第30話「コイバナ②」

「じゃあ、まず君から言い出すべきなんじゃないか」


 僕に振るより片桐さんが語るのが先だと思う。

 それもそうですね、と片桐さんは僕に微笑んでみせた。


「私を愛してくれる人が好きですね」

「そりゃあまあ、そうだけど、何かないの? 身長が高い人とか、顔が整ってる人とか」

「うーん、そういうので判断してませんから」

「じゃあ、優しい人とか、頼りになる人とか、そういう内面的なところで見てるの?」

「どうでしょう。実はあまりよくわかっていなくて」


 コケてしまいそうになった。

 言い出しっぺがこれでは話にならない。

 はあ、と溜息をつき、僕は片桐さんをじーっと眺めた。


「なら訊き方を変える。どういう人と付き合いたい?」

「どういう人、ですか……いろんな人とお付き合いしてきましたから、一概にこう、とは言い切れないですね」

「君のは、お付き合いとは言わないんじゃないかな」


 あんな爛れた関係をお付き合いなんて認めてたまるか。

 果たして片桐さんにちゃんとしたお付き合いができるのか、少々疑問だ。


 彼女はうーんと首を傾げ、十数秒の間沈黙を貫く。


「一緒にいて落ち着く人、とても安心できる人、ですかね」

「そういう人は今までいたの?」

「いいえ、いませんでした。優しい人、テクが上手い人はたくさんいましたけど、一緒に行って心が安らぐ人はいませんでしたね」


 あ、と片桐さんは何かを思い出したように言葉を発する。


「誰かいたの?」

「ええ。たった1人だけ」


 それは少し興味があるな、なんて思いながらコップのお茶を飲んでいると、彼女は僕をじーっと見つめていた。

 あまりにも視線が痛いので、目を逸らしたくなる。


「……何?」

「いえ、あなたなんですよ?」

「何が?」

「私が、一番心が安らぐ相手」


 どうして、と疑問に思ったが、なんとなくその理由がわかってしまった。

 彼女は両親から愛されてないという僕との共通点を持っている。

 そして、片桐さんはその寂しさを埋め合わせるべく爛れた交友関係を広めているのだが、その裏側の顔は絶対に学校の人たちにバレてはいけない。

 しかし僕が知ってしまったことで、僕を「理解者」というポジションに位置付けさせることで居心地を守っているのだろう。


 多分これだ。

 確証はない。

 だけどそんな気がする。


 だから特に嬉しくはなかった。

 けれど、片桐さんは「どうだ、参ったか」と言わんばかりにフフンとどや顔を送ってみせた。

 どうしてそう自慢げなんだ、という疑問に関してはわからない。


「あまり驚かないんですね」

「むしろ知らない名前が出てこなくて少しホッとしてるよ」

「おや、随分と自信おありだったんですね」

「いや、そういうわけじゃないけどさ……」


 だけど話の流れ的にはそういうことになるのだろう。

 やってしまった、と後悔した時はもう既に遅い。

 時間差で恥ずかしさがやってきた。


「違うんだよ。そういうつもりで言ったわけじゃ……」

「では、どういうことなんでしょう。詳しく教えてもらいましょうか」


 ずい、ずい、と彼女は身を乗り出して僕に質問してくる。

 こういう時の片桐さんは本当に容赦がない。


 許してくれ、と心の中で思いながら僕は彼女から目を逸らした。

 それを片桐さんが許すはずがない。


「答えてくれないのなら、村山くんの好きなタイプでも教えてもらいましょうか。あ、もちろん好きな子でも構いませんよ?」

「そういう子いないの、君も知っているでしょう?」


 わかっているからあえてこんな質問をしたんだ。

 答えられないから、求めている問いに回答することしかできない。


 だったら乗ってやる。

 こうなってしまったらヤケだ。


 コップをテーブルに置き、じっと片桐さんを見つめた。


「好きなタイプくらいなら教えてもいい」

「そうですか。気になりますね。どういう子が好きなんですか?」

「好き、とかじゃないけど、僕に寄り添ってくれる人とは仲良くなりたいかも」


 そう言った直後に、「君以外なら誰でも」というジョークをどうして言えなかったんだと少し後悔した。

 散々からかわれたのだから、からかい返してもよかったのに、それができなかった。

 根本的に僕は誰かを陥れようとすることができないみたいだ。


 へえ、と片桐さんはニヤリと笑う。

 また強請られるネタができてしまった。

 正確にはこれで初めてだ。

 僕がホテル街に入ってしまったのは事故だから、どうとでも弁解できるけれど、これに関しては完全に僕のやらかしだから、何も文句は言えない。


「そういう人が好みなんですね」

「少なくとも君みたいな人じゃなければいいよ」

「ひどい。私だって、相手の気持ちに寄り添えることくらいできますよ?」

「ならこれ以上僕を弄るのをやめてくれないかな」

「それはできません。なぜなら私が楽しくないから」


 鬼か、と叫びたくなった。

 もはや生き地獄に近い。

 おかげで気持ちは勉強どころではなくなってしまった。


 片桐さんと一緒に勉強を始めてから、確かにわからないところは減っていったし、課題を進めるスピードも速くなっていった。

 しかしそれと同時にこんな風にからかわれることも多くなった。

 これは、感謝するべきなのか嫌悪するべきなのかどちらなのだろうか。

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