第12話「友人と許嫁②」

 なぜか4人での勉強会が始まった。

 片桐さんは須藤や藤堂さん相手にもわかりやすく丁寧に解説していく。


「やっぱり片桐さんって頭いいんだねー。課題もはかどるし助かるよ」

「お役に立てて光栄です」


 感激を受ける藤堂さんに、ふふ、と片桐さんは微笑む。

 相変わらずの笑顔だった。

 本当に嬉しいと思っているのか、僕には判断がつかない。


「で、どこまで進んだの」


 須藤が耳打ちをしてきた。

 どうしてそういう下世話なことしか思い浮かばないのか。

 はあ、と溜息をつき、僕も須藤に耳打ちをする。


「何も起きてないよ。街で偶然出会って、勉強会をしようってなっただけ」

「ちょっと待て、向こうがお前を誘ったのか?」

「そうだけど……それがどうかしたの?」


 たはー、と須藤は頭を抱えた。

 どうしてそんな過剰な反応をするのか、理解できない。


 そうかと思えば、須藤は急に僕の肩を掴む。


「いいか、学校で接点がなかったお前が、偶然街中で出会っただけで勉強会になる流れなんてまずありえないだろ」

「そう……だろうね」


 否定はできなかった。

 街で出会ったのだって、嘘はついていないけれど、本来なら出会うはずもなかったことだし、大々的に公にできるような内容でもない。


「お前、どんな弱み握ったんだ」

「そんなことしてないよ。本当にたまたま。それだけ。それに、君には藤堂さんという素敵な人がいるじゃないか」

「それはまあ、そうだけどさ……」


 藤堂さんに抱く恋慕の感情と、片桐さんに対する感情はまた別のものらしい。

 愛とはそんな不確かなものなのか? と少々疑問に思ってしまう。


 案の定、藤堂さんは須藤のことをジトーっと睨んでいた。


「ゆーくん、アタシというものがいながら浮気するつもり?」

「そんなんじゃねえよ。ほら、憧れに近い感じ? 祈里だってあるだろ?」

「それまあ片桐さんにはそういうところあるけど……でも、よそ見しないでほしいなー」

「安心しろって。浮気なんかしない。絶対」

「えへへー、嬉しい」


 にへらと藤堂さんは笑った。

 惚気るなら他所でやってほしい、というツッコミは封印し、正気を保つために問題集に取り組んだ。


 対して、片桐さんは「羨ましいですね」と2人の方を見る。

 そりゃ、愛がほしい片桐さんにとっては羨ましいことこの上ないだろう。

 少々甘すぎる気もするけれど。


「ねえねえ、片桐さんって村山くんと付き合ってるの?」

「違いますよ。フラれちゃいました」


 あまりにも平然と言うので、須藤と藤堂さんはフリーズしてしまった。

 僕もフリーズした。

 どうしてそんな余計なことを言うんだ、と。


 また須藤が僕の肩を掴む。

 さっきよりも力が強かった。

 両肩を掴んでは僕をグラグラと揺らし、怒髪天の勢いで僕にまくし立ててくる。


「お前、片桐を振るとかどういう神経してんだ? おい!」

「そうだよ。こんな美人からの告白を断っちゃうなんてもったいないよ!」


 バカップル2人が僕を責め立てる。

 これは僕が悪いのか? と困惑しながら、僕は須藤の手を振りほどいた。


「急に告白されたんだ。まだ接点もなかったし、うかつにOKなんて出せない」

「もったいないとか思わねえの?」

「別に。正直どうでもいいから、そういう色恋沙汰とか」


 わかんねえなあ、と須藤が呟く。

 わからないのはこっちもだ。

 どうして誰それが付き合った、誰々が別れた、という話題でみんな盛り上がれるのか。

 愛情なんて、ただ痛いだけなのに。


 呆れた顔をする須藤に対して、藤堂さんは片桐さんに対して興味津々で前の目になる。


「ねえねえ、片桐さんは村山くんのどこを好きになったの?」

「優しいところ、ですかね」

「そうなんだ。確かに村山くん、人畜無害そうだもんね」


 それは褒めているのか、貶しているのか、どっちなんだ。


 須藤がまた僕の肩に手を置く。


「大丈夫だ。俺たちが村山と片桐をくっつけさせてやる」

「一緒に頑張ろ? 片桐さん」


 面倒ごとになった。

 須藤と藤堂さんは完全に僕と片桐さんをくっつけるつもりでいるみたいだ。

 別にそんなこと望んでいないのに。

 まさかあんな爆弾発言をしたのは、外堀を埋めるためだからだろうか?

 これを外堀と呼んでいいのかは疑問ではあるけれど。


「別に僕はそうなることを望んではいないから。頼むから放っておいてくれ」


 それにそろそろ周囲からの目線もだんだん痛くなってきた。

 さすがに騒ぎすぎた。

 無関係を決め込んで勉強に取り組もうと考えていたけれど、いくらなんでもそれでは許してくれないだろう。


 現に、僕の後ろに図書館の職員が仁王立ちをしているから。

 若い女性の職員だけど、威圧感が半端ない。

 なぜか歴戦の修羅を潜り抜けたようなオーラを感じる。


 それは片桐さんたちも同じものを感じ取ったようで、ピタリと会話が鎮まった。


「ここは図書館です。お静かに」


 たったそれだけで、僕たちは委縮した。

 ここだけ重力が段違いにかかっているような感覚に陥る。


 スタスタと彼女がカウンターに戻るまでは生きた心地がしなかった。

 どっと溜息を吐き、壁の時計を見る。


「お昼にしましょうか」


 片桐さんが切り出した途端、うっすらと窓の外から正午を告げる時報が鳴った。

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