第8話「勉強会②」
正午を告げる街の時報がうっすらと聞こえてくる。
勉強会を始めてからおおよそ2時間、もうこんな時間か、と意味もなく壁にかかってある時計を確認した。
「お腹も空きましたし、ご飯にしましょうか。お弁当、持ってきてます?」
「持ってきてるよ」
「なら外に出ましょう。ここは飲食禁止ですし」
僕たちは荷物をまとめ、図書館の外に出た。
さっきまでかなりクーラーの効いた空間にいたせいで、外の暑さが地獄の業火のように思えてくる。
図書館の隣には児童館がある。
窓際のカウンター席は確か飲食可能だったから、そこで涼みながら食事をするのもいいかもしれない。
ただ、片桐さんは児童館と反対側の方向に歩みを進めた。
彼女が向かおうとしているのは県立公園だ。
「私、学校行事以外でピクニックに来るの、初めてなんです」
「だからってこんな真夏にやることないでしょ?」
「大丈夫ですよ。そこのベンチに行くだけですから」
片桐さんは石橋の向こうにあるベンチを指さした。
川沿いに設置されているそのベンチは、近くに植えられている葉桜で日陰になっている。
が、それで暑さが緩和されるかと問われれば、そんなことはない。
直射よりはマシかもしれないけれど、炎天下の中で食事をするなんて正気じゃない。
案の定、ベンチに座ったところでこの酷暑に耐えれる自信なんてなくなった。
元々そういう自信は外に出た時点で溶けてしまったけれど。
僕は鞄から母さんが作ってくれた弁当を取り出す。
……全体的に茶色い。
いくらか冷凍食品だったり昨日の残り物である唐揚げを使っているため、全体的に茶色い弁当が出来上がった。
個人的には嫌いじゃないメニューばかりだからいいのだけれど、もう少し彩りに気を使ってほしい、と思ってしまう。
そんなことを言ったらヒスを起こしかねないから絶対に言わないけれど。
対して片桐さんのお弁当は、とても彩り豊かだった。
全体的に明るく、とても美味しそうだ。
特に卵焼きなんて鮮やかな黄色で焦げている部分はどこにも見当たらない。
「すごいね。君が作ったの?」
「はい。村山くんも手作りですか?」
「いや、僕のは……母さんが作ったんだ。味もそんなに美味しくはない」
僕は焦げが多い卵焼きを口にする。
やはり苦い。
いい加減卵焼きの焼き加減くらい覚えてほしいものだ。
多分、僕の方が上手に作れると思う。
母さんの弁当に耐えながら食事をしていると、片桐さんはじーっと僕の弁当の唐揚げを見つめてくる。
「……何?」
「一口、もらってもいいですか?」
「なんで」
「私、唐揚げが大好物なんです」
それだけで他人の弁当の唐揚げを食べようと思うだろうか、と疑問を抱いたが、この味のしない唐揚げを消費してくれるのならば幸いだ。
はい、と僕は隣に座る彼女に弁当箱を差し出す。
「あーん」
「え?」
「あーんって、してください」
きゅるんとした目を片桐さんは僕に見せてきた。
その可愛らしい表情に、不覚にもときめいてしまう。
「しないとダメなの?」
「はい、ダメです」
きっぱりとそう言われると、引くに引けなくなってしまう。
小一時間悩むところではあるが、暑さのせいで「それならいいか」と素っ頓狂な答えを出してしまった。
僕は唐揚げを箸で掴み、彼女の口元に移す。
はむ、と片桐さんは僕の唐揚げを美味しそうに頬張った。
「美味しくないでしょ」
「そんなことないですよ。味は薄いですけど」
そう評価されると、僕の方が味音痴なのかと思えてしまう。
確かに僕は濃い味の方が好きだけど、母さんの作る料理は基本的に味がしない。
薄味という範疇では語れないくらいだ。
「昔からこれなんだ。基本的に薄味で、火加減が強いせいでよく肉や卵を焦がす。もう少し上達してほしいんだけど」
「でも、村山くんのために愛情をこめて作ってくれたんでしょう? だったら美味しいと思えるはずです」
「そうかな。僕も、愛ってよくわかんなくなってきて」
はは、と自嘲気味に笑みをこぼす。
ひょっとしたら、片桐さんの方が愛について詳しいかもしれない。
それは少々歪な愛かもしれないけれど、ゼロよりは幾分かマシだと思うから。
そんな僕に、片桐さんは箸で掴んだ卵焼きを差し出してきた。
「食べますか?」
「いいよ、遠慮する」
「まあまあ、そんなこと言わずに。私の愛を受け止めてください」
そこから何度も断ったけれど、片桐さんは言うことを聞いてくれない。
結局僕が折れて、彼女の卵焼きを口にした。
さっきやったことのお返し、という意味合いだろうか。
僕にしてみれば精神的に恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいなのだが。
「……美味しい」
「そりゃ、愛情たっぷり注ぎましたから」
「それは、誰に?」
「村山くんに、です」
「冗談はやめてよね」
しかし彼女の作った卵焼きはとても美味しかった。
出汁が効いていて、なおかつ卵の甘い雰囲気が舌に伝わってくる。
これが出来立てならばさぞもっと美味しかっただろう。
「明日も食べさせてあげますね」
僕の隣で、にっこりと彼女は笑った。
余計なお世話だが、一品くらいなら、まあ、アリかもしれない。
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