第44話 3-30 王宮の裏事情

 王立学院が夏休みに入って十日以上も過ぎた頃、王宮内で有ってはならない事件が起きた。

 このために王宮の警備を預かる近衛師団及び秘密部隊である「草」の幹部連中は揃って頭を抱え込んでいた。


 寄りにもよって国王陛下の愛妾である側室のアマーリア様の寝所に何者かが忍び込み、男二人の生首を、アマーリア様が寝ている枕元の左右に置いたのである。

 そもそも厳重な警戒がなされている後宮内に侵入者があったというその一事をもって警備体制に問題があったことになるのであり、なおかつ、置かれていた生首二人の素性が問題であった。


 一人はアマーリア様の執事長を務めるディートヘルム殿であり、今一人は王宮の秘密組織である「草」の幹部の一人だったことである。

 王宮でもこの二人目の人物の顔を知っている者は少なかった。


 従って、アマーリア様を起こしに来た侍女などは、一人はよく知るディートヘルム執事長だったことをすぐにも察したが、「この者は一体誰?不審者なの?」と思ったほどであった。

 勿論、そうした咄嗟の思いも己の叫びにかき消されてしまったのだが・・・。


 いずれにしろ、その第二の人物が「草」の幹部であるロブレヒトと知れたのはそれからまもなくの事である。

 何しろ、執事長の部屋と、「草」第五部班長のロブレヒトの寝室に、首のない死体が残されていれば、それと気づくことになる。


 因みに近衛師団に対しては、ロブレヒトが何者であるのかは翌日まで伏せられていた。

 「草」そのものが秘密組織であるために、近衛師団であれば師団長や副師団長辺りにはその組織の存在を知らせているものの、その二人でさえ、第五部班長の顔を知らなかったからである。


 第一部及び第二部に属する者の極一部については、王宮の幹部クラスにかなり顔馴染も多い。

 この二つの部に属する者は要人警護が主任務だからである。


 第一部は、主として国王陛下を筆頭とする王族の警護にくし、第二部は外国からの賓客が訪問した際や国内の上級貴族が王宮に参内している際に警護に当たる者達なのだ。

 その多くは、陰ながらの警護であるので侍従や侍女に変装するなど滅多に素顔を知られないようにはしているが、古参の近衛兵の中には薄々その正体に感づいている者もいる。


 一方で第三部は、国内における諜報活動の秘密部隊であり、主として貴族の所領に配置されている。

 その多くは潜入捜査のために数年以上、場合によっては数十年にわたって潜入している場合もある。


 第四部は、国外における諜報活動の秘密部隊になり、そのほとんどは潜入調査に当たっている。

 多くの場合、連絡要員として商人を装った者と対をなしていることが多い。


 そうして第五部は、裏仕事が専門の秘密部隊であり、その多くは露見しては拙い刺客などの非合法活動を主にしている。

 また、第六部は、非常に特殊な部隊であって、「草」内部でもあまり知られていない組織であり、指揮官一名と部員三名のみから成り立っている。


 この部員は特殊な能力を有しており、犯罪が起きた際に犯人の痕跡を追跡できる特殊能力を持っているのである。

 犯罪において魔法の行使が有れば、その痕跡を辿ることのできるユニークスキルがある者が一名、嗅覚が優れており犯人が現場に残した匂いから追跡できるものが一名、更には時空魔法により犯罪時刻にさかのぼって幻視げんしできるものが一名いるのである。


 そのために、王宮内若しくは王都内で重大な犯罪が起きた際には、この部隊が動くことになる。

 但し、この特殊能力は、犯罪発生から概ね24時間以内という制限があり、いくらでも過去に遡れるというものではない。


 従って、第六部の者が居るのは王宮で有って、王都内での重大事件で有っても国王陛下の裁可をもって動くのが原則である。

 当然に王都外にこの部隊が出るのは極めてまれである。


 国王陛下若しくは王太子が王都外に出かける際にのみ、三人のうち一名のみが随行することが許されている。

 第五部班長のロブレヒトが、側室アマーリアの秘密の依頼に対して、王都外に出たエミリアを狙ったのはそうした特殊事情があったからにほかならない。


 今回の場合、王宮内しかも後宮にも関わる事件であることから、当然にこの秘密部隊が動くことになった。

 しかしながら、この三人の特殊能力をもってしても、犯人の手掛かりはもちろん殺人の方法すらも明確にはわからなかった。


 これは事前にヴィオラがルテナの情報から「草」の構成員一人一人の情報を入手していて、その対策をとったからにほかならないのであるが、そのことを第六部の者たちは知るよしも無かった。

 ヴィオラがディートヘルムとロブレヒトの首を撥ねた際、ヴィオラは王宮の外に在って、しかも姿を隠蔽で隠したまま空中に浮かんでいた。


 ヴィオラの位置から標的である二人までの距離は、百尋ほども離れていたし当然に建物の壁によって、隔たれていた。

 第五部の三人の特殊能力は24時間以内という制限以外に距離などにも限界があったのである。


 第六部部員のフロムローズは、魔法の痕跡を手繰れる能力を有していたが、今回の場合ヴィオラが百尋ほども離れた場所から「風刃」の魔法を発動したこと及び「風刃」は時空のトンネルを通ってきたために、何らかの凶器となる魔法が飛んできた方向はわかっても、途中で途切れた先は能力の範囲外で有って手繰たぐることができなかった。

 また、殺人現場から転移された生首は、そこで執務室や寝室で魔法の発動があったことはわかっても遠隔でなされたものであったために、犯人を特定できなかった。


 嗅覚が優れている獣人ベルヴィスは、被害者及び王宮関係者で被害者等に普段接している者の匂い以外は辿たどれなかった。

 また、時空魔法により犯罪時刻にさかのぼって幻視できる能力のゾルヴァも、首を撥ねられた場面及びアマーリア様の寝室に首が置かれた瞬間を幻視できたものの、犯人を視ることは叶わなかった。


 ゾルヴァが視ることのできたのは、生きていた二人の首が一瞬で撥ねられて、その首が現場から消えたことと、その首がアマーリア様が寝ているベッドの上に忽然と現れた瞬間を視ることができただけである。

 その場で周囲を見渡しても何も視えなかった。


 ゾルヴァの幻視は、犯行場所から概ね50尋の範囲に限られており、間に壁等の障害があるとそれを超えることはできなかったのである。

 従って、これまでならば犯人を見つける絶対的な手段であったはずの三人の能力が及ばないことが改めて判明したのである。


 彼らが犯人を手繰ることができないからと言って、犯人を放置するわけにも行かず、大規模な人員を動員して、少なくともベルヴィオスが匂いで特定できた人員全てが厳重な取り調べを受けることになったが、生憎と誰も犯人に結び付けることはできなかった。

 そもそもがゾルヴァの幻視で見えないのだから、それらの関係者が犯人である確率は非常に低かったのであるけれど、それでも犯人の追及を行っているというポーズはとらねばならなかったのである。


 王宮内で犯罪が起きれば必ず犯人が捕縛できたはずなのにそれができないということ、更には200名以上もの近衛兵が不寝番をしているにもかかわらず、王宮内での凶悪な犯行を防げなかったことが重大な問題だった。

 今後、国王陛下をはじめとする王族を守れないかもしれないという危惧が生じたからである。


 また、そうこうしているうちに、アマーリア様の具合が悪くなり、最終的には病死することになってしまった。

 当代最高の治癒師及び薬師の見立てでは、病死で有って毒殺の恐れは無かっただけマシではあるのだが、王宮の警護を任されている者にとっては不安な日々であった。


 そうしてまた、「草」第五部に良からぬ動きがあったことが後には判明したのである。

 確たる物証は無いのだが、第五部の要員12名がエルグランド伯爵領のロデアルに向かったものの、そこで消息を絶ったこと。

 ロデアル領内に置かれた草の拠点の一つである商人の空き家で大量の血痕が発見されたこと、当時エミリア王女が学友であるヴィオラ嬢とともにロデアルに滞在したことから、第五部要員があるいはエミリア様を狙ったのではないかという疑惑が生じたのである。


 その班長であるロブレヒトが何らかの指示を行ったのでなければ、素行から危険人物として知られ、王都から遠ざけられていたブロシオンがロデアルに呼ばれた理由など考えられないのである。

 プロシオンは暗殺に特化した人物で有り、仲間内ではベルサレクとあだ名されていた。


 一方で草の統領であるレキシオン伯爵(法衣貴族)は、12名もの第五部人員を動かす作戦計画などロブレヒトからは何も聞いていない。

 つまりはロブレヒトが恣意的に請け負った仕事であり、その仲介をしたのがアマーリア侍従長のディートヘルムで、首魁はアマーリア様という構図の推測が成り立つことになる。


 そう考えると、ディートヘルムとロブレヒトの生首がアマーリア様のベッドに置かれた理由も併せて納得できることになる。

 つまりは、何らかの理由でアマーリア様から発せられたエミリア王女殺害計画を誰かが未然に防止し、それに関わったであろうディートヘルムとロブレヒトを殺害、その首をアマーリア様のベッドに置くことで脅しをかけたという見立てができるのである。


 「草」統領であるレキシオン伯爵は、近衛師団長やそれぞれの側近を交えながら概ね事件の全貌を概ね推測はしたものの、これを公表することはできなかった。

 このため、この一件は、国王陛下にも報告されずに闇に葬られたのです。


 ◇◇◇◇


 この頃、一連の事件の犯人であるはずのヴィオラは、ロデアルと王都を往復して、工房職人の育成に励む一方で、自らもロデアルの工房で新たな魔道具や新製品の開発に余念がありません。

 ルテナから、一連の事件に対する王宮の動きなどについての情報を受けてはいましたけれど、ヴィオラはあまり関心を示しませんでした。


 ヴィオラにとっては既に過去の事件に過ぎないのです。


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