第17話「水族館ダブルデート?②」
水族館に着いた。
僕たちはチケットを購入し、館内に入る。
館内は想像していた以上に薄暗くて、しかし幻想的だった。
まず僕たちを待ち構えていたのは大水槽で、多くの種類の魚たちが泳いでいる。
中でも一際存在感を放っていたのはジンベイザメだ。
やはり世界最大の魚と言うだけあって、迫力が全然違う。
「大きいですね」
片桐さんはきっと素直な感想を述べたのだろうが、彼女が言うと別の意味に聞こえて仕方がない。
「美味しそう」と言う感想が出るよりマシなのだろうけれど。
しかし本当に大きい。
幼少期に訪れた際も大きいと感じていたけれど、それは高校生になった今でも変わっていない。
ジンベイザメがこちらを向く度にその大きな口で飲み込まれそうになると錯覚するくらい。
本当はプランクトンやオキアミを食べる習性があるおとなしい性格だから、人間を襲うことなんて滅多にないのだけれど。
だから清掃員であろうダイバーが大水槽の中に入ってジンベイザメに接近しても何も問題はない。
「まるで海の中にいるみたい。幻想的で綺麗」
「そうだな」
須藤と藤堂がそんな会話をしているのを小耳に挟んだ。
2人の方を見ると、ちゃっかり手を繋いでいる。
お互い指と指を絡ませて、いわゆる恋人繋ぎというやつだろう。
「ねえ、私たちも手、繋ぎましょうか」
僕の耳元で片桐さんが囁く。
不意打ちだったものだから、変な声が出てしまった。
ことあるごとに耳打ちをするのはやめてほしい。
「どうしてそんな必要があるんだ」
「だって、人、多いですし。はぐれたらいけないでしょう?」
「スマホ持ってるんだから、連絡くらいできるだろ?」
「それはそうですけど……はぐれる前提で物事を考えないでください」
それもそうか、と飲み込みかけて、僕は首を振る。
確かに片桐さんの言っていることは一理あるけれど、だからって手を繋ぐ義理は生まれない。
が、やはり片桐さんは強引だった。
「ほら、行きましょう」
彼女は僕の手を掴んで、須藤たちのところに向かう。
片桐さんの手を掴むのはこれで2度目だ。
やっぱり彼女の手は小さくて、そして柔らかい。
須藤は僕を見てニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。
何か感想の一つでも言ってくれたら楽になれるのに、彼は僕に対して何も言わず、「そろそろ行こうぜ」とだけ言って大水槽を後にする。
恥だけかいて損した気分だ。
この水族館に順路なんてものは存在しないけれど、多くの人たちは皆この大水槽の次は海洋トンネルを通る。
ここは大水槽で感じた海の中と、さらにダイレクトに体感できる空間で、水槽の中にガラス張りのトンネルを設置し、先ほどよりも海の中にいるみたいな雰囲気になっている。
頭上で泳いでいるのは主にエイだ。
図鑑や動画で見るエイは基本的に表面からのものだから、真下から見るエイは中々新鮮味があって面白い。
「エイ、変な顔してる」
ケラケラと僕の後ろで藤堂さんが笑った。
確かにエイの口元は人の顔に見えないこともない。
が、そこまで笑うこともないだろう。
もう一度後ろを見た。
彼女がなぜゲラゲラと笑っているのかがわかった。
「須藤、何やってんの?」
「ん? エイの真似」
「ちょ、似すぎだってゆーくん」
須藤が変顔をやっていたせいで、藤堂さんの笑いは止まらなかったのだ。
確かに口元のあたりなんか特にエイとそっくりではあるけれど、そこまで笑うほどでもないだろう。
面白い顔ではあると思うけれど、それ以上に呆れの感情が強い。
「須藤くん、そっくりですね」
「だろ? おい村山ぁ、ノリ悪いって」
知るか、と吐き捨てたくなった。
価値観なんて人それぞれなのだから、他人に押し付けないでほしい。
しかしまさか片桐さんにもウケるとは思わなかった。
いや、これは社交辞令の一種なのかもしれない。
彼女は基本的に柔和な笑顔を標準装備としていて、そしてそれは滅多に崩れることはない。
崩れたのは、僕がホテル街で片桐さんを目撃したあの日だけだ。
彼女の本心がわからない。
何重にも重ねた笑顔の嘘でコーティングされた片桐さんの本性を暴くことは、きっと参考書の問題を解くよりも難しいだろう。
だけど手を握っているということは、少なくともそういう風に見られている、と解釈してもいいのだろうか。
それとも単純に僕を攻略して手玉に取ろうと思っているのか。
片桐さんが求める「愛」がどういう形をしているのかわからない以上、僕は彼女を完全に信用することができない。
もっと須藤や藤堂さんみたいに素直になれたら、僕は彼女を好きになることができたのだろうか。
「どうしました? 村山くん」
「いや、何でもない。ほら、歩こう。後ろがつっかえる」
今は夏休みシーズンで人も多い。
通行の妨げになることだけは避けねばなるまい。
とはいえこの幻想的な世界にもう少しとどまっていたかった。
家は窮屈で、彩りもない。
今日くらいは母さんのことを忘れてもバチは当たらないだろう。
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