくらい鼻を高くしていいと思うけどな。ミュリエルは、大勢の命を救ったようなものなんだからさ」
「大勢の命を救ったのは、シスターの皆さんやアタナーズ商会の皆さん、ボランティアをしてくれた人たちです。私はただ新薬を作っただけです」
「謙虚だな。その謙虚さの欠片でもアンドレ王子にあるといいんだけどな。俺に対する態度が酷すぎると思わない?」
「フィンさんも、人のことを言えないではないですか、なぜ、お2人は仲が悪いのですか?」
その原因であるミュリエル自身が気がついていなければ、フィンとアンドレの敵対は無意味なのではないだろうかと思い、フィンはただ、ため息をつくしかなかった。
そのフィンの様子に、ミュリエルが首を傾げていると、ミュリエルが頼んだおつかいから、鳥たちが帰ってきた。
「ねえ、ミュリエル、この6ヶ月の間に、俺とミュリエルは打ち解けあったよね。もう仲間だと思うんだ。そろそろ、その鳥たちや鼠たちのことを教えてくれてもいいんじゃないかな」
「……それは」
ミュリエルが躊躇しているとモーリスが助言した。
「教えていいと思うぞ。フィンは賢いし、何より貴族だ。万が一の事が起きても自力でなんとか出来るだけの度胸もある」
「世間で噂になっているZEROと関係があったりする?ZEROは青年だって言われてるけど、あれほどの薬を作れるのは、ミュリエルくらいだよね」フィンが訊いた。
モーリスの言う通りだと思い、ミュリエルはフィンに打ち明ける決心をした。「——そうです。ZEROは私です」
「ミュリエルの魔力量は桁違いに多い。ミュリエルは大魔術師なんだろう?魔法も使えるの?」
「はい、大魔術師なんだと思います。魔法はカルヴァン家の図書室で見つけた魔術書を読んで覚えました」
「ZEROのポーションは違法じゃないんだろう?なのに名前を変えてるってことは、知られたくないってことだよね」
「先程フィンさんが言ったように、あれほど効果の高い薬を作れるのは私だけです。名前を変えた意味が、あまり無くなってしまいましたが、父であるロベール・カルヴァン侯に知られたくなかったからです」
「利用されるから?」
「それもありますが、最大の理由はカルヴァン侯を告発するためです」
フィンは眉間に皺を寄せた。「告発?穏やかじゃないな。父親がどんな罪を犯していると思っているんだ?」
「カルヴァン侯は密輸に関わっています。密輸品はアヘン、麻薬です。そして、その収益を国に報告していません。更に、東方貿易会社には裏帳簿が存在します。その証拠を得るための買収金と、この事件に関与している貴族の弱みを握るために、ZEROの活動を始めました。鳥や鼠たちには、私の手足となり、情報を集めてきてもらっています」
「どのくらいのことが分かっているんだ?」
「裏帳簿の在処、裏金の隠し場所、金庫のダイヤルの番号までは分かりました」
「それだけ分かっているなら、捜査の対象になり得るし、起訴できる証拠だと思うけど、まだ国に報告していないのはどうして?」
「今あるだけでも制裁は加えられるでしょう。財産の没収と数年の服役もあり得ます。ですが、彼が最も隠したいのは密輸船です。徹底的に隠しています」
「その密輸船に、何かとんでもない秘密があると、ミュリエルはそれを暴きたいんだね」
「はい、全ての罪を白日の下に
「なるほど、どんなに優秀な弁護団を引き連れていても言い逃れできないように追い詰めるんだね。でも、そうなると事の次第によっては、死刑もあり得るけど、ミュリエルはそれでいいの?俺のこの手で首を絞めてやりたいくらいのクソ野郎だけど、ミュリエルにとっては実の父親だ。後悔はしない?」
「——私の母オリヴィアは、カルヴァン侯に殺されました。病気で亡くなったと言われていますが、私の乳母が、真実を教えてくれました。カルヴァン侯は長期間、母に毒を与え、まるで病に侵されているように見せかけ、殺したのだと。乳母はそれに加担したそうです。私にその話をしてくれた翌日、乳母は死体で発見されました。たとえ命令されてやったことだとしても、人1人の命を奪ってしまった事実に、耐えられなかったのでしょう。自殺でした。これは、母と乳母の死に対する復讐です」
一筋の涙を流したミュリエルの頬に、フィンは手を触れ、そっと涙を拭いた。
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