第44話「友人たち②」

 こんな会話を続けていても仕方がないので、僕たちは勉強を始めることにした。

 と言っても夏休み後半にもなると、もう課題のほとんどは終わってしまっていて、皆それぞれ用意した参考書を解き進める……かと思われたのだが、実際のところみんな無駄口を叩きながら自由な時間を過ごしていた。

 とどのつまり、集まる口実が欲しかっただけなのだろう。


「勉強、しないの?」

「別にいいじゃねえか。まだ高1なんだし」

「今の時期から勉強勉強って追われるのもねえ。遊べるときに遊んでいたい」


 須藤と藤堂さんは勉強しなくても点数が取れるタイプの人間だから、軽々しくそういうことが言える。

 しかし僕はちゃんと勉強しないとしなかった分だけ点数が落ちてしまうから、毎日の積み重ねをしなければならない。

 もっとも、今まで母さんに強制されて毎日やっていたから実際のところどうなのかはわからないけれど、体育の授業でそういうことを実感しているので、多分勉強もそうなんだと思っている。


 家主である詩乃は「いいじゃありませんか」と穏やかな様子で僕たちにお茶を渡していった。

 彼女も勉強しなくても何とかなるタイプの人間だから、余裕をかましているのだろう。


 はあ、と僕はため息を漏らした。


「そんなに落ち込まないでください。勉強でわからないことがあったら、いつでも相談に乗ってくださいね」

「うん、その言葉に甘えるとするよ」


 じーっと、藤堂さんが詩乃のことを眺めていた。

 僕とのやりとりがあまり気に食わなかっただろうか?

 でも君たちだって同じようなことをしょっちゅうやっているのだから、おあいこだと思うのだけど。


「しーちゃん、学校本当に辞めちゃうの?」


 藤堂さんの言葉で、一気に空気が重たくなった。

 僕だって、それを考えなかったわけではない。

 けれど、それは詩乃が決めることだし、僕たちがとやかく口出しするべきではないと思っていた。


 今までの楽しかった空気が一気にお通夜みたいになる。

 おい、と須藤は藤堂さんに少し苛立ちが込められた声をかけた。


 しかし、当の本人はまったく気にしていない様子で微笑んでいた。


「わかりません。辞めろと言われれば辞めますし、そうでなければ残るかもしれません。学校に居場所はないかもしれませんが、こんな私を受け入れてくれる居場所ならもうありますから」


 そう言って詩乃は僕の方を見た。

 やっぱりそういうことになるのか、と僕は肩をすくめて笑った。

 別に頼られていると実感しているからいいのだけれど。


 何にせよ、その時になってみないとわからない、ということだ。


「あ、アタシたちもいるからね?」

「はい。精一杯頼らせていただきますね」


 詩乃は藤堂さんたちにもニコッと微笑んだ。

 計算でやっているのか、それとも素なのか、わからない。

 もしこれが何の打算もなくやっているのだとしたら、間違いなく彼女は魔性の女であると言える。


 ぐううう、と腹の虫が聞こえた。

 僕じゃない。

 一番食べてそうな須藤の方にも目を向けたが、彼はブンブンと首を振って否定する。

 なら誰が……と僕は詩乃の方に目をやると、彼女は顔を真っ赤にして、少し下を向いていた。

 なるほど、彼女が犯人か。


「お腹、空いたの?」

「そうじゃないんですけど、生理現象で、その、すみません……」


 そうやって縮こまる詩乃を見て、僕たちは笑った。

 生理現象なら仕方ないし、僕もたまに起きるけれど、彼女みたいな高嶺の花でもそういうことってあるんだ、と親近感を覚える。


「なら少し早いけどお昼ご飯にしようか」

「そうですね。御馳走します」

「じゃあさ、みんなで一緒に作ろうよ!」


 藤堂さんの言葉に僕たちは賛同する。

 無論、詩乃も同じだった。


 僕たちはキッチンに向かい、詩乃は冷蔵庫を開けて食材を物色する。


「お昼ですしそうめんにしましょうか。本当はハンバーグのようなガッツリしたものを振る舞いたかったのですが、生憎ミンチ肉を切らしていまして」

「ならあの写真撮った4人とっ捕まえてミンチにすりゃいいじゃねえか」

「そんな野蛮な」


 どうやら須藤の血は騒いでいるらしい。

 まあ僕もあいつらにはいろいろ言いたいことはあるけれど、そこまではさすがに思っていない。

 ひょっとしたら次の登校日、須藤は東たちを殴るかもしれない。

 さすがに暴力事件は勘弁してほしいけれど。


「とにかく、昼食はそうめんにします。なのでやることと言えばそうめんを茹でることだけなんですよね。基本的に私トッピングはつけないんですけど……せっかくだし、作っちゃいましょうか。ついでに盛り合わせも」


 わーい、と子供のように藤堂さんははしゃいだ。

 何もそこまでテンションが上がることでもないだろう。


 詩乃は冷蔵庫からめんつゆ、そうめん、そしてトッピング用のキュウリ、卵、ハム、さらにはトマトまで持ってきた。


「そうめんにトマトって合うの?」

「合うと思いますよ。トマトの酸味がマッチするそうです。私は試したことないんですけどね」


 不味くはなさそうだが……未知だ。

 でもたまに流れてくる料理系の動画にも似たようなことが載ってあったから、多分そうなのだろう。

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