第19話「水族館ダブルデート?④」

 食事を済ませた僕たちは、片桐さん念願のイルカショーを見るために会場へと向かった。

 やはり手を繋ぐことはやめないみたいで、須藤と藤堂さんはもちろんのことながら、片桐さんも僕の手を離そうとしない。

 もう何を言っても聞き入れてくれそうにないからあるがままを受けいてるつもりではいるけれど。


「そういえば、須藤くんと藤堂さんって、お付き合いしてるんですよね?」

「そうだよ。って言っても、元々許嫁同士だから自然とそうなったんだけどね」


 観客席でショーを待つ間、片桐さんの問いに藤堂さんが答える。

 そういえばそうだったな、と僕は須藤の方を一瞥した。

 

「告白はどちらからされたんですか?」

「えー、それ訊いちゃう? 恥ずかしいなあ、もう……」


 照れ笑いをする藤堂さんと同じタイミングで、須藤も顔を赤くして彼女と反対の方向を向いていた。

 ひょうきんな奴だと思っていたけれど、意外と純情な人間らしい。

 彼とはこういう話をあまりしないから、知らない一面を見ることができた。


 懐かしむように藤堂さんは遠くを見つめる。


「あれはそうだな……中学1年のバレンタイン。忘れもしない。その日は曇りで、雪が降るんじゃないかってみんなはしゃいでた」

「祈里……余計なこと言うな」

「いいじゃん。減るものでもないから」


 藤堂さんが話を進めるたびに、須藤は顔を覆う。

 もう話の最後を聞かなくても、事の顛末は全部わかった。

 これ以上は須藤がかわいそうだからもうやめてあげてほしい。

 そう思ったけれど、口には出さなかった。

 もうしばらくは弱った彼を眺めていた。


 今はストッパーがいない状況だ。

 正確に言うなら、あってないような状況である。

 だから藤堂さんは馴れ初めのことを話し続けた。


「いつもの帰り道でね、アタシ、チョコレートを渡したんだ。そしたらさ、なんて言ったと思う? 『チョコレートじゃなくて、お前がほしい』だって。めっちゃキザでさ。もうおかしくって、アタシ笑っちゃった」

「もういいから、祈里……頼む。やめてくれ。お願いだから……」


 どうやら黒歴史だったみたいだ。

 耳を塞ぎ、顔をうずめた。

 その頃の須藤を僕は知らないから、少し新鮮味がある話だ。


「でも、アタシ嬉しかったなー。まあ、告白はアレだったけど、ゆーくんもアタシのこと好きだったんだーって思ってて」

「で、2人はそこからお付き合いしたんですか?」

「まあ、そうなるのかな。名目はアタシたち許嫁だからさ、多分その時から付き合ってるってなってるんだろうけど、その時から付き合い始めた」

「ピュアですね。羨ましいです」


 そりゃ、穢れた恋愛以下の行為を続けている片桐さんにとってはそうだろうな。

 こんな少女漫画に出てくるような展開、愛がほしい片桐さんにとっては眩しすぎるだろう。

 僕も捻くれた性格を持っていなければ、こんな恋愛に憧れを抱いたかもしれない。


 さて、そろそろ友人を回復させなければならない。


「大丈夫か、須藤」

「これで大丈夫なわけあるか。勝手に人の黒歴史暴かれて。もう死にてえよ……」

「ゆーくん、ちょっと顔を赤くしながら告白してたもんね。慣れないことするから」

「うるせえって。もういいだろ……」


 須藤は顔を赤らめたまま、ギロリと藤堂さんを睨んだ。

 しかし威圧感の欠片もなく、睨まれた藤堂さんもニヤリといたずらな笑みを返す。


「アタシは絶対忘れないよ。ゆーくんが告白してくれたこと。それからの思い出に、これからの未来も。全部全部、覚えていたい」

「……勝手にしてくれ」


 捨て台詞のようなセリフだった。

 思わず吹き出しそうになるが、ぐっとこらえ、ショーが始まるのを待機する。


 しかし、片桐さんの追撃は続いた。


「では、次の質問です。どちらから惚れたんですか?」

「そりゃ、ゆーくんでしょ」

「決まってる。祈里だ」


 2人の声が完璧に揃った。

 しかし、答えは真逆のものだった。


 む、と両者睨み合い、口論が始まる。


「ゆーくんじゃないの? 告白してくれたし」

「バカ、お前が俺に惚れてることくらい小学校の時からわかってたんだよ」

「それを言うなら、ゆーくんだって幼稚園の頃アタシにベタ惚れだったじゃん」

「誰がベタ惚れだよ。大体、ベタ惚れだったのはお前の方だろ?」

「そんなことないもん。いっつもアタシにピッタリくっついてさ、もうアタシがいないと本当にダメなんだからって思ったもんね」

「それいつの話だよ! 記憶ねえぞ」


 なんてやり取りを周囲の目も気にせず繰り広げていた。

 そういえば2人はバカップルだったな、なんて呆れた溜息を洩らし、僕は他人のふりを貫く。

 そして火種を撒いた元凶である片桐さんは、今やイルカに夢中だ。


「村山くん、見てください! イルカですよ、イルカ」


 もはや須藤と藤堂さんのことなんて眼中にない。

 何と言うか、この中で一番子供らしい人間だと思う。


 熱しやすく、冷めやすい。

 いつか見た、ネット記事で恋愛に関する記事の見出しが確かそんな感じだったと思う。

 彼女の様子を見ていると、どうやら恋愛の本質を突いているようにも思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る