第13話「友人と許嫁③」
今日も今日とてピクニック気分の片桐さんは、真夏の炎天下の中を歩く。
「だって、外でしか食べる場所がないんだから、仕方ないじゃないですか」
「だからって、こんなに歩く必要あるか?」
「自然の中で食べるお弁当、美味しいですよ?」
どうだろうか。
仮にそうであったとしても、僕のお弁当は基本的に味がしないからどこで食べたって変わらない。
大自然の中だろうが、都会の喧騒の中だろうが。
今日は須藤や藤堂さんがいるから、昨日のベンチは利用できない。
確実に一人溢れてしまう。
橋を渡り、そのまままっすぐ進み、原っぱに向かった。
「よりピクニック気分を味わいたくて、レジャーシートを持ってきたんです。まさかこんな風に役立つなんて」
「そうだね。これが真夏じゃなければもっとマシだったかもしれない」
この酷暑で日よけもなく野ざらしになるのは死を意味するのと同じだ。
とはいえ、ちゃんと4人仲良くとなると、そうするしか他ない。
原っぱは学校のグラウンドよりも少し小さいくらいの大きさで、その周囲をぐるりと舗装された道で囲んでいる。
そしてその道沿いに桜が何本も立っていて、春になると山は鮮やかな桃色になり、多くの花見客でいっぱいになる。
今は葉桜の季節だから綺麗な青緑なのだけど。
片桐さんは桜の下にレジャーシートを引いた。
気持ち程度の日陰だが、直射日光よりはマシだろう。
「そういえば、須藤たちもお昼は用意したの?」
「おう。コンビニで調達してきた」
彼は鞄からチャーハン弁当を取り出した。
チャーハンが少し容器の端に寄っている。
藤堂さんは同じコンビニのたまごサンドだ。
それで本当に足りるのか、と思いながら、僕もどうせ味のしない弁当箱を開いた。
「これ、お前の手作り?」
「まさか。母さんが作ったんだ」
「へえ。少しもらっていいか?」
「いいけど……味の保証はしないよ」
僕が言い終える前に、須藤はウインナーを横取りする。
市販のものを炒めただけだから、須藤の反応も「美味い」という当然のものだった。
あまり美味しくない料理を他人に振る舞うのは僕も気が進まない。
しかし、片桐さんが弁当箱が開けたら、一気に空気が変わる。
色鮮やかな弁当箱は、まさに宝石の詰め合わせと呼んでも過言ではない。
「片桐さん、これ全部手作りなの?」
「そうですよ。多少冷凍食品も入っていますが」
「すごーい。今度教えてもらってもいい?」
「構いませんよ。ぜひ須藤くんに美味しい手料理を振る舞ってあげてくださいね」
片桐さんの微笑を受けて、藤堂さんは挙動不審になる。
「あ、いや、その、そういうんじゃなくて、えっと、あの……」
チラリと彼女が須藤の方を一瞥すると、彼は全てを理解したかのようにニヤリと笑みを浮かべていた。
「楽しみだな、お前の料理」
「うるさい! ゆーくんには絶対食べさせない」
「いいだろ、ケチ」
「もう、あっち行け!」
身を乗り出した須藤に、藤堂は強く反発した。
真っ赤な顔で、ぐい、と彼の頬を押し返す。
須藤も須藤でケラケラと笑っているあたり、こういうやり取りは日常茶飯事なのだろうと感じた。
なんだか、片桐さんを利用したイチャコラを見せられている気がするのは僕だけだろうか。
「よろしければ村山くんと須藤くんにもお教えしますよ、料理」
「いや……僕は遠慮するよ。不器用だし」
「なんだよ。せっかくのチャンスなんだし。ここは受けとけよ」
「なんのチャンスなんだよ」
「それは……ほら、わかるだろ」
どうせ片桐さんと付き合えるチャンス、なんてことを言うんだろう。
だけど彼女の裏の顔を僕は知ってしまっている。
愛情が欲しいため、自らを売り飛ばす軽い女。
そんな女性と、付き合いたいとは思えない。
どうでもいい、と適当に返事をし、僕は弁当を消化させることに集中する。
桜の木が日陰になっているとはいえ、外に出ている以上やはり暑いことに変わりはない。
それに、この日陰になっている部分だって時間が経てば日向になる。
早いところ撤収し、クーラーの効いた図書館で涼みたいところだ。
「そういえばさ、片桐さんってこの夏の予定とかないの?」
唐突に藤堂さんが尋ねてきた。
きっと、料理の話題から逸らすためだろう。
「そうですね……特に決めてませんね」
「だったらさ、今度一緒に遊びに行こうよ。もちろん村山くんも連れて」
どうして僕まで、と言いかけたタイミングで、須藤が僕の肩に腕を回した。
金色に染まった短髪が、チクチクと頬に当たって痛い。
「どうせお前も暇だろ? たまには付き合えよな」
「面倒ごとに巻き込まれたくないよ」
「別に面倒ごとでもないだろ、遊びに行くことくらい」
そう簡単に言ってくれるけれど、僕の母さんは門限が厳しい。
どんな理由があろうとも、午後6時までに帰宅というルールは絶対に守らなければならない。
だからどこか遠出しようとしても、移動時間を考えたら遊べる時間は少ない。
単純に僕が遠出したくない、という気持ちもあるけれど。
「夏休みくらい、いいんじゃねえの?」
髪を染めた彼が言うと、少し説得力が勝る。
しかしここで僕が拒否権を行使し続けたところで、言うことを聞いてはくれないだろう。
「……予定が合えばね」
ため息をつきながら、薄味のコロッケを口にした。
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