第34話

 ドルムンク公爵領は海に面した領地で、爽やかな風が吹きつけてきていた。


「うわぁ……。透き通るような海ですね……!」

「でしょ? 環境保全に力を入れてるのよ!」

「綺麗……」


 海の底が見えるように透き通っている青い海。

 アイリス様に水着に着替えさせられ、私は海の中に入っていった。冷たい。真夏の太陽が私を照らし、真夏の海が私を冷やす。

 

「気持ちいい……」

「でしょ?」


 ゆっくりと海に浸かる。

 

「あ、あの……泳いでみても……」

「いいわ。あまり遠くには行かないようにね?」

「はいっ!」


 私は泳がずにはいられなかった。

 泳いで、私は少しでも気を紛らわせることにする。わかっている。救えなかったこととか今考えても無駄だということも。

 わかっているんだ。けれど、考えずにはいられない。考えないように、見ないようにしなくちゃ私は前に進めない。


 もういいんだ。私は何も知らなくて。

 考えたら……私のほうが壊れてしまいそうで。


「それが出来たら苦労はしないんだけどなぁ……」


 結局、私はそう心では思っていても考えてしまうと思う。

 考えることをやめることは私にはできない。だからこそ、向き合って傷ついて、余計な心配をアイリス様にかけちゃうんだ。


 情けないな。私。

 もっと強くならないと……。私の目の前の人だけは救えるような、そんな精霊王にならないと。


 私は再び泳ぎだし、疲れ果てたころに、砂浜へと上がる。


「どう? すっきりした?」

「はい……。心配をおかけしました……」

「いいのよ。誰にだって落ち込むこととかはあるんだから。子供たちは死んだ。でも、そのことに囚われすぎてちゃあ、子供たちも可哀想じゃない」

「はい……」

「誰だっていつかは死ぬ。アシュリーは少し、死に慣れたほうがいいわ」

「……ですかね」

「慣れないほうがいいかもしれないけれど、私だって明日死ぬかもしれないのよ? そういう覚悟はあったほうがいいわ」

「……はい」


 言葉が心にしみる。


「さて! お話も終わり! 別荘に戻りましょう。うちのシェフにはすでに話は通してあるから、美味しいご飯を用意してくれてるわ! あと、海水で髪がべとべとしているからあとで一緒にお風呂にも入りましょうね」

「え、私も一緒にですか……?」

「ああ、テーブルマナーに関しては気にしなくていいわ。楽しく、食べるのよ。マナーなんていうのは相手を不快にさせないためにあるだけなの。私はアシュリーさんといて何も不快ではないし、美味しく食べてくれたらいいのよ。ね?」


 そういうことじゃなくて……。

 わ、私はその……。


「……私は汚いです、よ? あまりお風呂入ってませんし」

「そうなの? 部屋に浴槽あるじゃない」

「ここ最近、考え事しててその……入るのを忘れてまして……。それに、いつも浴槽なんて豪華なものは使ってませんし……。用意するのもちょっと面倒っていうか……」

「そういうのはギネアに頼みなさいよ」

「自分のことをやらせるなんて気が引けるっていうか……」

「何のための専属侍女よ。どうりで最近ギネアから仕事が何もできませんって言われるわけだわ……」


 ギネアさんにはお世話にはなってる。

 ただ、着替えとか起床とかは自分でやってるし、ギネアさんはただそこに立ってもらってるだけっていう日が多い……。

 だって自分のことは自分でっていうのが孤児院でのルールだったしそれが染みついちゃってますから……。


「……ならプラン変更よ! あなたはとりあえず貴族の暮らしをさせてみるわ」

「えっ」

「朝、起こされる前に起きるの禁止。着替えも手伝ってもらうこと。洗濯は自分でしないこと」

「え、ええ!?」

「精霊王なんだからこういうことは当たり前になっていくのよ! 少しは周りに仕えられることを知りなさい!」


 え、ええ!?








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