第36話「だから愛して⑥」
夜の公園で、僕たちは花火を始めた。
立て看板には花火禁止の文字はなかったから、大丈夫だとは思う。
保証はできないけれど。
ろうそくに火をつけ、各々花火を手に取る。
赤や黄色、緑など、いろんな炎が僕たちの手から放たれる。
化学の授業で炎色反応というものを習ったから、そういう知識が脳裏にチラつくのが何とも言えないけれど。
「まさか2人とも、本当に来てくれるとは思いませんでした」
いつもよりも落ち着いたトーンで片桐さんは語る。
落ち着いた、というより元気がないと称するのが近いだろう。
「そりゃ来るよ。しーちゃんのことすごく心配だったもん。あれ、全部嘘だよね?」
「片桐。無理に話せとは言わない。だけど話せることは、できる限り話してほしい」
「そうですね。全て、お話します」
心配する藤堂さんと須藤に対し、片桐さんは文字通り全て話した。
自身の家庭環境、それ故の軽率な行動。
そして今日、クラスメイトに遭遇したことまで事細かに説明する。
彼女の話を聞き終えた2人は、片桐さんを責め立てるようなことはしなかった。
「そっか。お前にもいろいろ事情があったんだな」
「でも、パパ活はよくないよ。危ないし。それに、ほら……エッチなこととかしてるんでしょ?」
「そうですね。しちゃってます」
顔を赤らめる藤堂さんに対し、片桐さんは惜しげもなく答えた。
この辺りでもう2人の間に相当な価値観の違いが見受けられる。
普段はいい加減なことしか言わない須藤も、さすがに片桐さんにドン引きしているようだ。
「すごいな、お前……」
「そんなことないです。爛れているだけですから」
自嘲気味に片桐さんは答える。
僕たちは何も反応することができなかった。
淡々と、花火が消費されていく。
火をつけるろうそくとライターもそうだけど、火を消すバケツも売っていてよかった。
これらがなければ花火本体はあっても花火ができないから。
「それで、しーちゃんはこれからどうするつもりなの?」
既に線香花火に手を出した藤堂さんが尋ねる。
「どうしましょうか。もう学校にも居場所なんてありませんし、いっそのこと辞めてしまいましょうか」
「そんなのダメだよ! しーちゃんがいない学校なんて、楽しくないよ」
藤堂さんが叫んだ勢いで、手に持っていた線香花火の提灯が地面に落ちた。
あ、と目線を下にした彼女は、しばらく沈黙した後、仕切り直したかのように立ち上がる。
「……とにかくさ、アタシは片桐さんに残ってほしい。それでさ、一緒に文化祭とか修学旅行とか楽しみたいんだ」
「そうですね。そんなイベントもありますね。でも、もういいんです。私には、周囲の目に耐えられる自信がありません」
「そんなの、黙らせえちゃえばいいんだよ。えっと……今からそいつらのところ乗り込んで、現場を押さえるとか、ホテルから出てくるところを写真に撮って脅すとかさ、いろいろ懲らしめる方法はあると思うんだ」
「僕は賛成できないな。証拠を突き付けたところで東たちは否定しないだろうし、逆に「なんでお前たちがこれを撮ったんだ」って追及される。それに、そんなことをしたらあいつらと同類になってしまうから」
藤堂さんの言葉を僕は否定した。
そのタイミングで持っていた花火が終わったので、水入りバケツに終わった花火をぶち込んだ。
ジュッと短い音が印象的に残る。
「俺も、村山と同じ意見だな。復讐なんてみっともない」
「じゃあ、このままやられっぱなしでいろっていうの?」
誰も答えることはできなかった。
もういいんです、と片桐さんが付け足す。
「高校を中退しても人生が詰みになるわけではありません。まあ、普通に卒業するよりもはるかに大変ではありますけれど……」
「それを、お父さんは許してくれるの?」
「しないでしょうね。おそらく勘当されます。それも覚悟の上です」
ふふ、と優しい微笑を片桐さんは僕たちに向けた。
そんな笑顔をされてしまったら、何も言い返せなくなってしまう。
もう僕たちが何かを言ったところで、彼女の決心は変わらない。
「それに、私には須藤くんや藤堂さん、もちろん村山くんという友達がいますから、平気です」
「なら、いいんだけど……」
片桐さんは線香花火を手に持ち、火をつける。
パチパチと火花が散るその様子はとても儚げで、まるで今の彼女そのものだ。
少しでも片桐さんに元気になってほしくて企画した花火だけど、逆に僕たちの元気がなくなってしまった。
それでも片桐さんは楽しそうだから、それはそれでいいのかな、と思ってしまうけれど。
片桐さんが学校からいなくなる。
クラスの中心人物だった彼女がいなくなることなんて想像もつかない。
だけどあんなところを目撃されて、それを拡散されてしまったら、やっぱり居づらくなってしまうのだろう。
学校をやめる、と最初に出てきたときは考え直してほしいと思ったけれど、冷静になってみればそれも一つの手段かもしれないと思考が変わった。
クラスメイトからは奇異の目で見られ、今まで築き上げた信用は全て壊れ、最悪例の件をネタに強請られることだってあるだろう。
そうなってしまうくらいなら、自ら去るというのも選択肢のような気がしてきた。
だとしても僕は、変わらずに片桐さんを守っていきたい。
線香花火を手に僕はそう誓った。
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