第24話「おうちデート①」

 翌日の朝。

 母さんが仕事に行くのを見送った僕は。自室に籠って勉強に励む。


「ちゃんと家でおとなしくしてなさいね」


 そう言い残す母さんは、まるで僕を小さい子供でしか見ていないように思えた。

 その方がきっと母さんにとって、僕を掌握しやすいのだろう。

 親はいつまで経っても親だし、子はいつまで経っても親だ。

 そんなことはわかっているけれど、もう少し年相応の扱いを覚えてもいいのではないだろうか。


 そんな風に愚痴を心の中に溜めていたら、スマホが鳴った。

 片桐さんからのメッセージだ。


『そろそろ着きます』


 了解、とだけ返信し、僕は部屋の片づけに勤しんだ。

 やましいものは何もない、はず。

 見つかって後悔するようなものも置いていない。

 適当に掃除機をかけて、散らかったものを片付ける。

 普段からそれなりに整理整頓を心掛けているから、掃除はすぐに終わった。


 僕の家の場所は昨日のうちに教えた。

 住所までは教えていないけれど、おおよその位置、周辺の目印等、駅からの行き方を事細かに説明したから、結局住所を教えたも同然だ。


 ピーンポーン、とインターホンが鳴る。

 それと同時に「着きました」という彼女からのメッセージが届いた。


 僕は部屋を出て、階段を降り、玄関のドアを開ける。

 母さんからは「家から出るな」と言われただけだ。

 だから片桐さんがこの家に来るのは別に構わない、という理屈になる。

 玄関や家の中に監視カメラがあればまた面倒なことになりそうだけど、そこまでするほどの金銭的な余裕がないことくらい把握済みだ。


 今日の彼女のコーデは、青いデニムスカートと黒のTシャツだった。

 少し片桐さんっぽくない恰好だったけれど、やっぱり似合っている。

 袖のフリルとジーンズの生地のアンバランス具合が違和感の正体なのかもしれない。


「今日は暑いですね。早速失礼します」


 彼女は「お邪魔します」と呟いて、遠慮もなく僕の家に入る。

 片桐さんが僕の家の中にいることだけで、なんだか不思議な気分だ。


 ……ひょっとしてこれは、いわゆる「おうちデート」というものではないだろうか?


「おうちデートみたいでなんだか楽しいですね」


 僕の心を読んだのか、片桐さんが考えていたことと全く同じことを言う。

 片桐さんに言われるだけで、自然と意識してしまう。

 それに、よく見たら彼女の恰好は身体のシルエットを強調するようなものだ。

 黒のシャツはもちろん身体のラインを綺麗に表しているし、デニムのロングスカートだって、そのしなやかさが彼女の凛々しさを表しているようだ。


 さては、それを全部見越した上でこんな格好をしているんだな?


 その誘いに乗るか、と宣言するつもりで僕はパチンと両頬を叩く。

 誘惑に負けてたまるか。


 片桐さんが僕の部屋に入る。

 彼女は興味津々に僕の部屋のあちこちを物色した。

 もちろん、ベッドの下も。

 だが、そこに何かを隠すほど僕は単純じゃないし、そもそも隠すようなものすら持っていない。


「何もないですね。つまんないの」

「何もなくて悪かったな。それより勉強するんだろ?」

「どこかの誰かさんが外出禁止命令になっちゃったからですよ」


 それは悪かったと少し思っている。

 だけど、わざわざ会いに来なくてもいいのに。

 まあ、別にいいんだけど。


 僕は勉強机に座り、先ほどまで進めていた数学の問題集をもう一度開く。


「で、私はどこで勉強すればいいんです?」


 片桐さんが僕の後ろで尋ねる。

 そういえば、彼女が勉強できるようなスペースはこの部屋にはない。

 机は僕が使っている勉強机だけだし、そもそも椅子も僕が座っているものだけだ。


 彼女はベッドに座り、ジトーっとした目を僕に向ける。


「……リビングでやろうか」

「最初からそう言ってくれればよかったものを」


 どうして少し偉そうなんだろう、と頭をかしげながら僕はため息をついた。

 僕の家で勉強会をしたい、と言い出したのは彼女の方だ。

 言い出しっぺは偉いという法則でもあるのだろうか。


 僕たちは階段を降り、リビングに向かう。

 この部屋は食事をするとき以外あまり使わないから、本当は居心地が悪い空間だ。

 けれど母さんがいない今の部屋は、なんだか全く別の雰囲気がある。


「あなたの部屋を見て思ったんですけど、意外と綺麗なんですね」

「意外とは余計だ。さっき掃除したんだよ。それで綺麗なだけ。それに、元々ものをあまり散らかさないからね。まさか君の部屋はかなり汚い、なんてことないだろうね」

「まさか。ありえません。私だって綺麗好きですから」


 何かのジョークかと思った。

 だって、君の身体はすごく汚れきっているじゃないか。

 なんてことを言ったら絶対片桐さんは怒るだろうから言わないけれど。


 片桐さんが僕の家にやってきて約10分。

 最初は非日常感に圧倒されそうで心配になっていた部分があったけれど、彼女自身はいつもと全く変わらないから、安心感を持てた。

 欲に負けるようなことはないだろう。

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