第29話「コイバナ①」
翌日も、その翌日も片桐さんは家にやってきた。
どうして僕に拘るのか、やっぱりわからない。
多分、理由なんてないんだと思う。
あの時、僕が片桐さんを目撃してしまったから。
僕が、片桐さんの秘密を知ってしまったから。
それ以上に深い理由なんて存在しない。
きっと、出会ったのが僕でなくても、彼女は同じことをする。
そう思いながら僕は今まで片桐さんと接してきた。
とはいえ、たったそれだけのことで、家に押しかけたりするだろうか?
「君は、僕のことをどれくらい好きなの?」
昼食を食べながら、僕は片桐さんに尋ねてみた。
片桐さんの今日のランチはサンドウィッチで、曰く「今日は作る時間がなかったから簡単なものにした」そうだ。
そんな片桐さんは、サンドウィッチを咥えながら、きょとんとした目を僕に向ける。
「どうしたんですかいきなり。まさか、私に気があるんですか?」
「そういうのじゃなくて。ほら、あの日から君は毎日僕と会ってるじゃないか。もしあの場所で偶然出会わなければ、僕たちは夏休み中はお互い顔を合わせることなんてなかったんだろうなって」
「そうかもしれませんね」
クスリと微笑みながら、彼女はサンドウィッチを再び頬張る。
「放っておけないんです、なんとなく。それはきっと、あなたも同じはずでしょう?」
「まあ、否定はしない」
実際彼女の言う通りだった。
僕はなんとなくだけど、片桐さんのことが気になっている。
それは、きっと境遇に共通点があるからだろう。
親からちゃんとした愛情を注がれていない僕たちは、それだけでシンパシーを感じ取ってしまった。
たったそれだけのこと。
それなのにどうしてか居心地は悪くない。
似たもの同士だからだろうか?
「それで、村山くんは私のことどう思ってるんですか?」
「それは……いい友人だとは思っているよ」
「本当にそれだけですか? これだけ一緒にいるのに」
「まあ、彼女にしたいかと問われたら、答えられないな」
むう、と片桐さんは口を尖らせ、むすっとした表情のままサンドウィッチを頬張った。
タマゴとハムとレタスを挟んだそれは見ているだけで美味しそうだ。
「じゃあ、あなたの質問にも答えてあげませーん」
「いいよ。別にすごく知りたいってわけでもないし」
「だからあなたはつまらない人なんです。どうしてこういつもいつも淡白なんですか? まるで全てを俯瞰して見ているようで、本当に毎日がつまらなさそうで」
「そうかな。僕にはよくわからない」
別に愉快な人になりたいわけではないし、今の性格を嫌っているわけでもない。
この性格で困ったことも記憶にはないから、別につまらない人間でも構わない。
だからそれ以上質問をするのはやめた。
しかしどういうわけか、それを片桐さんは気に食わないというのだ。
「もう、もっと『知りたい』という欲求は出てこないんですか? 私のこと気になるんでしょう?」
「それはちょっとあるけれど、別にすごく重要なことでもないし、知らなかったからといって僕の人生に支障が出るわけでもないから」
「はあ。そんなんじゃ一生モテませんよ」
「結構だ」
やれやれ、といった具合で片桐さんは肩で笑う。
「しょうがないですね。じゃあ、コイバナでもしましょう。愛されなかった人同士」
「面倒だ」
「そんなこと言わずに。私の独り言に付き合うと思って」
ここで僕が「嫌だ」と言っても彼女は続けるだろう。
学校ではおしとやかなのに、ここではその片鱗は一切見られない。
むしろ所作以外はガサツというか、大雑把というか……少々強引で遠慮がなさすぎるところがある。
頬杖を突く僕の前で、片桐さんは話し始めた。
テーマは「結婚したいかどうか」だ。
「私、結婚はできても子供は要らないと思ってるんです」
「いきなり重たいな」
「そうでしょうか。でも、それは村山くんもそうでしょう? 親から愛された経験が少ないから、子供をどう愛していいのかわからない。ひょっとしたら自分がされたことをそのまましてしまうんじゃないかって不安になりませんか? 私は不安です」
「だから、子供は要らないの?」
「はい」
それには僕も同意見だ。
僕には多少ながら幸せだった頃の家族の記憶がある。
でもそれよりも母さんに支配された時の記憶の方が何倍も強烈で鮮明に残っている。
だから、僕も将来子供ができたらそうなってしまうかもしれない。
とはいえ、これはコイバナなのか?
人生設計の討議のような気もしてきたけれど。
「そんな重たい話をされるとは思っていなかった」
「あら、ごめんなさい。私、こういう話にはあまり慣れていなくて」
「意外だね。他の友達とは話さないの?」
「そうですね。意外とみんなしないんですよ」
女子はそういう話が大好きだと思っていたのに、どうやら違うみたいだ。
女子はコイバナが好き、という情報はもう古いのかもしれない。
「じゃあやめようか」
「そういうわけにはいきません。そうですね……好きな人のタイプでも教えてくださいよ」
「まだやるの? というか、僕に振らないでくれる?」
「嫌です。強制参加」
はあ、と大きな溜息をついた。
独り言を聞くだけでいい、と言っていたのはどこのどいつだ。
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