第43話 3ー29 エミリア王女の一夏の経験 その二

 エミリアでございます。

 ロデアル訪問中、いろいろなことをしましたけれど、夏休み中の宿題である自由課題もヴィオラ嬢とご一緒でしたので大層はかどって、ロデアル滞在中に済ませてしまいました。


 実は課題も決めていなかったのですけれど、ヴィオラ嬢とご相談のうえで、自由課題は絵画と陶芸をすることにしました。

 もう一つは、学院から指示されていた夏休み中の日記のような紀行文ですね。


 これは夜寝る前に必ず記入するようにしています。

 そのために羊皮紙をたくさん用意していたのですけれど、無駄になりました。


 ロデアルには羊皮紙に代わる紙があり、ヴィオラ嬢にたくさんいただいたのです。

 ヴィオラ嬢の話によれば、夏休みに入る前ごろに生産ができるようになったらしいのですけれど、生憎と量産がまだできていないので市中に出回るのは秋口以降になるとのことでした。


 羊皮紙と異なって表面が滑らかでとても書きやすいのです。

 インクがにじむようなこともないですし、薄いのでたくさんの枚数が有ってもかさばらないのです。


 羊皮紙の場合、どうしても形が不ぞろいですので重ねて置く場合には端を切りそろえなければなりませんが、ロデアルでいただいた紙は綺麗に大きさが揃えられているものでした。

 更には羊皮紙は高価と聞いています。


 羊皮紙は獣の皮をなめしたものを薄くしたものですけれど、熟練の羊皮紙職人が一枚ずつ作成するものなので手間暇がかかります。

 おまけに羊皮紙ギルドがあって価格を高値で安定させているのです。


 ですから羊皮紙は貴族や富裕な商人の間で使われますけれど、それ以外ではイーフという川べりに生えている丈の高い植物の茎を割いて乾かしたものを縦横に組み合わせて布のようにし、石の重しをかけて押し潰したものを使います。

 このイーフ紙は、とっても目が粗くて書くのが結構大変な上に、乾燥し過ぎると割れたりしちゃうので保存が難しいのですけれど、羊皮紙の四分の一ぐらいの価格で購入できるので庶民や富裕でない商人はこのイーフ紙を使っているそうです。


 この知識もヴィオラ嬢に教えてもらったことなんですよ。

 絵画は、ヴァニスヒルの領主館の庭園から見える田園風景を描くことにしました。


 お屋敷の敷地の南西側にある庭園には屋根のついた四阿あずまやがあって、夏の強い日差しを防いでくれますし、天候にあまり左右させません。

 画材も一応用意はしてきたのですけれど、ここでもヴィオラ嬢にお世話になりました。


 『ペディッサ』という木の枠組みに布を張ったものを使うのですけれど、ヴィオラ嬢はその布をより強くしたものを用意してくれました。

 平織の布地なんですけれど目が細かく、厚手でとても強いので絵を描くには適しているのだそうです。


 私が用意してきた絵の具は12色でしたが、その中間色のような別の24色を分けていただきました。

 全部で36色もあるとどれを使えばよいのか迷ってしまいそうですけれど、これもヴィオラ嬢が使い方を教えてくれました。


 絵の具をペディッサに塗るには普通油を使いますけれど、一方でヴィオラ嬢は油を使わずに水を加えた特殊な絵の具で紙にササっと風景画を描いてしまいました。

 あんまり出来が良かったのでわたくしおねだりをしてしまいました。


 だって薄い色合いなのにとてもきれいな風景画なんですもの。

 ヴィオラ嬢は苦笑しながらもその絵を渡してくれました。


 そうして次のちょっとの間に、わたくしの肖像画を描いたのです。

 胸より上の肖像画ですけれど、鏡で見るわたくしがはにかんでそこに居ました。


 思わずまたまたおねだりしてしまいました。

 ですので、わたくしの手元には二枚のヴィオラ嬢の絵画がございます。


 この二枚の絵画はわたくしの宝物の一つに加えられました。

 わたくしの風景画は延べ三日かけて出来上がりました。


 三日目はヴィオラ嬢の指導で少し・・・、いえ、大分手直しが入ったモノなのです。

 でもものすごく良いものができたと自慢できるものですよ。


 もう一つの陶芸はかなり苦戦いたしました。

 『クハルカチャろくろ』と称する魔道具の回転する台の上で、やわらかい粘土を形作って器を作るのですが、中心に沿って慎重に手を動かさないとすぐに形が崩れてしまうのです。


 それでも一日かけて何とかみられる形にし、魔道具で乾燥させ、更には魔道具の窯で焼き、それを冷ましてから『グラシャ釉薬』を塗り、再度窯で焼きつけると出来上がりです。

 ヴィオラ嬢は木箱を造り、木屑を粉砕して細かく粉のようにしたモノを入れて収めてくれました。


 因みにこのようにすると木箱を少々叩いたぐらいでは中に入れた壺(?)は壊れないんだそうです。

 陶器は確かに壊れやすいものですものね。


 ロデアルから王都に帰る途中で壊れたりしたら、わたくし泣いてしまいますわ。

 いずれにしろ二つの成果物は出来上がり、後の宿題は日記だけでございます。


 色々な楽しい思い出を胸に収めてわたくしは王都に戻りました。

 帰りは、傍にヴィオラ嬢が居ないのでとても寂しい思いをいたしましたけれど、側付きメイドのアレサが色々と気遣ってくれていますので泣き顔を見せるわけにも参りません。


 王宮に戻ると何となく様子がおかしいのです。

 何となくですけれど王宮の近衛兵が殺気立っており、侍従や侍女たちも顔立ちが険しいのです。


 王宮に戻ってからは、帰朝のご挨拶があるのです。

 まずはお母様にご挨拶してから、国王陛下おとうさま、次いで王妃様、更には第二側室のアマーリア様にもご挨拶を申し上げるのが宮廷の慣例なのだそうです。


 わたくしにとっては、王妃様も第二側室のアマーリア様も単なる顔見知り程度の間柄ではございますけれど、親族でございますし、後宮では序列が厳しいのです。

 後宮で一番上位は王妃様、二番目はわたくしのお母様、三番目は第二側室のアマーリア様になるのです。


 国王陛下おとうさまの子供たちは私も含めて継承順位での序列ですが、成人すると後宮から離れて離宮を与えられます。

 わたくしも12歳になれば、お母様の下を離れて離宮で過ごすことになるでしょう。


 国王陛下と王妃様にはご挨拶ができましたけれど、第二側室のアマーリア様にはご挨拶ができませんでした。

 何でも二日前からせっていらっしゃるとのことで、アレサが面談の申し込みをしたのですけれど、アマーリア様付きの侍女長から丁重にお断りされたようです。


 ご病気療養中ということなら仕方が御座いませんよね。

 またの機会にと思っていましたところ、その翌日にアレサが他のメイドから極秘情報を聞き付けてまいりました。


 何でもアマーリア様付きの侍従長のディートヘルムと王家の秘密部隊の班長の一人が王宮内で殺害され、こともあろうかその首がアマーリア様の寝ているベッドの上に置かれていたそうなのです。

 これは王宮内でも秘中の秘として扱われ、緘口令が敷かれているのだそうですけれど、生憎と宮中雀はその中では驚くほど口が軽いのです。


 そのために侍女たちの間ではすでに公然の秘密となっていて、知らなかったのはロデアルに随行した侍女たちだけだったようです。

 問題は、一つには厳重な警戒がなされているはずの王宮内で二つの犯罪が行われたことです。


 侍従長のディートヘルム様は執務室で、今一人氏名が伏せられている王家の秘密部隊の班長は、王宮内に与えられている宿舎の中で殺されたようで、首と泣き別れになった胴体が発見されています。

 どちらも王宮内の敷地内の出来事であり、大勢の近衛兵が日夜警戒をしている場所なのです。


 ディートヘルム殿の執務室や、首が置かれていたアマーリア様の寝室は後宮内で有り、特に警備が厳重な場所のはずなのです。

 それに何故、両者の首がアマーリア様の寝台に置かれていたのかが問題とされているのです。


 ここまで犯人が侵入できたとなれば、寝ていたアマーリア様の御命さえも奪うことができたはずなのですが、犯人はそれをしていません。

 それでも血の滴る生首を、アマーリア様が寝ているすぐ脇に置くというのは明らかにアマーリア様への敵意が透けて見えるのです。


 この事件の所為でアマーリア様は体調を崩されたようです。

 王宮では当然のように極秘裏に犯人を見つけるべく関係部署が動いていますけれど、事件からすでに十日近くも経つのに何の手掛かりも得られてはいません。


 そうしてわたくしが帰朝して5日ほど経った夜更け、ついにアマーリア様は帰らぬ人となりました。

 王宮内では毒を使われた形跡があるのではと色々な治癒師や薬師が調べましたが、何の手がかりもございませんでした。


 アマーリア様が無くなられて二日後、王宮から第二側室が病気で亡くなられたとの短い声明が出され、その7日後に葬儀が執り行われました。

 近隣の貴族はこの葬儀に参列されました。


 ヴィオラ嬢のお父様であるケアンズ・フォン・ド・ヴァル・エルグンド様と夫人イリアナ様も弔問客として訪れ、王家に弔意を示しました。

 おそらく早馬をもって知らされても、ロデアルから王都までは馬車で急いでも五日はかかるでしょうからとても急いで来られたのでしょうね。


 いずれにしろ王宮内で三人もの死者が続けて出たことは、これまでに無かったことであり、私が帰朝した時以上に王宮内がピリピリしています。

 当然ことながら、王族に不幸があったので、アマーリア様が亡くなって以降は、わたくしも喪服を着て喪に服さなければならず、また、後宮から出ることも禁止されてしまいました。


 夏休みが終われば、学院の寮に戻ることは許されますが、アマーリア様が亡くなってから四月の間は、『モゥク・レカ』という慣行に縛られます。

 これはわたくしであれば、王族および自らの近習にのみ口を開くことができ、例え親しい友人であってもお話ができないのです。


 ある意味でとても辛い慣行なのですよ。

 寮に戻ったならわたくしの話し相手はアレサ一人になるんです。


 勿論、学院の教師にも質問なんかできません。

 どうしても必要な場合は、アレサを通してわたくしの意思を伝えてもらうことになりますが、可能な限りそうしたことを避けなければならないことになっているのです。


 でもわたくしはアマーリア様とは直接の血のつながりがありませんのでまだ良い方なのです。

 アマーリア様の御子である、エグモント様やオリヴィエラ様は1年間のモゥク・レカを強いられるのです。


 こればかりは仕様がありませんから、私の残りの夏休みはひたすら追加の自由課題をすることにしました。

 ロデアルに滞在中にヴィオラ嬢に教えてもらった刺繍なんです。


 木製の環に挟んだ布地に色々な糸を使って刺繍をするんです。

 これは時間がかかるので、敢えて自由課題からは外していたのですけれど、部屋からの外出も最低限にしなければなりませんから、引きこもりの間にする作業としては刺繍が最も適していると思います。


 こうしてこの夏休みの最大の労力を払った制作物は私のハンカチの刺繍になりました。

 のめりこんで、全部で5枚の作品を作ってしまいましたわ。

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