第45話「友人たち③」

 詩乃の指示で、僕たちに役割が割り振られた。

 僕が卵焼きを焼く担当で、藤堂さんが具材を切っていく担当、須藤がそうめんを茹でる担当となり、詩乃は付け合わせの何かを作る担当となった。


 IHコンロは豪華に3つもある。

 実質一人暮らしをしている彼女にとってみてすれば、少々無駄なのではと思ってしまうけれど、今回のように一度の食事でコンロを同時に使わなければならないこともあるだろうから、困らないことはないだろう。

 だから僕が卵焼きを作るのに一つ、須藤がそうめんを茹でるのに一つ使っても、もう一つ余るため、そのもう一つで詩乃はウインナーを焼いている。


「そうめんとウインナーか」

「たまには、こういう食事の組み合わせなんてまったく気にしない食事というのもどうかと思いまして」

「俺はアリだと思うぜ。だって美味いもんな」

「アタシもさんせーい!」


 包丁を片手に藤堂さんがはしゃぐ。

 彼女は少し危なっかしいところがあるから、いつ振り回すか心配だった。

 そういうところも配慮して配置を決めてほしかったのだけれど、決まったものは仕方ない。

 いざという時のストッパーは須藤に任せよう。


 卵焼きを巻くのは意外とコツがいるらしく、ズバリ少しずつ卵を投入することが、ふんわりとした食感を出せるようになるらしい。

 確かに一枚一枚の層が薄いから、仕上がった時に全体に卵が行き渡っているように感じる。


「まあ、今から千切りにするので関係ないんですけどね」


 身も蓋もないことを言う。

 けれど実際その通りで、少し冷ました後、出来上がった卵焼きを藤堂さんにパスする。

 いろいろと危なっかしい雰囲気はあったが、意外にも手慣れた様子で千切りにしていく。

 よく見るとキュウリやハムも綺麗に千切りにされていた。


「藤堂さんって、料理するの?」

「たまーにね。ていうか、そろそろアタシのこともさん付けで呼ぶの、やめてほしいんだけど」


 むすっと頬を膨らませながら、彼女は包丁を動かす。

 そういえば彼女のことはずっとさん付けをしていた。

 中学からの付き合いだし、須藤とはもう呼び捨ての関係になっているのに、どうして……まあ、単純に照れ臭かったのだと思う。

 それは今もあまり変わっていないけれど、詩乃のことを名前で呼んでいるのだから、それと比べたら幾分かハードルは低いだろう。


「えっと、藤堂……」

「うーん、できれば祈里の方でお願いしたかったんだけどなあ。まあいいや、許す」

「僕は何を許されたんだ?」


 まあまあ、と菜箸で鍋をかき混ぜながら笑った。

 あなたの彼女でしょ、なんとかしてよ、と言いたくなったけれど、やめた。


 することがなくなった僕は、少し早いが盛り付けの準備を始めた。

 食器棚から人数分の皿を用意し、テーブルの上に並べていく。


 藤堂も全て切り終わったようで、大皿に食材を乗せ、テーブルへと運ぶ。

 須藤もそうめんを茹で終わり、氷水の入ったボウルに移した。


「俺はあんまり料理やらねえから、味の保証はできねえぞ」

「最初から君に期待なんかしてないよ」

「なんだと?」

「まあまあ、落ち着いてよ2人とも」


 そんなやり取りをする僕たちを微笑ましく眺めながら、詩乃はトマトをカットしていく。

 かと思えば、めんつゆとツナ缶を冷蔵庫から取り出し、調味料と一緒に混ぜていく。

 無駄のない洗練された動きはもう達人の域に達しているだろう。


「えっと、僕たちは何をすればいいかな」

「そうですね。ウインナーも焼き終えたことですので、それをどこか小皿に移していただけたら幸いです」

「わかった」


 その指示を出し終えたと同時に詩乃は須藤が冷やしてくれたそうめんを水切りし、大皿に移す。

 そして先ほど混ぜていたものをかけ、完成だ。

 ごま油の匂いが食欲をそそる。


「まさかそうめんでごま油を使うとは思ってもいなかった」

「だねー。さ、ウインナーが冷めちゃわないうちに早く食べちゃお」


 僕たちは椅子に座り、それぞれそうめんを取り分けていった。

 彼女が作ってくれたそうめんだけで十分美味しそうだけれど、味編要員としてのキュウリたちだ。


「いただきます」


 声を揃え、手を合わせる。

 ずるずると、そうめんをすする音も一緒だった。


「美味しいね、これ」


 トマトの酸味がツナでまろやかに抑えられていて程よく美味しい。

 ごま油を投入した時は大丈夫かと疑問に思ったけれど、意外とトマトとツナの邪魔をしていない。

 脂っこくないし、食事も進む。


 味編の具材もよかった。

 特にキュウリとの相性はよく、さっぱりとした味わいを楽しむことができる。


「卵も美味いぞ。村山が焼いたとは思えねえ」

「どういう意味だ、それ」


 須藤の軽口に思わず反応した。

 僕の腕が悪くないのは母さんで既に実証済みだ。

 まあ、母さんの舌だから詩乃たちの前ではあまり胸を張れないけれど。


「ちゃんと美味しいですよ。普通に卵焼きとして食べてみたいくらいです」


 すかさず詩乃は僕のフォローに回ってくれた。

 そういうことを言ってくれるなら、今後機会があればぜひ作ってあげたい。

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