第14話「ヒステリックマザー」
これが本来あるべき愛の形なのだろうな、と須藤と藤堂さんを見ていたらそう思ってしまう。
ちょっとした喧嘩をたくさん重ねても、2人はとても幸せそうだ。
それはきっと、お互いを思い合っているからなのかもしれない。
ただ、少々愛が砂糖菓子よりも甘すぎるような気もするけれど。
何事もなく勉強会も終わり、午後5時半に僕たちは解散となった。
昨日と同じように片桐さんは小さく手を振り、それを背に僕たちは図書館を後にする。
昨日と違うのは、須藤や藤堂さんが一緒にいることだ。
一緒に帰るつもりはなかったのだが、須藤が「お前もちょっと付き合え」とうるさかったので渋々彼に付き合うことにした。
「またコンビニに寄るのか?」
「腹減ってんだ。仕方ないだろ」
そう言って彼はショーケースのチキンを購入する。
中学時代は野球部だったこともあり、給食はよく食べていた。
高校に入ってからは部活をやっていないみたいだが、食欲はその頃から変わっていないようだ。
それで太らないのは、少々羨ましいと感じるが、一番羨ましいと感じているのはどうやら藤堂さんらしい。
「ゆーくん、また買い食いしてる」
「祈里も何か食べれば? 肉まんとかあるぞ」
「太るからやーだ」
こういうところでも2人は相変わらずいちゃつく。
だからそういうのは帰ってからやってほしい。
甘さで胸焼けしそうだ。
僕も唐揚げを買うことにした。
買い食いなんて母さんは許してくれないだろうな、と呆れた笑みがこぼれる。
だが、この甘さには唐揚げの塩加減がちょうどいい。
スマホの時計を確認した。
そろそろ帰らないとまずい。
僕は唐揚げを飲み込むように頬張り、一目散に店の外へと駆け出た。
「じゃあ!」
「おい、ちょっと待て!」
急いで帰らなければならないのに、須藤は僕を呼び止めた。
僕の家の事情は彼もおおよそのことくらいは知っているはずだ。
なのにどうして呼び止めるのか。
「お前、片桐と付き合う気、あるの?」
なんだ、そんなくだらないこと。
そんなことで呼び止めないでほしい。
ない、とだけ言い返して、僕は再び自転車のペダルを漕いだ。
唐揚げを食べたせいか、少し体内にエネルギーが戻っている気がする。
そもそも片桐さんが特定の誰かと付き合えるのかが謎だ。
愛を求めて、男をとっかえひっかえしているのだから。
須藤たちのような恋愛なんてまずできないだろう。
逆に須藤と藤堂さんは、あのまま結婚してしまいそうな雰囲気だ。
まあ、お互い許嫁同士だからいずれそうなるのだろうけれど、幸せな家庭を築くことはできそうである。
たとえそれが最初から定められたものだとしても。
考えているうちに家に着いた。
時刻は5時56分。
ギリギリ間に合った。
まだ母さんは帰ってきていない。
僕は自室に向かい、ベッドの上で横になった。
まだ口の中に唐揚げの味がする。
母さんが作るものよりも美味しかった。
また食べてみたい。
そういえば、父さんが作ってくれた唐揚げも美味しかった。
衣がパリッとしていて、醤油も効いていて、肉厚もあり、商品として出せるレベルのものだった。
もう随分昔の記憶だから美化している部分はあるかもしれないけれど、美味しかったことだけは間違いなく覚えている。
父さんは、どうして母さんと結婚したのだろう。
須藤たちを見ていたらふとそんなことを思う瞬間がいくつかあった。
お互いどこかに愛せるポイントがあったから結婚したのだと思うけれど、今の母さんにそんなところはどこにも見つからない。
僕がまだ幼少の頃の母さんはまだマシだった気がするけれど。
ただいま、と下から声がした。
母さんだ。
とた、とた、とた、と階段を上がる音がするたびに、僕の心の緊張感がどんどん高まっていく。
「何してるの? 勉強は大丈夫なの?」
「問題ないよ。休憩してただけ」
「休憩……参考書も夏休みの課題も机には何もないけど」
しまった、と机に目をやった時にはもう遅かった。
母さんは横になる僕に静かに近づいてきて、僕の肩をぎゅーっと強く掴んでくる。
須藤が僕にしたそれよりもずっと強い。
強くて、圧がある。
「ねえ、嘘をついたの? お母さんに? ねえ、どうして? どうしてそんなことするの?」
顔は穏やかだった。
けれど、声がどこか苦しそうだ。
こうなるともう僕の言うことなんて聞いてくれない。
たとえ向こうに完全な非があったとしても、100%僕が悪者になる。
母さんはそのままブンブンと僕の身体を揺らし始めた。
そして、僕に聞かせるつもりなんて一切ない様子で、自分の思いを吐露する。
「お母さんを裏切るの? あなたまでお母さんのところからいなくなるの? ねえ、やめて? お母さんを裏切らないで?」
何を言っているんだ、という苛立ちがふつふつと湧いて出る。
裏切りなんて、何をどう判断すれば裏切りになるんだ。
いろいろよくわからない。
5分くらい揺らされ、母さんは何事もなかったかのように下に降りて行った。
一体母さんは、僕のことをどう思っているんだろう。
父さんのことをどう感じているんだろう。
聞きだしたくても、聞き出せなかった。
それは、母さんにとっての最大のタブーだから。
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