第31話「だから愛して①」
お盆の時期になり、僕は母さんの実家に戻っていた。
田舎の空気は綺麗で美味しい、なんて言うけれど、僕が住んでいる場所とそこまで離れていないため、違いなんてわからない。
まあ、山に囲まれていて、普段よりも自然はより身近に感じられるけれど。
ここでの母さんはいつもと別人だった。
明るく周囲に振る舞い、いつもの陰鬱とした雰囲気は微塵も感じられない。
親戚が集まっているから、普通を演じているのだろうか。
家族に対してそんなもの隠さなければならないのなら、普段から僕にもそういう対応をしてほしいと思ってしまう。
そういえば地元では花火大会があるみたいだ。
離れているが、ドーン、という音が小さく縁側から聞こえてくる。
隣町にはなるけれど、意外と会場は近くでやっているみたいだ。
親戚一同がガヤガヤとすき焼きをつつきながら酒を酌み交わしている間、僕は縁側で何気なしにスマホを眺めていた。
すると、ピコン、と通知が入る。
須藤からだった。
『花火大会なう』
その言葉と共に、須藤は藤堂さんとの自撮りツーショット写真を送りつけてきた。
色は違うけれど、お揃いの浴衣だ。
許嫁だからそういう風になるのだろうか。
それとも2人のチョイスなのだろうか。
よくわからないけれど、2人が幸せそうなことに変わりはない。
本当に、須藤たちを見ていると羨ましくなってしまう。
こうやって純粋に誰かのことを愛することができるなんて。
僕には、一生できそうにないから。
『お前も来ればよかったのに』
またメッセージが届いた。
できることならそうしていたさ。
だけど、それを母さんが許してはくれない。
仮に歯向かったとして、その後が怖い……というか面倒だ。
面倒ごとはできることなら避けていきたい。
このくらいなら、我慢できるから。
それにそもそも外出はあまり好きじゃない。
だけど……そうだな、片桐さんと一緒だったら、苦じゃないかもしれない。
『2人で楽しんできなよ。せっかくのデートなんだし、2人で楽しんできて』
そう返信して間もなく、また須藤からのメッセージだ。
今度は藤堂さんからもメッセージが届いていた。
『悪いな。そうする。お前も次は片桐と一緒に来い』
『来年はしーちゃんも一緒だといいね』
どうして片桐さんが……と思ったけれど、ついさっきまで僕も片桐さんのことを考えていた。
最近、ふと片桐さんのことについて考えることが多くなった。
きっと彼女が僕によく絡んでくるようになったからだと思うけれど。
あんなに鬱陶しかった彼女のからかいも、今となっては可愛いものだ。
慣れというのは恐ろしい。
クスリと笑って、僕は須藤に返事を返した。
どうせ一緒だろうから、藤堂さんには返信をしない。
『そうだね。機会があれば、そうしたいかも』
送信したタイミングで、祖母が僕の後ろに立つ。
おっとりとした笑みが特徴的で、滅多に怒ることはない優しいおばあちゃんだ。
そんな祖母からどうして母さんのような人が産まれてしまったのだろう。
祖母は僕に微笑みかけながら近づいてくる。
「もう食べないのかい? まだいっぱい残ってるけど」
「ああ、うん。さっきまでお腹いっぱいだったけど、ちょっと小腹空いちゃった。また食べるよ」
「そうかい。いっぱいお食べ」
これが愛情というものだろうか。
今までは深く考えなかったけれど、母さんが僕に向けるものより何倍も温かい。
居間に戻ると、出来上がってる親父軍団がすき焼きの鍋を取り囲んでいた。
祖父と、母さんのお兄さんと、母さんの弟さん、いわゆる叔父たちがビールジョッキ片手で賑やかに騒いでいる。
そんな様子を見てそれぞれの奥さんたちやその子供たちが半ば呆れた目を向けながら、こちらもこちらでお話に花を咲かせていた。
母さんも主婦組の仲間に入っていたけれど、どこか哀し気なオーラを纏っているように見える。
それは自分の旦那が楽しそうに酒を酌み交わす彼らのところにいないからだろう。
すき焼きの中にはまだたくさんの具材が入っていた。
だけど当然というべきなのか、肉類はほとんどなく、概ね野菜や豆腐で埋め尽くされていた。
小皿に豆腐を移し、今から食べようかというところで、また僕のスマホが鳴った。
いつもはこういう通知音にうるさい母さんだけど、こういう場だから冷たい目を向けてくることはなかった。
しかしいつもの癖で背筋がピンと伸びてしまい、隠れるようにスマホを確認する。
相手は片桐さんだった。
メッセージは、たった一言だけ。
助けて、と。
どういう意図で送られてきたのかわからない。
もしかしたらいつもの茶目っ気のあるからかいの一環という可能性だってある。
だとしても、こんな内容を送る理由にはならないだろう。
僕をからかいたいのなら、「妊娠しました」くらいの冗談を言ってくるはずだ。
胸騒ぎがした。
何かまずいことになっているのではないか?
そんな気がしてならなかった。
箸を置いて、僕はすぐに玄関へと向かった。
当然親戚一同は目を丸くしていたけれど、そんなことはどうでもいい。
一番驚いていたのは母さんだった。
靴を履く僕の腕を強く引っ張る。
「どこ行くの、こんな時間に」
いつもなら「ごめん」と謝って母さんの言う通りに従っていただろう。
しかし今日に限って、僕の身体は母さんを拒絶した。
母さんの手を振り払い、靴を履いて玄関を飛び出す。
「待ちなさい! 何考えているの! こんな時間に出歩こうだなんて!」
「うるさい! 家出だ! もう僕のことなんか放っておいてくれ!」
それだけ言い放ち、追いかけようとする母さんを振り切る形で僕はこの家を飛び出した。
多分これが、初めて訪れた反抗期の瞬間だと思う。
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