第48話「戦慄の登校日③」
クラスに戻ってからは、文字にするほどでもないくらいに酷くさっぱりとしていた。
まず当然だが僕が教室の扉を開けた途端に、クラスメイトたちが一斉に僕のことをまるで異物だと言わんばかりに注目する。
まだいたんだ。
もう帰ったのかと思った。
そんな心の幻聴が聞こえてくる。
実際に思っているかどうかはわからないけれど。
まあ、一人くらいはそう思っている奴がいても不思議ではない。
東たち4人は相変わらず僕のことを目の敵にしていた。
ギロリと僕を睨んでくるが、それだけで特に何もしてこない。
女性陣なんかはむすーっとした表情を浮かべたまま席に座っている。
てっきり拳の一発はもらう腹積もりでいたのに、少し拍子抜けだ。
まあ、何事も平和が一番だけれど。
自分の席に座ったのと同時に、担任が教室に入ってきて、慌ただしい様子で「今日提出する課題を回収する」とだけ言って、またすぐにどこかへ行ってしまった。
指示はそれだけだったので、僕たちは教卓と前列生徒の机に課題をそれぞれ並べていく。
本来ならこの後ホームルームでも始めるつもりだったらしいけれど、学年団が件の事件でてんやわんやしているので、別の先生が軽く話をして、今日はここで解散となった。
皆、詩乃のことなどどうでもいいくらいに日常に帰っていく。
それは東たちも同じで、最後まで僕のことを睨んでいたけれど、それきりだった。
さて、残った課題なのだが。
数教科分なので、クラスの人数40人分となると、それはそれはものすごい量だった。
これを学級委員長と副委員長だけで運ぶのはさすがに不可能なので、僕も運ぶ、と言って2人と一緒に職員室に向かった。
別に善意でやったわけではない。
職員室を通るときに生徒指導室があるので、あわよくば詩乃がどうなったのかわかるかな、という欲望が顕現した結果である。
「ありがとう村山くん。助かるよ」
委員長の
真面目で人当たりがいいところは詩乃と一緒だ。
しかし気が弱く、少々流されやすいところもある。
実際この委員長という役割も、クラスの総意に流されて決まったものだし。
そして委員長の隣でコクリと小さく頷いてい副委員長の
彼は無口で滅多に喋ることはない。
彼もまたお押し付けられて副委員長という役柄をやっている。
「別に。このくらい普通だよ」
「ううん、村山くんのおかげで思ったより早く片付きそう。ありがとう」
ニコッと彼女が微笑む。
他人から褒められることに慣れていないので、少し照れ臭い。
そもそも須藤や藤堂、そして詩乃以外と話すことも滅多になかったから、不思議と東たちと対峙するときよりも緊張していた。
ところでなんだけど、と委員長は続ける。
「村山くんって、片桐さんとお付き合いしているの?」
急な質問に、僕の足がピタリと止まる。
突拍子もないことだったので、放心して手に持っていた課題の問題集がバラバラと落とした。
慌てるのは副委員長だけで、僕は直立不動することしかできず、委員長は赤縁の眼鏡を光らせて僕のことをじっと見つめてくる。
無言で見つめられるものだから少し恐怖すら感じた。
「……してないよ?」
「本当? さっき教室で東くんたちから片桐さんがいろいろ言われて、すかさず反抗しようとしたじゃない。あれって、やっぱり片桐さんのことを大事に思ってるからじゃないの?」
「大事には思ってる。けど、付き合ってる……のとはちょっと違うと思う」
「なら、親友以上恋人未満って感じ? いいねいいね。で、村山くんは片桐さんのこと好きなの?」
ずいずいと彼女は僕に歩み寄る。
いつものおとなしい委員長はどこに行ったんだ。
助けてくれ、と僕は課題を拾っている副委員長に懇願の眼差しを送った。
しかし彼は申し訳なさそうな顔を浮かべて目を瞑る。
「い、委員長は恋愛のことになると我を忘れちゃうんだ……」
小さい声で補足が入った。
マジか、と落胆の息が漏れる。
「で、いつ付き合うの? 向こうにその気はあるの? そもそも、2人の馴れ初めってどこ? ねえ教えてくれない?」
「ちょ、ストップストップ! まずは僕が落とした課題を拾うのを手伝ってくれないかな」
「え? ……ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎて自分を見失ってた」
委員長は顔を真っ赤にして、僕が落とした問題集を拾い集める。
僕も拾い集め、なんとか職員室に運ぶことができた。
しかしまだいくつか課題の束が残っている。
はあ、と溜息をつきながら、僕は再び教室に戻った。
「それで、村山くんは片桐さんのこと、好きなの?」
「なんでそう思うわけ?」
「そりゃ、あんな態度取られちゃ誰だってそう思うよ。それに、さっき生徒指導室のところチラチラ見てたでしょ」
教室に戻り、残りの課題を抱えていたところ、再び委員長に問われた。
観察眼が鋭い。
確かに気づかれないように生徒指導室の方を何度か見ていた。
けれど別に隠しているつもりもなかったし、だからどうした、という感じだ。
「で、どうなの?」
僕はしばらく沈黙し、適切な回答を探した。
だって、詩乃に対する感情は、単純な「好き」で片付けてしまってはいけないと思ったから。
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