第16話「水族館ダブルデート?①」

 須藤の連絡から数日後、僕は駅に向かうべく家を出た。

 母さんには水族館に行くことを伝えていない。

 だから今日もお弁当を持たされている。

 きっとどこかのお店で外食することになりそうだから無意味なのだけど、食べなければまたヒステリックを起こされかねない。


「行ってきます」


 やや沈んだ声で僕は母さんに挨拶をし、自転車を漕いでいつもと同じ道を走る。

 途中までは図書館へ行く道と同じだ。

 ただ、途中でまっすぐ進まなければならないところを右へ曲がると駅へと通じる。


 駅には既に須藤と藤堂さんが待っていた。

 遅いぞ、と須藤は僕にヤジを飛ばす。


「君たちが早いんだ。まだ電車が来るまで10分もあるだろ」

「ちくしょー。俺たち早く来すぎたみたいだな」


 どうして悔しがる必要があるのかと首をかしげたが、気にしないことにした。

 いろいろ気にしすぎるのは僕の悪い癖だ。


 電車が来るまで改札で待つ。

 片桐さんがいないのは、彼女の最寄り駅が次の駅だからだ。


「なんで僕を誘ったの」

「直接誘ったのは片桐だろ? 俺は焚きつけただけ」

「一緒だろ。というか、メッセージも送ってるくせに」


 ははは、と彼は罪悪感の欠片もなく笑う。


「お前と片桐、なかなかいい感じだからさ、くっつけてやろうと思って」

「余計なお世話だ」

「でも、村山くんは片桐さんを振ったんだよね? なんで?」


 やっぱり藤堂さんが絡んできた。

 どうして人は恋愛事になるとこうも面倒くさくなるのだろうか。


 ため息をついているところに電車の到着を知らせるアナウンスが鳴った。

 須藤と藤堂さんは今か今かと幼子のように待ち構えていたけれど、僕にしてみれば憂鬱でしかない。

 憂鬱と言うほどでもないが、あまり遠出するのは性分ではないから、この先体力を無駄に消耗しなければならないとなると、少し億劫に感じる。

 片桐さんとあの場所で出会ったあの日は、漫画の特典が欲しかったから致し方なかったのだけれど。


 電車に乗り込み、僕、須藤、藤堂さんの順番で座席に座った。

 車内の冷房が効きすぎていて寒さすら感じる。

 須藤も汗だくになったTシャツを乾かすためかパタパタと胸元を仰いでいた。


「ゆーくん、はしたないよ」

「悪い悪い。ベッタベタで寒くって」


 藤堂さんもTシャツだった。

 白っぽいTシャツと空色のジーンズ。

 いかにも夏、と言う感じがする、スポーティな彼女にぴったりの格好だ。


 須藤も似たような格好だ。

 赤いTシャツに黒のパンツ。

 シンプルだがよく似合っている。


「しーちゃん、どんな格好で来るんだろうね。前はイメージと全然違う格好だったから驚いちゃった」

「しーちゃん?」

「うん。詩乃だから、しーちゃん」


 藤堂さんは笑顔で答える。

 一体いつ彼女と親睦を深めたのだろうか。

 たった数日で距離感が変わりすぎな気がする。


「ひょっとしたらああいう感じが普段の服なのかもしれねえな」


 藤堂さんの問いに答える形で須藤が言葉にしたが、それはない、と僕は思う。

 初めて出会ったときはかなりラフな格好だったし、その次はかなり清楚な服装で、その次は地雷系……ジャンルは様々だ。

 その日の気分で選んでいるのか、それとも顧客の性癖によって選んでいるのか、それはわからない。

 前者であればいいな、と願ってはいるけれど。


 電車が駅に止まった。

 何人か人が降りて、同じ数だけの人が乗ってくる。

 しかし片桐さんの姿はなかった。

 別の車両だろうか。


「あ、しーちゃん」


 どうやら僕の読みは当たっていた。

 彼女は別の車両から僕たちを見つけ、小さく手を振った。

 いつもは流している髪の毛は、後ろで一つくくりにしてまとめていた。

 ポニーテールもよく似合っている。


「そのワンピどうしたの? めちゃくちゃ似合ってる!」

「ありがとうございます。でも家にあったものですので」


 片桐さんが身に着けてきたのは、ノースリーブの青いワンピースだった。

 ドレッシーなフリルが特徴的で、腰回りにリボンのような結び目がある。

 まさかこれも顧客が……今はそういうことを考ええるのはやめよう。


 どうだ、と須藤が僕に耳打ちをしてくる。

 だから逆にどうだと須藤に返した。


「可愛いと思う。祈里の次に」

「惚気なら他所でやってくれ。僕に見せつけてくるな」

「嫉妬か?」

「胸やけだ」


 甘いものは好きだが、いくら何でも甘さの限度がある。

 角砂糖1個で十分なところを、何十個も使っているような感覚だ。


 片桐さんは僕の隣に座り、ずい、と身を寄せてくる。


「どうですか? 似合ってます?」

「いいんじゃないの?」

「もう少し何か言ってください」

「そんなこと言われたって……」


 面倒ごとに絡まれたくないから僕は目を逸らした。

 そのせいで、僕の右側で「つまらない人」と呟かれてしまった。

 その呟きをもちろん須藤が聞き逃さないはずがない。


「あーあ、つまらない人認定されたってよ」

「別にどうだっていい」


 自分の世界に逃避したくて、僕はスマホを開く。

 すると、1件のメッセージが届いている通知があった。

 片桐さんからだ。


「2人きりになれば、このノースリーブで悩殺してあげますから覚悟してください」


 その言葉と共に、おそらく自室で撮ったであろう写真が送付されていた。

 脇を隠すこともなく見せびらかし、鏡の前で自撮りをするその様はやはり淫らだ。

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