第15話「水族館ダブルデート?⓪」

 須藤から連絡をもらったのは、翌日のことだった。


『今度、祈里と一緒に水族館に行くんだけど、お前らも一緒にどうだ?』


 勉強会のお昼休憩、ふとスマホのメッセージアプリを開くと、彼からそんなメッセージが送られていたことに気が付いた。

 お前という表現から察するに、おそらく片桐さんも誘われているに違いない。


 僕だけに誘っても間違いなく断られるのは目に見えている。

 実際そのつもりだし。

 だから片桐さんも巻き込んでしまおう、という算段のようだ。

 まったく、はた迷惑ときたらこの上ない。


「デートですって。せっかくですし行きましょうよ」


 僕の隣で、片桐さんが身を乗り出してくる。

 彼女は行く気満々だ。

 きっと断っても強制的に連れていかれるパターンだ。


「もし行かないと言うのであれば、あなたがホテル街にいたということを言いふらしますが」

「その時は君が知らない男性と歩いていたと言いふらすけど、いいの?」

「あなたにそれができるんですか?」


 ……できない。

 誰かを貶めようなんていう趣味が僕にはない。

 それに、クラスで人気のない僕が言うことよりもクラスの人気者である片桐さんが言うことの方が大衆は信用するだろう。


 何を言ったかじゃない。

 誰が言ったか。


 つまるところ、重要なのはそこなのだと思う。

 何とも理不尽だが、この世界が格差社会である以上覆らない世界の法則なのかもしれない。


「……行けばいいんだろ、行けば」

「素直で助かります。本当はあなたの恥ずかしい弱みでも握ってしまえばもっと簡単に事を進めることができたのですが」

「時々えげつないこと言うね、君」


 普段クラスで愛想を振りまいている人気者とは思えない言葉だ。

 完全に僕のことを下に見ている。

 辟易とはするけれど、別にどうでもいい。


 はあ、と溜息をつく僕の隣で、うふふふふ、と片桐さんは嬉しそうに笑っていた。

 メトロノームのごとく左右に身体を揺らしながら、須藤に返信を送っていた。


「嬉しそうだね。水族館、初めてなの?」

「そうですね。人生で一度も訪れたことがないので、とても楽しみです」

「そうなんだ」

「村山くんは水族館、行ったことあるんですか?」

「僕も小さい頃に行ったきりかな。家族3人で行って……それが多分最初で最後」


 保育所に通っていた頃の話だ。

 もう記憶も曖昧なのでほとんど覚えていないけれど、夏休みに父さんと母さんと一緒に一度だけ水族館に行ったことがある。

 確か陶芸体験のようなブースがあり、そこでイルカの置物を作った。

 いや、陶芸ではなかったかもしれない。

 ただの粘土細工だった気もする。


 今はもうその置物がどこにあるのかも覚えていない。

 少なくとも自室にはないのは確かだ。

 ごみに捨てた、なんてことはさすがにしていないと思うけれど、記憶が曖昧だから絶対にしていないと言い切ることもできない。


「私、イルカのショーが見たいです。一番前で、イルカの迫力を感じたくて」

「きっとびしょびしょになると思うよ。タオルとか合羽とか用意した方がいい」

「さすが、経験者は語る、ですね」

「そんなんじゃないよ。ただそんなイメージがあるだけ」


 当時もイルカショーを見ていたけれど、その時は僕たちは後ろの席だったから被害は少なかった。

 だけど客席の真ん前の人たちはイルカがジャンプした時に発生した波が直撃し、びしょびしょになっていた。

 合羽がなければ服まで濡れていただろう。


 さすがにそんな風にはなりたくない。

 たとえ防水の対策をしていたとしても。


「あ、返事が返ってきました。詳しいことはまた後日連絡するそうです。デート、楽しみですね」

「まだ僕たちは付き合ってもないだろ。そもそも友達と呼べるのかどうか」

「なら、須藤くんや藤堂さんは友達と呼べる存在ですか?」

「友達だよ。須藤も藤堂さんも。口は悪いし、いつも僕をいじってくるけど、いい人たちだから」

「そうなんですね。ちょっとお2人が羨ましいです」


 片桐さんは足元の小石を蹴飛ばした。

 ぽちゃんという水音はしなかったけれど、正面の川の水面に小さな波紋が出来上がった。

 退屈そうに彼女はぶらぶらと足を動かす。


「このデートで、私たちも友達になりましょう?」

「そういう風に宣言するものではないと思うけど」

「いいじゃないですか。ただのクラスメイトのままで夏休みを終わらせたくありませんもの。お互いホテル街で遊んだ仲じゃないですか」

「語弊があるぞ。それに、ホテル街では遊んではいない。せいぜいその周辺だ」


 一緒ですよ、と片桐さんは呟いた。

 全然一緒ではない。

 淫らな君と一緒にしないでほしい、と言いかけたけど、そんな元気すらなかった。


 一口もらいます、と僕の弁当箱から片桐さんはミニハンバーグをつまむ。

 昨日の夕食の残りだ。

 案の定味が薄く、ソースも意味をなしていない。


「肉感ももう少しあってもいいかもしれませんね」

「それは母さんに言ってくれ」


 一体いつになったら母さんは料理の腕が上達するのだろう、なんて思いながら僕は残りの具材も食する。

 やっぱり味がしない。

 淡白で無機質な食感しか伝わってこなかった。

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