第35話「だから愛して⑤」

 ハグを解いた僕たちは、もう一度メッセージを確認した。

 やっぱりまだお祭り状態になっている。

 おそらく彼女の個人メッセージ宛てにも同様の言葉が投げられていることだろう。


 僕のところにも須藤や藤堂さんから同様のメッセージが届いていた。

 丁度いい、彼女がちゃんと愛されている証拠を証明してやる。


 僕は須藤に電話をかけた。


「今時間いいかな」

『それよりお前、グループ見たか? 片桐のことなんだけど』

「それについていろいろ話したいことがあるんだ。今から来てもらえるかな。もちろん藤堂さんも一緒に。場所は──」


 須藤からの返事も聞かず、僕は近くの公園の場所を一方的に伝え、電話を切った。

 駅からここに来る途中で、小さい公園があったことは確認済みだ。


 電話を切った僕を、きょとんとした目で片桐さんは見つめる。


「あの、今から須藤くんたちを呼んでどうするつもりですか? まさか、私を尋問する気じゃ」

「そんなつもりないよ。向こうにその気がなければね。ただ、みんなで花火したいなって思って」

「花火、ですか?」

「そ。僕と一緒にいろんなところに行きたかったんでしょ? その代わりと言っちゃなんだけど、公園で花火くらいならできるかなって思って。どうせならみんな一緒の方が楽しそうだし」


 呑気だということは自分でも思っている。

 だけど今は、片桐さんに笑ってほしかった。

 おそらく、須藤たちも僕と同じ立場なら、同じことを考ええるだろう。

 きっと花火をする、なんていう悠長な発想は出ないだろうけれど。


 のんびりと構えているから、僕はここでようやく母さんからのメッセージに気が付いた。

 鬼電に次ぐ鬼電。

 そして「今すぐ帰ってきなさい」という言葉の連投。

 きっと帰ったら雷鳴が轟いて、一生家から出してもらえないだろう。

 母さんの説得には骨が折れそうだ、と小さな溜息をついて、僕は片桐さんに声をかけた。


「ほら、早くしないと。須藤たち待ってるかも」

「そんな、いきなり……ちょっと待ってください。着替えてきます」


 片桐さんはリビングを飛び出し、とある一室へと籠った。

 おそらくここが彼女の部屋なのだろう。

 ドタドタと騒がしい音が聞こえてくる。


 およそ10分が過ぎただろうか。

 ゆっくりと、彼女の部屋の扉が開いた。


「お待たせしました……」


 片桐さんの恰好は、黒のラフな長ズボンに、無地の白シャツという簡単な格好だった。

 部屋着だと言われてもおそらく誰も異論は出てこない。

 人に見せるような恰好ではないと思うけれど、さっきまで着ていた服装よりはよっぽどマシだ。


「じゃあ、行こうか」

「ちょっと待ってください。あの、その……まだ身体がふわふわと浮いているような感じがして……お手数ですが手を握っていただけませんか?」

「構わないよ」


 僕は迷いもなく彼女の手を握る。

 やっぱり片桐さんの手は小さくて、そして柔らかかった。

 手を握るだけで心が温かくなる。

 ずっと、手を繋いでいたい。

 そんな言葉、言えるはずもなかった。


 エレベーターで下に降り、公園に向かう。

 夜中でもまだ蒸し暑い。

 鈴虫の音で幾分か暑さが軽減されているけれど、じめっとした熱気が消えることなどなかった。


 途中でコンビニに寄ったけれど、花火は置いていなかった。

 当然ながら片桐さんの家にないのは確認済みだ。

 この辺だとスーパーに置いてありそうだが、ここからだと徒歩10分はかかる。

 

『ごめん、今手元に花火あるか?』

『あるわけないだろ』


 須藤からの返事もえらく冷たかった。

 やはり急に招集されたことに腹立てているのだろうか。

 とはいえ、これで僕たちがスーパーに行くことは確定した。


「本当に、花火、するんですか?」

「うん。ただミーティングしてもつまらないでしょ?」


 本当はただ僕が花火をやってみたかった、というのが強い。

 幼少期にやった記憶なんてない。

 彼女のため、を言っておきながら、本当は僕だって花火で遊びたいのだ。


 とりあえず適当に安いものを購入し、公園のある場所に戻る。

 その間、耳には鈴虫の声と車が通りすぎる音しか届いてこなかった。


「大丈夫?」

「はい。大丈夫ですよ」


 片桐さんはそう返事したけれど、やはり表情は沈んでいる。


 公園に到着した僕たちは、手を繋いだまま須藤たちが来るのを待った。

 電車の本数は少ないから、もしも乗り過ごしてしまったら、到着が30分単位でズレることになる。


「その、まだ不安なんです。どういう目を向けられるのかが怖くて。須藤くんや藤堂さんは、私のことを軽蔑などしていないでしょうか」

「するもんか。僕の友達だ。保証するよ」


 それに、自分の境遇を話してくれたら、きっと「大変だったね」と寄り添ってくれるだろう。

 普段はいい加減だけど、誰かが困っていると見過ごせない。

 それが須藤だ。

 もちろんそれは藤堂さんも同じである。


 最初の連絡からおよそ30分、ようやく須藤たちが公園に到着した。

 少々苛立っている表情があったけれど、それは片桐さんではなく、僕に対してだというのは一発でわかる。


「お前、急すぎるんだよ」

「ごめんごめん」


 須藤には背中を何発か叩かれたけれど、それだけで済んで本当によかった。

 藤堂さんは片桐さんに心配の声をかける。

 とにかく、これで役者は全員揃ったというわけだ。

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