第26話「おうちデート③」
母は私が幼い頃に蒸発しました。
確か小学校に入ってしばらくの頃でしたね。
元々私は母のことをあまり好きではありませんでした。
なんなら母も私のことをよく思っていなかったかもしれません。
家庭での会話もほとんどありませんでしたし、そのどれもが冷たいものばかりでした。
父も家には滅多に帰ってきませんでした。
何があっても仕事優先で、学校行事なんてまず参加してくれたことがありません。
それは母も同じでしたけれど。
もちろん家族でどこかに行ったこともありません。
皆さんで行った水族館はもちろん、日帰りの旅行すら出かけたことなんてありませんでした。
小学校に入る前は「夏だから海に行こう」「冬だからスキーに行きたい」と母にねだっていたのですが、母は決まって「ダメ」の一言で片づけられていました。
どうしてダメなのか、説明してくれない。
せめて「お父さんの仕事が忙しいから行けない」という説明くらいあってもいいのではないか。
今となってはそう思いますね。
まるで私のことなんて興味がない。
この家に私の居場所なんてない。
そんなことを思いながら毎日を過ごしていました。
いい印象がなかった母ですが、それでも急にいなくなったことに関しては驚きを隠せませんでした。
だって置手紙も何も残さずに、母は家を出て行ったんですよ。
当時は小学校の低学年でしたから、何もわからずにただ悲しかったという記憶だけが残っていますね。
帰ったらいつもいるはずの母がいない。
いつまで経っても帰ってこない。
母がいなくなった初日の夜はとにかくひもじい思いでいっぱいでした。
食事を作ってくれる人がいない。
それどころか、誰も何もしてくれない。
飢え死にするかと思いました。
ですが、一応父に連絡して、仕送りだけはしてくれるようになったんです。
そのおかげで私は今日まで生き延びることができました。
話が逸れましたね。
ついでに一つおまけ話をしてもよろしいでしょうか?
母が失踪した理由なんですが、おそらくですが男を作っていたのでしょう。
毎夜誰かと電話していましたし、その電話の声も顔つきも、どこか色気を使っていたような感じがありました。
明らかに父に向けるような声ではないということは、小学生の私にもすぐにわかりました。
どうして違うのかまではわかりませんでしたけど。
それに、父との仲も険悪でしたし、父もまた厳格な人でしたから、その抑圧に耐えかねて家を出て行ったのだと思います。
目を合わせれば口喧嘩、口を開けば罵倒合戦。
激しい言い争いではありませんでしたし、ネチネチとした言い合いでしたけれど、その生々しさが嫌でしたね。
まあともかく、母が家からいなくなったんです。
今現在まで母と連絡を取り合ったことはありません。
どこで何をしているのかも、全くわかりません。
まあ別にどうでもいいことですけどね。
どこの誰と知らない男と新天地で幸せに過ごしているのならそれでいいし、その男にも捨てられてしまったとしても哀れだとも思いませんし。
心の底からどうでもいいことです。
ただ、いずれにせよ母がいなくなったことで、父のヘイトは私に向けられるようになりました。
本当は、母がいたときもそうだったのでしょうが、これを機に顕著になった感じですね。
父は以前にもまして滅多に家に帰らなくなり、たまに帰っても汚物のような目で私を見てきます。
私の中にあの女の血が流れているからだと父は言いました。
本当に言ったんです。
確か小学校6年の時でしたね。
「近づくな。あの女の汚らわしい血が流れている」
その前後にどんなことがあったかさすがに忘れてしまいましたが、そんな言葉を吐き捨てられたことは絶対に覚えています。
だったらなんで母と結婚したんだ、どうして私を産んだんだ、と嘲笑したくなりますけれど。
きっと父なら「気の迷い」とでも言うでしょう。
おまけに「あの女と結婚したことは失敗だった」と。
ですが血は争えませんね。
私も母と同じようなことをしてるんです。
家族に愛してくれないから、他の誰かに愛してほしい。
そんな思いから、私は男遊びを始めるようになったんです。
身体を重ねている時は愛を実感できて、でも重ねていないとそれを感じられなくて、また別の誰かに声をかける。
危ないことをしていることはわかっています。
この行為が間違っているということも。
ですが、家で満たされない幸せを、外に出れば満たされることができるんです。
だからこうしてずっと続けてきたわけです。
父がこんな私を知ったらどう思うんでしょうね。
あの女と同じだと軽蔑するでしょうか。
そして怒りと憎しみで殺しにかかるでしょうか。
だからといって「仕方のないことだ」と割り切りたくはありませんけどね。
だって、私は父の子供ですから。
あなたが始めた子作りで私が生まれたのですから。
折角与えられらた命なのですから、やりたいように生きてやりたいです。
それが私にできる両親への恩返しであり、復讐でもありますから。
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