代わりでいいから
魔導管理室
私と姉と親友
私、
私の家は父親は単身赴任、母も正社員で働いていたので、私はお姉ちゃんと一緒に過ごす時間が長かった。私にとって、家族というものはお姉ちゃんとそれ以外の大人二人というものに別れていた。だからだろう。私たちは『家族愛』という物のほとんどをお互いに向けたのだ。
幼い頃の私たちは家族愛とそれ以外の区別がつかずにお互いに愛情を与え合い、それを恋と勘違いした。幼い頃の記憶の中のお姉ちゃんは、いつも私のことを第一に考えてくれた。おやつを二人で分け合ったり、お姉ちゃんの足の間に座って一緒にテレビを見たり、二人寄り添って一つの布団で寝たり。お風呂だってお姉ちゃんが一緒に入ってくれた。ファーストキスも、その頃にお姉ちゃんとすませた。その頃の私達を支える柱は、お互いだけだった。
そんな生活は、唐突に終りを迎えた。
お姉ちゃんが小学校に通うようになったからだ。これまで二人だけだった世界が、大きく広がった。
姉にできた友達と、私も一緒に遊んだ。みんな優しい人だった。ちょうどその頃に、テレワークというものが盛んになってきて、お母さんが家にいるようになり、私達との関わりも格段に増えた。私達を支える柱は、お互いだけではなくなった。
2年遅れて私も学校に通うようになり、クラスで友達を作った。今まで続く親友と呼べるような人だってできた。私達姉妹の距離は少しずつ離れ...いわゆる『仲の良い姉妹』レベルに落ち着いた。
その頃の記憶は、もはや黒歴史だ。私はその事に触れないし、もちろん姉もそうだ。思い出したくはない、恥ずかしい記憶。
それを今、掘り返されている。
「三春先輩。ずっと前から好きでした。私とつきあってください」
今、私の親友───
私の初恋の人に、私の好きな人が告白をしているのだ。
仲良くなったきっかけは、名字。同じ文字が入っていて、席が隣だったから、私達は自然と仲良くなった。
暁音が好きだと自覚したのが中学一年の入学式。桜舞う中、浮かべた笑顔があまりにも綺麗で。
それから三年間。片思いを続けている。
暁音にお姉ちゃんのことが好きだと相談されたのが、高校の入学式の時。悩みと、覚悟を感じられた。その場は何とか取り繕って、家に帰ってから泣いた。もうすごい泣いた。女同士だから駄目だと。そう思って抑えてきたのに。とか、なんでよりによってお姉ちゃん何だ。なんで私じゃないんだ。とか。泣いて泣いて...受け入れた。せめて精一杯応援しようって。好きな人の幸せを、望むべきだって。
そんなわけない。
だから今も、失敗してしまえ。と祈っている。我ながら最低なやつだ。
祈ったせいか、そうでないかはわからないけれど、
「...ごめんなさい。わたし、好きな人がいるの」
告白は失敗した。
「ねえ、望夏。私、本当に好きだったんだ」
涙で震えた声で、彼女は言う。
「うん。分かるよ。ずっとすきだったもんね」
こんな言葉しか返せない自分に嫌気が差す。
「私ね、もっと大丈夫だと思ってた。『あ~あ、フラレちゃった』って、言えると思ってた。でも、」
「涙って、こんなに出るんだね」
なんとかしなくては。切実に、そう思った。
その瞬間、頭に浮かんだ悪魔の発想を実行に移すことを止められる程、私の自制心は強くなかった。
「ごめん。ちょっと、まってて。すぐ戻るから」
部屋から出て、お姉ちゃんの部屋へと向かう。今お姉ちゃんは友達のみんなとご飯を食べに行っている。寿司だそうだ。...そのみんなの中に、『好きな人』とやらはいるんだろうか...やめよう。
お母さんも今はテレワーク中だ。部屋はかなりの防音を施しているから、相当大きい音で無いと、なんの音も聞こえない。
それでも足音を殺しながら歩き、お姉ちゃんの部屋に入る。クローゼットから制服を取り出し、着る。うちの高校は、一年前に制服が変わったため、この制服を着ているのは元三年生しかいない。
私とお姉ちゃんは髪の長さはほとんど変わらない。だから髪は普段結んでいるのを解くだけでいい。声は...結構似てる。お姉ちゃんのほうが少しだけ低いから、そこを変えるだけでいい。私は中学生の頃から演劇部だったから、これくらいはできる。
「ん、んー、あ、あ。こんなもんか」
かつてないほどの速さで、頭が回る。お姉ちゃんっぽい喋り方、お姉ちゃんっぽい歩き方、お姉ちゃんっぽい行動。それらを一つ一つ、頭に浮かべていく。これなら、行ける。
コンコン、とドアをノックしてから、開ける。
「暁音さ──「先輩じゃないよね。何やってんの望夏」
私のクッションを抱きしめながら言う。少しばかり驚いた顔を見せたが、あっさりとバレた。結構自信あったのに。
「ありゃりゃ、バレちゃった。自信あったのに。ほら、結構似てない?」
「その声でいつもの口調やめて。脳がバグる」
崩れた口調を、整える。お姉ちゃんみたいに。真っ直ぐ、見つめて。語りかける。
『ごめんなさいね、暁音さん。』
「ッ...!やめてよ」
やめない。手を広げ、誘う。
『さっきは酷いこと言ってごめんなさい』
「ダメッ...!」
『お詫びに、ほら』
今のわたしは食虫植物だ。思わず近寄りたくなる甘い誘惑を発し、獲物をおびき寄せて、
「あっ...あっ、ダメ、です」
ふらふらと寄ってきて、僅かな自制心で少しだけ空いている距離ほんの数十センチを、私から詰める。
『
ぱくり。と、罠にかかった憐れな獲物は、もう逆らうことが出来ない。
「あっ...先輩、先輩、せんぱ、」
『ほら、してほしいこと、いって』
『何でもしてあげる』
何でも、の言葉に反応して、ビクッと体が震える。期待していること丸分かりで、「やめ、」と反抗にもならない弱々しい声を紡ぐだけの彼女に少し意地悪をしたくなった。
『ほら、早く言わないとやってあげないよ。ごーお、よーん、さー』
「あっ、まって、言います。言いますから」
「ぎゅって、してください」
『ふふ、分かった』
右手を頭にあて、左手を腰に回す。痛くならないギリギリの強さで、ぎゅううっ...と抱きしめて求められるものを与えていく。ハグというものは、ここまで気持ちいいモノだっただろうか。これまで何度か友達としてきたが、ここまでではなかったはずだ。そんな思いをしているのは、わたしだけではないようで、
彼女がんう、と心地よさそうな声を出し、わたしに体重を預けていく。そしてそのまま手を動かし、わたしと同じようにしようとしたところで、止まる。迷っているのだろうか。
「あ、あの、せんぱ、」
『ん?なあに、暁音さんもしたいの?...どうしようかなあ...ああいや冗談。好きにして良いよ』
一回焦らしたときの顔、すごい可愛かった。写真を取って机に飾りたいぐらいだ。
「し、失礼します」
少し笑ってしまうくらい丁寧に、ゆっくりと力を込めていく。だんだん強まる密着感と、それに起因する色々な現象。
早すぎる鼓動がわたしのものか彼女のものかわからないほど密着し、二人の境がわからなくなるほどの一体感。体温が混じり合い、体がドロドロに溶け合いそうになる。
「せ、んぱい、好き。好きです」
その声を聞くだけで、更に昂る。
『わたしも、好きだよ』
好き、好きと耳元で囁きあいながら少しずつ体制を変えていく。二人向き合い、額と額をコツンと触れさせる。吐息すら混じり合い、互いの瞳に写る自分のことすら見える距離から、更に近づき...
ピーンポーン。
というチャイムがフワフワしていた私達を現実に引きずり下ろした。この感じはお姉ちゃんが帰ってきたのだ。
そんなに経ったのか、と時計を見れば始めてからもう三時間は経っている。
「あっもうこんな時間だ早く帰らなきゃだからもう帰るねそれじゃまた!」
顔を真っ赤にしてかつてないほどの早口で一息で言い切る。
「まって、送って、「いいから!」
拒否された。そりゃそうだ。好きな人のコスプレをした友人とキス未遂までしたのだ。少し離れたくもなる。
「まっ」
駆け出した暁音を追いかけようとして気づく。今の服装をお姉ちゃんに見られたら明らかにヤバい。
『ああすみません先輩お邪魔してました!』
玄関から暁音の声が聞こえる。もう外に出たのだ。
もう追いつくのは不可能だ。というか鍵が空いたらお姉ちゃんが入ってくる。この服を着てるところを見られたらだいぶ面倒なことになりそうだ。
とりあえず証拠隠滅をするために制服を何らかの賞が取れるんじゃないかと思うぐらいのスピードで脱ぎ、別の服を着る。
「友達に姉を迎えさせるのはどうなのか」
と問いかける姉を適当な言葉で誤魔化し、部屋に戻る。
一人になると、急に色々な気持ちが湧いてくる。なんてことをしてしまったんだとか、もう少しだったのに、とか。理性を忘れて暴れ出しそうになる直前、スマホがなった。暁音からだ。
『今日家に行けなくてごめん。今度ジュース奢るから許して』
...なるほど、暁音は今日のことをなかったことにするつもりだ。うん、私もそうしよう。
『許す!』
と送る。よし。今日は何もなかった。何も...
無理だ。忘れようとしても、あの柔らかい体に、暖かい体温を、体が勝手に思い出す。
「うあぁああぁあ」
しばらく、悶々とした夜を過ごすことになりそうだ。
代わりでいいから 魔導管理室 @yadone
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