第20話「水族館ダブルデート?⑤」

 片桐さんがイルカに釘付けになっている最中、須藤と藤堂さんは未だに口論し合っていた。

 勝手にしてくれ、という頭痛を覚えながら、僕もステージの方に目を向ける。


 ショーは淀みなく進み、イルカたちがトレーナーの指示で宙づりになっているボールをジャンプして小突いたり、バシャバシャと尾ひれを使って水しぶきを上げたり、想像以上に迫力があった。

 中でもやはり目玉である大ジャンプは僕が思い描いていた以上に水しぶきが上がり、レインコートを着ていなければ服はびしょぬれだったことだろう。

 始まる前に買っておいてよかったと胸を撫でおろす。


 もちろん片桐さんは興奮冷めやらぬ表情で、ステージのイルカをキラキラと屈託のない瞳で見つめていた。


「すごいですね。私、感動しちゃいました」

「何に?」

「全部です! イルカたちの迫力に、圧倒されて、なんというか、その……すごかったんです!」


 どうやら彼女は興奮すると語彙力を失うタイプの人間ではない。

 僕も似たようなタイプだからわかるけど、僕のは言葉を失う方の語彙力喪失で、彼女の場合は、何か興奮を言葉にしたくても上手に表現できないタイプのようだ。

 この違いは似ているようで少し異なる。


 ショーが無事に終わり、イルカたちが尾ひれを使って僕たちに挨拶をしていた。

 フリフリと器用に尾ひれを使い、手を振るようだった。

 終始イルカにぞっこんだった片桐さんもイルカたちに手を振り返す。


「楽しかったです。今日、ここに来れて本当によかった……」


 感激するように声を絞る彼女は、まるで純粋無垢の少女そのものだ。

 本当は男に穢されてばかりなのに、どうしてそんな純情な感情を持てるのか、少し疑問だった。

 須藤と藤堂さんは相変わらずで、互いに目を見つめ合わせようとはしない。

 しかし、手は繋ぎ合っているから、やはり彼らは愛し合っているんだろうというのを察した。


 これが愛なのだろうか。

 喧嘩をしても仲直りができる。

 しかしそれは恋愛に限った話ではないだろう。

 友情だって、そいういうことが起きることだってあるはずだ。

 僕にはそういう友達がいなかったし、なるべく喧嘩を起こさないように波風立てずに生きるタイプの人間であるため、実際に遭遇したことはないけれど。


 羨ましい限りだ。


「それで、これからどこに行こうか」

「そうだね。まだ見てないところ、あったっけ」

「あ、ペンギンのコーナー、まだですよ?」


 片桐さんが、いつの間にか用意していたパンフレットを指さす。

 確かにパンフレットのマップにはペンギンコーナーが存在していて、そういえばまだペンギンを見かけてないな、と今日一日を振り返って思った。


 僕たちは片桐さんの要望通りに、ペンギンが展示されている水槽へと向かった。

 今はエサやりの時間らしく、飼育員がバケツに入ったアジをペンギンたちに与えていった。

 しかしペンギンたちも頭数が多い。

 ざっと見ただけで、10匹は軽く超えるだろう。

 ひょっとしたら、20を超えているかもしれない。


 食事をし終えた一頭が、水槽に潜った。

 陸の上では可愛らしくよちよちと歩いていたのに、水の中になるとまるで別の生物のようにスイスイと泳いでいる。

 自由自在に動くジェット機を見ている気分だ。


「みんな可愛いですね」


 ここでも片桐さんはキラキラと目を輝かせる。

 水槽の中の魚を見ていた時より、イルカやペンギンを見ている時の方が表情がイキイキしていた。

 魚よりもこういう動物の方が好みなのかもしれない。


 一通り全部見て回ることができた。

 しかしまだ帰るには時間が早い。

 今から電車に乗っても門限にはまだ間に合う。


 僕たちはお土産屋さんに寄り、適当にフラフラ散策した。

 しかし店に入ってものの数秒で僕と片桐さんは、須藤。藤堂さんカップルと離れ離れになってしまった。

 小さな店内で人がごった返しているから探そうにも上手く探せない。


「どうしましょう。連絡を取ろうにも、今ここでスマホを鞄から出したら人込みに流されて落としてしまいそうな気がして」

「なら、ひとまず買いたいものをちゃちゃっと買って、安全な場所で連絡を取ろう」


 そう言って僕は彼女の手を取った。

 こうすればはぐれることはない。

 午前中、片桐さんがやっていたことだ。


 しかし彼女は思いがけない、と言わんばかりに目を丸くして、僕の方をじーっと眺める。


「……どうしたの?」

「積極的になってくれて、嬉しいです」

「それは……君がやっていたことを真似しただけだから」


 途端に恥ずかしくなるけれど、人でごった返しているこの状況で、手を離すわけにもいかない。

 幸い片桐さんの買い物が早く済んでくれたおかげですぐに手を離すことができたけれど。


「お、いたいた。おーい、こっちこっち」


 店を出ると、須藤が飛び跳ねて大きく両手を振ってくれたおかげで彼らの居場所が分かった。

 どうやら2人は人の波に押し流されて何も買えず外に押し流されてしまったらしい。

 後で知った話だが、この店限定の人気商品があとわずか、ということで人が殺到したらしく、まさしくカオスだった。


 ともあれ、みんな無事でよかった。

 もうここでやることも済んだし、帰ることにしよう。


「よし、行こうぜ」


 須藤の号令で僕たちは入口に向かった。

 いろいろあったけれど、なんだかんだ楽しい一日だった。

 今日を回顧した結果、そいういう答えに導かれた。

 遠出はあまり好きではないが、たまにはこういうのも悪くない。


「あれ」


 しかし、そんなちょっとした高揚感はすぐに地面に叩き落される。


「どうかしたんですか?」

「いや、電車遅延してるって……」

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