第43話「友人たち①」
いつも通り僕は図書館に自転車を走らせる。
今日は曇っていて日差しは弱かったけれど、相変わらずじめじめとしている。
開館の10分前に到着したが、片桐さんはいなかった。
普段ならこの時間には絶対いるのに、おかしい。
何か変なことに巻き込まれていなければいいが、と少し心配になって、僕はスマホを覗いた。
『ごめんなさい。祈里さんに相談したところ、今日は図書館ではなく私の家で勉強会をしようということになってしまって……連絡が遅くなってしまい申し訳ございません 』
なんだそれ、と少し肩を落とした。
せっかく久々にみんなに会えると意気込んで自転車を漕いできたのに。
けれど中止にならないだけよかったかもしれない。
こうなったのはおそらく片桐さんがまだクラスの中──いや、火種はもう学校全体まで行き渡っているだろう──で炎上している真っ最中だからだ。
たとえ何もしていない状態でも、片桐さんがそこにいるというだけで、恰好の餌食となってしまう。
連絡が遅すぎたことを除けば、英断だと僕は思った。
とりあえず片桐さんの家まで向かう。
一駅分くらいは自転車でも十分だ。
今日が曇りで本当によかった。
太陽が強ければ、炎天下の中を自転車で走ることになっていたから。
花火をした公園に自転車を停め、僕は彼女が待つマンションへと向かう。
部屋の前まで着き、少し呼吸を整えてから呼び鈴を鳴らす。
初めて訪れたのは一昨日だっけ。
まだ日も浅いから鮮明に覚えている。
「ごめんなさい。連絡が遅くなってしまって」
「ううん、大丈夫だよこのくらい」
ドアを開けた片桐さんは、開口一番謝罪の言葉と共に深々と頭を下げた。
部屋の奥から「おせーぞ」という須藤の声が聞こえる。
出発前にスマホを確認しなかった僕もいけないけれど、せめてもう少し早く──昨晩くらいにこの連絡をしていれば、こんなことにはならなかったのに。
とりあえず夏場の熱気を冷ましたかった。
僕は部屋に入り、玄関の扉を閉める。
最初に訪れた時と比べるともう緊張感なんてものはほとんどなくなっていた。
リビングには既に須藤と藤堂さんがいた。
おっつー、と藤堂さんは僕を視認すると小さく手を振る。
「ごめんねー。しーちゃんのこと考えたら、やっぱり図書館での勉強会は危険かなって思って」
「だとしても昨日のうちに連絡してほしかったな。大体なんで9時半にその連絡が来るんだ」
「それは、えっと……連絡するのを忘れたから?」
えへ、と藤堂さんは誤魔化すように決め顔を取るが、何も誤魔化せていない。
一丁前に舌をペロリと出していて、少しむかっ腹が立つ。
まあ、こんなところで揉めても仕方がないのでとっとと勉強会を始めることにしよう。
「片桐さん」
「はい、アウトです」
まだ何も言っていないのに、なぜかアウトが出た。
彼女はむすっとほほを膨らませ、僕を見つめる。
「な、何?」
「名前、忘れたんですか?」
「あ……」
母さんとのあれこれがあったからすっかり忘れていた。
確か、別れ際に彼女と約束したんだっけ。
今思い返すとなかなか恥ずかしいことをしたと自分でも思う。
今でも恥ずかしい。
「……ごめん、詩乃」
「よろしい」
ふふん、と満足げな表情を彼女は見せた。
そして、その様子を眺めていた須藤と藤堂さんは、ギラリと眼光を光らせる。
まるで新しいおもちゃを見つけた意地悪な子供のように。
「村山くーん。私たちがいない間にいったい何があったのかなあ?」
「よかったら俺たちにも教えてくれよぉ」
「断る」
思い返しただけで恥ずかしくて死にそうだ。
しかし2人は僕のことなんか気に留めず、あの日の出来事をしつこく掘り起こそうとする。
これ以上僕に恥ずかしい思いをさせるのはやめてくれ。
「名前呼びってことはさ、少しは進展したんだ」
「はい。そうかもしれません」
言葉を渋る僕に対して、詩乃の方はすぐに答えていた。
どうして恥じらいというものを感じないんだ。
僕はこんなにも恥ずかしくてたまらないのに。
やったじゃん、と藤堂さんははしゃいでいた。
自分のことではないのに、まるで自分のことのように、パチパチと手を叩く。
須藤も僕の方を見て、ニヤニヤと笑っていた。
「で、告ったの?」
「こ、告白とか、そんな……」
「告白……とは少し違うかもしれませんが、お互い約束したんです。何があっても一緒にいると」
詩乃からの追撃を食らい、とうとう僕は正気を保てなくなった。
プシューっと顔が熱くなり、机に顔を伏せる。
今は自分の顔を見られたくない。
彼女の言葉に、須藤も藤堂さんも言葉を失くしていた。
「それ、プロポーズじゃん」
「お前……見かけによらず大胆なんだな」
「うるさい。あの時の僕はどうかしてた」
「なら、あの言葉は全部嘘だったんですか?」
少しわざとらし口調で詩乃は驚いていた。
演技だとわかっていても、やっぱり胸が痛くなる。
「そんなわけ──!」
反射的に顔を上げ、彼女の方を見る。
不安そうな目を詩乃は僕に向けていたが、その化けの皮を一枚剥がせば、僕をからかって楽しんでいる彼女がいるに違いない。
癪だが、自分の気持ちに嘘はつきたくなかった。
「本当だよ。そばにいたいっていうのも、そばにいてほしいっていうのも」
「それを聞いて安心しました」
そう言って微笑む彼女の表情は、間違いなく本物だった。
まるで最初から「信頼していましたけど」と言わんばかりの安堵の表情だ。
須藤と藤堂さんは、またしても言葉を失っていた。
本当は僕だって2人の前でこんな恥ずかしいこと言いたくなかった。
けれどあんな風にされてしまったらしょうがないじゃないか。
僕は、とことん詩乃に弱いんだとこの時痛感した。
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